61 / 352
2章
Part 61 『魔女と記憶』
しおりを挟む
それから、しばらくの間は、俺と柏木さんの二人で行動することになった。
醜穢が起こしたあの室外機を落とした事件は、その翌日に地方のニュースで取り上げられていて、どうやら、死亡はしていないものの、かなりの重体だったようだ。
そのせいか、駅一帯が安全確認のために検査を行なっている業者がちらほらとみられるようになった。
とはいえ、俺たちが散策しているのは、その仕事が終わってみんな帰る夜なので特に変化はない。
あれからやっている事はサクヤと一緒の時とあまり変わらない。街を適当に徘徊しながら魔女がいないかを見回るだけだ。
一向に消える気配のない醜穢の姿に辟易しながらも奴から逃げながら散策する。そんな日々が続いた。あまりにも進展がなくてリューの店に報告に行くのを数日放置していたぐらいだ。
今日も進展がなく散策は終了になった。また明日と俺は柏木さんに別れを告げて久しぶりに魔女の家に向かうことにした。
魔女の家には、明かりがついていて今日も活動しているようだった。するといきなり店のドアが開いてリューが出てきた。
「おや? 随分と久しぶりじゃないか。全く連絡をよこさないからどうしたものかと思ったけど、無事なようで何よりだよ。」
こちらの存在に気づいてリューが声をかけてくる。
「どこかに出かける用事だったのか?」
「まあ、そんな所だね。とは言ってもこの世界ではないんだけれどね。」
「?」
なんとも奇妙な事を言うリューだったが、しかし、その話を詳しくする気は今はないようで、「まあ、その話はおいおいね。まあ、入りなよ。進捗はどうか聞かせておくれよ。」と店に俺を招いた。
「急ぎの用事というわけでもない。リド、お茶を用意しておくれ」
店に入るなり、店の奥に向かって声をかける。すると、「ちょっと待ってろ!」という声が奥から聞こえてくる。
「さて、僕もここ最近は、この街を歩きまわってないからね。どういう状況か教えてくれるかな?」
そういうので俺は、街の状況について軽く説明する事にした。と言っても魔女の情報は、一切ない状態で、ほとんどが醜穢という化物の話になってしまったのだが・・・
「なるほど・・・だから、嫌な気配が町中を覆っているのか・・・出なくて正解だね・・・」
「魔女に関しては、本当にいるのかどうかすら怪しいんだけど、このまま続けるのか?」
「いや、魔女はいるよ。間違いなくね。」
リューは、ニヤリと笑いながら断言した。
「何か確証があるのか? だったら、探すための手がかりになるだろうし教えてくれ」
「魔女に記憶を消されたという人間が店に来たんだ。いやいや、全くの偶然だったんだけどね。人生で二人の魔女に遭うだなんて相当の運の持ち主だよ。」
「なんだって!? なんでもっと早く教えてくれなかったんだ! その人に聞けばどんな特徴かわかったのに・・・」
もしかして、俺が連絡をよこさなかったからとでも言うのだろうか、だが、電話があるのだから、別に教えてくれても・・・
「君が一向に報告に来ないからっていうのもあるんだけど、もう一個は、その人間には、もう訊くことが出来ないからさ。」
「どう言う意味・・・」
「記憶を失った人間は自殺したからね。死人に口なしだ。」
「自殺・・・?」
魔女は確か、自分の悲しい記憶を消し去ってくれる善良な魔女のはずだ。なのにどうして自殺者が出るのだろうか。
「魔女が善良なもんか。大体が自分自身のために行動する自己中の集まりだよ。僕を含めてね。ただ、店に来た男は、僕にこう頼んで来たよ。消した記憶を戻す方法を知らないかってね。だったら、消さなきゃいいのに・・・と言うのは流石に死んだ人間が可哀想か・・・」
「それこそ、なんでだよ。だって、悲しい記憶だったんだろ? それなのに・・・」
