咲かない桜

御伽 白

文字の大きさ
上 下
318 / 352
4章

Part 316『終わらせよう。未練だけの執着を』

しおりを挟む
 「熱烈じゃねぇか。そんなに俺のことが好きか・・・・・・」

 家に駆け寄って聞こえてきた声に俺はホッとする。

 篝さんのいた場所と百足が突っ込んでいた場所はややずれていた様だった。

 百足は、逃げるのをやめて篝さんを見つめていた。それは、今まで本能的にしか動いていなかったはずの百足とは違って見えた。

 「いや、お前をこんな姿にした俺を憎んでるだろうな。女としてまともな幸せもなく、ただ、化物として生きさせちまった。」

 「おやっさん。呑気に話してる場合じゃねぇ。やるならさっさとやれ!」

 乱丸はそう叫んだ。しかし、篝さんにはその声は届かない。

 「それでもな。化物の姿でも俺は、お前に生きて欲しかった。生きてさえいればいつかは、お前を生きて元に戻せると思ってたんだ。」

 篝さんは、百足に向かって一つの石細工を向けた。

 それは小さな球体の呪具だった。機械で作ったかの様に美しい円形の石に複雑に彫り込まれた呪字と病的なまでに彫り込まれた装飾。

 ただの石のはずなのに光の入り具合からいくつもの表情を見せる石細工は、どう作っているのか理解しようとすることすら馬鹿馬鹿しく感じるほどだ。

 それは世に名を馳せる芸術作品と比べても頭一つ抜けた代物だった。

 「だが、技術を磨けば磨くほどに自分の平凡さを突きつけられた。そして、俺は限界を知った。どれだけ努力してもお前を直してやれねぇ。・・・・・・妖刀なんてもんに頼っても俺は結局、お前を殺してる呪具しか作れなかった。これが俺の限界だ。」

 百足は、無数にある瞳でまじまじとみ見つめる。

 そして、勢いよく篝さんの右腕ごと噛み付いた。

 「篝さん!」

 意識を取り戻している様に見えていただけで百足は何も変わっていなかったのか。

 乱丸も慌てて百足を引き離そうと近寄る。

 鋭い牙は篝さんの腕に突き刺さり赤い血を溢れさせていた。

 「ああ、終わらせよう。長い間、待たせて悪かったな。」

 百足は、溶け出す様に形を歪めていく。篝さんに噛み付いていた体もゆっくりと崩れていく。

 そして、崩れた肉体はゆっくりと新しく形を作っていく。

 それは、人の形だった。顔も何もないただの人型の肉の塊であった。

 それが直感的に篝さんの奥さんであることがわかった。

 篝さんは、奥さんを抱きしめる。

 「俺はお前と一緒にいれて最後まで幸せだった。」

 篝さんがそう呟くと奥さんの体も崩れ始め何もなかったかの様に消滅した。

 それを見届けると篝さんは糸切れる様に気を失った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました

宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。 ーーそれではお幸せに。 以前書いていたお話です。 投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと… 十話完結で既に書き終えてます。

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

思い出を売った女

志波 連
ライト文芸
結婚して三年、あれほど愛していると言っていた夫の浮気を知った裕子。 それでもいつかは戻って来ることを信じて耐えることを決意するも、浮気相手からの執拗な嫌がらせに心が折れてしまい、離婚届を置いて姿を消した。 浮気を後悔した孝志は裕子を探すが、痕跡さえ見つけられない。 浮気相手が妊娠し、子供のために再婚したが上手くいくはずもなかった。 全てに疲弊した孝志は故郷に戻る。 ある日、子供を連れて出掛けた海辺の公園でかつての妻に再会する。 あの頃のように明るい笑顔を浮かべる裕子に、孝志は二度目の一目惚れをした。 R15は保険です 他サイトでも公開しています 表紙は写真ACより引用しました

ずっと君のこと ──妻の不倫

家紋武範
大衆娯楽
鷹也は妻の彩を愛していた。彼女と一人娘を守るために休日すら出勤して働いた。 余りにも働き過ぎたために会社より長期休暇をもらえることになり、久しぶりの家族団らんを味わおうとするが、そこは非常に味気ないものとなっていた。 しかし、奮起して彩や娘の鈴の歓心を買い、ようやくもとの居場所を確保したと思った束の間。 医師からの検査の結果が「性感染症」。 鷹也には全く身に覚えがなかった。 ※1話は約1000文字と少なめです。 ※111話、約10万文字で完結します。

【R18完結】エリートビジネスマンの裏の顔

白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます​─​──​。 私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。 同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが…… この生活に果たして救いはあるのか。 ※サムネにAI生成画像を使用しています

三度目の結婚

hana
恋愛
「お前とは離婚させてもらう」そう言ったのは夫のレイモンド。彼は使用人のサラのことが好きなようで、彼女を選ぶらしい。離婚に承諾をした私は彼の家を去り実家に帰るが……

処理中です...