咲かない桜

御伽 白

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3章

Part 205『誰もが認めるその強さ』

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 「おや、どうやら、来たみたいですね。あちらから来てくれるなら探す手間が省けるというものです。」

 ムゲツは、周囲の匂いからレンジが来ていることを察知していた。しかし、その正確な場所は分からない。そこまでの嗅覚はムゲツの今の体にはない。

 「主人あるじ、私が狩ってきましょうか。」

 冬夜は、鞘に収まった刀を握り尋ねる。感情の表に出にくい冬夜ではあったが、その手は戦いを求めているように落ち着きがない。

 その様子にムゲツも少し呆れたように笑った。

 「実はかなりの戦闘好きですよね。冬夜は。いえ、一度、お話がしたいので向かいましょう。我々は言葉を話せるのですから」

 ムゲツは、その匂いを辿るようにゆっくりと近寄っていく。木々が多く視界の悪いこの場所では、むしろ嗅覚が優れている方が便利だ。

 魔法を使えば、動物に姿を変えることも可能であるが、あまり、獣の姿は好きではないムゲツは、その選択を捨てた。

 「近いですよ。この近くに・・・・・・」

 そう言ってムゲツが一本の木を横切ったその瞬間、ムゲツの頭上からレンジは、木から弾丸のような速さで飛び降りながら襲いかかった。

 相手の位置を特定し先に発見していたからこその待ち伏せ攻撃。

 気配を消し、不意を突いた完全な奇襲攻撃は、回避不能。どれだけの達人であろうとも不意を突かれれば隙は生まれる。

 レンジの鋭利な爪は、無防備なムゲツの体を切り裂いた。はずだった。

 「なんて反応速度だよ。」

 呆れた様にレンジは呟く。レンジの爪は、冬夜の鞘に収まったままの刀によって阻まれていた。

 明らかに不意打ちで対処できる速度ではなかったと確信していた一撃だった。

 しかし、なんでもないように冬夜は、レンジの攻撃を止めてみせたのだ。

 「主人、予定通りに?」

 「いえ、好戦的な方ですし、ちょっと痛い目にあってもらったほうがよさそうです。死なない程度に痛めつけてくれますか。」

 自分が襲われていたにも関わらず、自然な振る舞いでムゲツはそう告げた。

 冬夜は、鞘を大きく振りレンジの腕を払った。その勢いでレンジは後退し態勢を整える。

 奇襲作戦というのは、基本的に瞬間的にしか効果を発揮しない。相手の不意を突くその戦術は、一撃で目的を達成できなければ、奇襲の意味は完全に失われる。

 レンジが自らにかけた誰も殺さないという呪いにおいて、確実に死に至らしめる攻撃は出来ない。

 まともに行動出来なくなったムゲツを人質にし、撤退させる作戦が現状取れる最良の選択肢であった。

 しかし、奇襲が失敗した以上、その成功率は、零に近いほど低下する。

 焦りの表情を浮かべるレンジが冬夜の姿に意識を向ける。現状、ムゲツが戦闘に加わる予定はない。しかし、警戒しない訳にはいかない。

 狐月の戦い方をレンジは、知っている。近寄られれば危険な相手である事は、間違いない。

 「随分と考え事をしている様だが、防御しなくて良いのか?」

 突然である。瞬きするほどの一瞬で視界に捉えていたはずの冬夜は姿を消し、まるで突然現れたかの様に目の前に現れた。

 ほんの一瞬である。視線をムゲツに移した瞬間、その一秒にも満たない一瞬でレンジは、冬夜を完全に見失っていた。

 体を守ろうと意識するよりも早く、体に衝撃が走り、そのまま、後ろへと吹き飛ばされる。無理矢理にも酸素が吐き出されレンジは、何が起こったのかわからず、受け身を取る暇もなく地面へと転がった。

 冬夜、力ある妖怪たちでさえ、警戒するほどの純粋な人間

 その実力の一端をレンジは身をもって体験する。
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