「悲しいだけじゃない記憶も世の中にはあるって事だよ。喜びと悲しみは、ある意味表裏一体だ。喜びを知っているから悲しみが大きくなる。悲しみを消すには喜びを知らない状態に戻すのが手っ取り早いと魔女は考えたんだろうね。けれど、それが大事なものであればあるほど、失った喪失感は計り知れないよ。だから、ここに来た男は、自殺した。耐えきれなかったんだろうね。大切なものが抜け落ちた虚無感とそんな大切なものを捨ててしまった自分に」
魔女は記憶を消すだけだという。だから、モノは残る。思い出のない写真やビデオなんかもあるかもしれない。けれど、自分にはその記憶がない。それはどんな気持ちだろうか・・・
「リューはなんて言ったんだ? その男に」
「無理だと言ったよ。覆水盆に返らずだ。まあ、魔女は、覆水も盆に返せる存在だ。後先を考えなければ、戻してあげることも出来るだろうさ。けどね。壊れたカケラを繋ぎ合わせるのはある程度の労力ですむかもしれないけれど、捨ててしまったものを作り直すのは、無から有を生み出すぐらい難しいものさ。」
元となるデータがない状態でデータを復元するのは、たしかに聞いている限りでもかなり高度な気がする。
「大体、魔法は記憶を戻すのに向いてないんだよ。だって、記憶を使って魔法を使ってるんだからね。という感じで断った。そしたら、去っていって、一応、何かあった時に話を聞こうと思ってたら、死んじゃってるんだから」
特に気にした様子もなくそんな事を言うリューに一瞬だけ寒気が走った。
「特に責任なんかは感じないよ。だって、記憶を捨てるって言うのは私達、魔女からすれば、一番愚かな行為だからね。助ける価値なし・・・だけど、まあ、それを消して回ってるっていう魔女に関しては少し腹立たしくは思ってるけどね。」
そのまるで熱のない冷めきった表情は、リューの普段の表情からは想像できないものでかなり怖く感じた。
「というわけで、引き続き捜索よろしく!」とリューはいつもの表情にすぐに戻って俺の方をポンと叩いた。
リドがお茶を持って来る頃には、何事もなかったかのようにリューは振る舞うのだった。
醜穢が起こしたあの室外機を落とした事件は、その翌日に地方のニュースで取り上げられていて、どうやら、死亡はしていないものの、かなりの重体だったようだ。
そのせいか、駅一帯が安全確認のために検査を行なっている業者がちらほらとみられるようになった。
とはいえ、俺たちが散策しているのは、その仕事が終わってみんな帰る夜なので特に変化はない。
あれからやっている事はサクヤと一緒の時とあまり変わらない。街を適当に徘徊しながら魔女がいないかを見回るだけだ。
一向に消える気配のない醜穢の姿に辟易しながらも奴から逃げながら散策する。そんな日々が続いた。あまりにも進展がなくてリューの店に報告に行くのを数日放置していたぐらいだ。
今日も進展がなく散策は終了になった。また明日と俺は柏木さんに別れを告げて久しぶりに魔女の家に向かうことにした。
魔女の家には、明かりがついていて今日も活動しているようだった。するといきなり店のドアが開いてリューが出てきた。
「おや? 随分と久しぶりじゃないか。全く連絡をよこさないからどうしたものかと思ったけど、無事なようで何よりだよ。」
こちらの存在に気づいてリューが声をかけてくる。
「どこかに出かける用事だったのか?」
「まあ、そんな所だね。とは言ってもこの世界ではないんだけれどね。」
「?」
なんとも奇妙な事を言うリューだったが、しかし、その話を詳しくする気は今はないようで、「まあ、その話はおいおいね。まあ、入りなよ。進捗はどうか聞かせておくれよ。」と店に俺を招いた。
「急ぎの用事というわけでもない。リド、お茶を用意しておくれ」
