咲かない桜

御伽 白

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2章

part 66 『その異形は形を変える。』

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 路地裏を全力で駆け抜ける。先程、魔女を追いかけていた疲れが抜けきっていないのか思うように足が動かない事に苛立ちを覚える。

 しかし、足を止めるわけにはいかない。このままだと、ユキが醜穢に襲われてしまう。あれに襲われてどうなるかは今だに未知数なのだ。最悪の場合、命に関わるかもしれない。そう考えると足を止めるわけにはいかなかった。

 きた道を引き返していく。おそらくユキは、俺を追いかけて路地裏に入ってきたはずだ。それならそう遠くにいないはずだ。そう考えているとあの吐き気のする悪臭が鼻を刺激する。

 「こっちか・・・」

 臭いのより強い方に向かって足を進める。気配がする。間違いなく近くにいる。足により一層力を込める。大丈夫だ。醜穢は、あの辺な体のせいで動きが遅いから逃げ切れるはず。

 曲がり角を曲がってすぐにユキがいた。そして、当然、醜穢もいくつもの瞳を体の表面で形作ってぎょろぎょろと絶え間なく蠢いている。相変わらず生理的嫌悪感を感じさせる造形をしている。

 「ユキ! 無事か!」

 「お兄さん!」

 俺が声をかけるとユキがこちらに気づいて駆け寄ってくる。早く連れて距離を取ろう。そう思いユキの手を握る。

 「走れるか?」

 「はい。大丈夫です。」

 ユキの方も逃げる途中だったようで余裕はあるようだった。醜穢との距離は8mほどで十分に逃げ切れる距離だ。

 逃げようと足を動かした直後、異変が起きた。

 「キキ「キキキ「キキ「キキキキ「キキキキ「キキキキ「キキキ「キキキキ

 ただの半個体の何かだった醜穢が突然、鳴き始めた。それに何か意味がこもっているのかはわからないしかし、その巨大な体の表面に浮かび上がったいくつもの大きな口が叫び始めた。いくつもの口から発せられるその音は重なり合って、次第に声量が増していく。その声は、近くにいる俺達にとって音の爆弾のようにすら感じた。

 あまりの騒音に窓ガラスが激しく振動しているのが分かる。咄嗟にユキの手を離して耳を塞ぐ。ユキも同じように痛みに耐えるように耳を塞いでいた。

 「なんだよ。この声・・・」

 とりあえず、距離を取らないと・・・そう思って一歩動いた瞬間にピタリと醜悪の声が止まった。

 醜穢の体は、まるで風船のように膨らみはじめる。嫌な予感しかしない。俺はすぐにユキの手を握って走り出した。

 ユキも咄嗟に体を引っ張られてふらついていたが、すぐに体勢を立て直して、走り出す。

 「ユキ、あの化物を観察してたって言ってたよな。今みたいな行動をすることはあるのか?」

 「初めて見ました。前までまともに喋るのも難しそうだったのに・・・」

 「じゃあ、逃げる選択肢は正しかったってことか・・・」

 醜穢は、追って来ている様子はない。これだけ距離を稼げば、醜穢の移動速度では追いつけるはずがないのだ。

 それが、俺の予測ミスであることにすぐに気づかされる事になるのだ。

 まだ日は降りていないはずなのに周りが一瞬にして暗くなる。いや、違う。俺とユキの周りの数メートルだけが影になっている。つまり、上に何かがいる・・・

 しかし、確認などはできない。急いでこの影の外に出ないと上から何かがやってくる・・・

 俺は、ごめんと謝りながら、ユキを影の外へ突き飛ばして、滑り込むように俺も影の外へと逃げた。何かが地面とぶつかって弾けたような音が後ろから聞こえてくる。

 体をコンクリートで擦りむいたようでヒリヒリと痛むが構っていられない。ユキもバランスを崩して盛大にこけているようだったが無事のようだった。

 後ろを振り返って突如降って来たものを見るとそこには、醜穢の姿があった。その体は、先ほどのように無骨な形ではなく、短い二本の足に大きなお腹、そして、右腕が長く左腕の短い左右非対称な腕が二本生えていた。腕がアンバランスなことと頭部にあたる部分が作られていないということを除けば、その姿は、赤ん坊に非常に酷似していた。

 明らかに今までの変形とは違う明確な目的のある変身だった。出会った当初は、いくつもの体の部位を生み出す程度しか出来なかったはずだ。

 「もしかして、最近になって体に慣れたのか?」

 醜穢は、妖怪の成れの果てだと言っていた。それはつまり、これが妖怪本来の姿ではない可能性がある。このヘドロのような形によって元の姿がわからなくなってしまったというのなら、この化物は新しい体を手に入れて間もないことになる。だから、明らかに非合理な変身を繰り返していたのではないだろうか?それが、最近になって新しい体に慣れて来たのではないのか。

 最近になってはっきりと音を発することができるようになっている事からもその可能性が高い。

 一度目はなんとか避けられたが擦りむいた足と体力の限界が来ていて避けられる気が全くしなかった。しかし、醜穢は、こちらのことなどお構いなく長い腕をこちらへと手を伸ばした。

 もうだめだと、咄嗟にユキを背中に隠して盾になろうとする。しかし、醜穢の攻撃が来ることはなかった。

 今までとは全く毛色の違う鈍い轟音が響いた。

 「大丈夫ですか? 峰さん。身を呈して子供を守るなんておかわりないようで安心しました。」

 聞き覚えのある声に咄嗟に声のする方向を見る。そこには、華やかな着物を着た真冬さんの姿があった。
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