咲かない桜

御伽 白

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2章

Part 61 『魔女と記憶』

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 それから、しばらくの間は、俺と柏木さんの二人で行動することになった。

 醜穢が起こしたあの室外機を落とした事件は、その翌日に地方のニュースで取り上げられていて、どうやら、死亡はしていないものの、かなりの重体だったようだ。

 そのせいか、駅一帯が安全確認のために検査を行なっている業者がちらほらとみられるようになった。

 とはいえ、俺たちが散策しているのは、その仕事が終わってみんな帰る夜なので特に変化はない。

 あれからやっている事はサクヤと一緒の時とあまり変わらない。街を適当に徘徊しながら魔女がいないかを見回るだけだ。

 一向に消える気配のない醜穢の姿に辟易しながらも奴から逃げながら散策する。そんな日々が続いた。あまりにも進展がなくてリューの店に報告に行くのを数日放置していたぐらいだ。

 今日も進展がなく散策は終了になった。また明日と俺は柏木さんに別れを告げて久しぶりに魔女の家に向かうことにした。

 魔女の家には、明かりがついていて今日も活動しているようだった。するといきなり店のドアが開いてリューが出てきた。

 「おや? 随分と久しぶりじゃないか。全く連絡をよこさないからどうしたものかと思ったけど、無事なようで何よりだよ。」

 こちらの存在に気づいてリューが声をかけてくる。

 「どこかに出かける用事だったのか?」

 「まあ、そんな所だね。とは言ってもこの世界ではないんだけれどね。」

 「?」

 なんとも奇妙な事を言うリューだったが、しかし、その話を詳しくする気は今はないようで、「まあ、その話はおいおいね。まあ、入りなよ。進捗はどうか聞かせておくれよ。」と店に俺を招いた。

 「急ぎの用事というわけでもない。リド、お茶を用意しておくれ」

 店に入るなり、店の奥に向かって声をかける。すると、「ちょっと待ってろ!」という声が奥から聞こえてくる。

 「さて、僕もここ最近は、この街を歩きまわってないからね。どういう状況か教えてくれるかな?」

 そういうので俺は、街の状況について軽く説明する事にした。と言っても魔女の情報は、一切ない状態で、ほとんどが醜穢という化物の話になってしまったのだが・・・

 「なるほど・・・だから、嫌な気配が町中を覆っているのか・・・出なくて正解だね・・・」

 「魔女に関しては、本当にいるのかどうかすら怪しいんだけど、このまま続けるのか?」

 「いや、魔女はいるよ。間違いなくね。」

 リューは、ニヤリと笑いながら断言した。

 「何か確証があるのか? だったら、探すための手がかりになるだろうし教えてくれ」

 「魔女に記憶を消されたという人間が店に来たんだ。いやいや、全くの偶然だったんだけどね。人生で二人の魔女に遭うだなんて相当の運の持ち主だよ。」

 「なんだって!? なんでもっと早く教えてくれなかったんだ! その人に聞けばどんな特徴かわかったのに・・・」

 もしかして、俺が連絡をよこさなかったからとでも言うのだろうか、だが、電話があるのだから、別に教えてくれても・・・

 「君が一向に報告に来ないからっていうのもあるんだけど、もう一個は、その人間には、もう訊くことが出来ないからさ。」

 「どう言う意味・・・」

 「記憶を失った人間は自殺したからね。死人に口なしだ。」

 「自殺・・・?」

 魔女は確か、自分の悲しい記憶を消し去ってくれる善良な魔女のはずだ。なのにどうして自殺者が出るのだろうか。

 「魔女が善良なもんか。大体が自分自身のために行動する自己中の集まりだよ。僕を含めてね。ただ、店に来た男は、僕にこう頼んで来たよ。消した記憶を戻す方法を知らないかってね。だったら、消さなきゃいいのに・・・と言うのは流石に死んだ人間が可哀想か・・・」

 「それこそ、なんでだよ。だって、悲しい記憶だったんだろ? それなのに・・・」

 「悲しいだけじゃない記憶も世の中にはあるって事だよ。喜びと悲しみは、ある意味表裏一体だ。喜びを知っているから悲しみが大きくなる。悲しみを消すには喜びを知らない状態に戻すのが手っ取り早いと魔女は考えたんだろうね。けれど、それが大事なものであればあるほど、失った喪失感は計り知れないよ。だから、ここに来た男は、自殺した。耐えきれなかったんだろうね。大切なものが抜け落ちた虚無感とそんな大切なものを捨ててしまった自分に」

 魔女は記憶を消すだけだという。だから、モノは残る。思い出のない写真やビデオなんかもあるかもしれない。けれど、自分にはその記憶がない。それはどんな気持ちだろうか・・・

 「リューはなんて言ったんだ? その男に」

 「無理だと言ったよ。覆水盆に返らずだ。まあ、魔女は、覆水も盆に返せる存在だ。後先を考えなければ、戻してあげることも出来るだろうさ。けどね。壊れたカケラを繋ぎ合わせるのはある程度の労力ですむかもしれないけれど、捨ててしまったものを作り直すのは、無から有を生み出すぐらい難しいものさ。」

 元となるデータがない状態でデータを復元するのは、たしかに聞いている限りでもかなり高度な気がする。

 「大体、魔法は記憶を戻すのに向いてないんだよ。だって、記憶を使って魔法を使ってるんだからね。という感じで断った。そしたら、去っていって、一応、何かあった時に話を聞こうと思ってたら、死んじゃってるんだから」

 特に気にした様子もなくそんな事を言うリューに一瞬だけ寒気が走った。

 「特に責任なんかは感じないよ。だって、記憶を捨てるって言うのは私達、魔女からすれば、一番愚かな行為だからね。助ける価値なし・・・だけど、まあ、それを消して回ってるっていう魔女に関しては少し腹立たしくは思ってるけどね。」

 そのまるで熱のない冷めきった表情は、リューの普段の表情からは想像できないものでかなり怖く感じた。

 「というわけで、引き続き捜索よろしく!」とリューはいつもの表情にすぐに戻って俺の方をポンと叩いた。

 リドがお茶を持って来る頃には、何事もなかったかのようにリューは振る舞うのだった。
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