店に入るなり、店の奥に向かって声をかける。すると、「ちょっと待ってろ!」という声が奥から聞こえてくる。
「さて、僕もここ最近は、この街を歩きまわってないからね。どういう状況か教えてくれるかな?」
そういうので俺は、街の状況について軽く説明する事にした。と言っても魔女の情報は、一切ない状態で、ほとんどが醜穢という化物の話になってしまったのだが・・・
「なるほど・・・だから、嫌な気配が町中を覆っているのか・・・出なくて正解だね・・・」
「魔女に関しては、本当にいるのかどうかすら怪しいんだけど、このまま続けるのか?」
「いや、魔女はいるよ。間違いなくね。」
リューは、ニヤリと笑いながら断言した。
「何か確証があるのか? だったら、探すための手がかりになるだろうし教えてくれ」
「魔女に記憶を消されたという人間が店に来たんだ。いやいや、全くの偶然だったんだけどね。人生で二人の魔女に遭うだなんて相当の運の持ち主だよ。」
「なんだって!? なんでもっと早く教えてくれなかったんだ! その人に聞けばどんな特徴かわかったのに・・・」
もしかして、俺が連絡をよこさなかったからとでも言うのだろうか、だが、電話があるのだから、別に教えてくれても・・・
「君が一向に報告に来ないからっていうのもあるんだけど、もう一個は、その人間には、もう訊くことが出来ないからさ。」
「どう言う意味・・・」
「記憶を失った人間は自殺したからね。死人に口なしだ。」
「自殺・・・?」
魔女は確か、自分の悲しい記憶を消し去ってくれる善良な魔女のはずだ。なのにどうして自殺者が出るのだろうか。
「魔女が善良なもんか。大体が自分自身のために行動する自己中の集まりだよ。僕を含めてね。ただ、店に来た男は、僕にこう頼んで来たよ。消した記憶を戻す方法を知らないかってね。だったら、消さなきゃいいのに・・・と言うのは流石に死んだ人間が可哀想か・・・」
「それこそ、なんでだよ。だって、悲しい記憶だったんだろ? それなのに・・・」
「悲しいだけじゃない記憶も世の中にはあるって事だよ。喜びと悲しみは、ある意味表裏一体だ。喜びを知っているから悲しみが大きくなる。悲しみを消すには喜びを知らない状態に戻すのが手っ取り早いと魔女は考えたんだろうね。けれど、それが大事なものであればあるほど、失った喪失感は計り知れないよ。だから、ここに来た男は、自殺した。耐えきれなかったんだろうね。大切なものが抜け落ちた虚無感とそんな大切なものを捨ててしまった自分に」
魔女は記憶を消すだけだという。だから、モノは残る。思い出のない写真やビデオなんかもあるかもしれない。けれど、自分にはその記憶がない。それはどんな気持ちだろうか・・・
「リューはなんて言ったんだ? その男に」
「無理だと言ったよ。覆水盆に返らずだ。まあ、魔女は、覆水も盆に返せる存在だ。後先を考えなければ、戻してあげることも出来るだろうさ。けどね。壊れたカケラを繋ぎ合わせるのはある程度の労力ですむかもしれないけれど、捨ててしまったものを作り直すのは、無から有を生み出すぐらい難しいものさ。」
元となるデータがない状態でデータを復元するのは、たしかに聞いている限りでもかなり高度な気がする。
「大体、魔法は記憶を戻すのに向いてないんだよ。だって、記憶を使って魔法を使ってるんだからね。という感じで断った。そしたら、去っていって、一応、何かあった時に話を聞こうと思ってたら、死んじゃってるんだから」
特に気にした様子もなくそんな事を言うリューに一瞬だけ寒気が走った。
「特に責任なんかは感じないよ。だって、記憶を捨てるって言うのは私達、魔女からすれば、一番愚かな行為だからね。助ける価値なし・・・だけど、まあ、それを消して回ってるっていう魔女に関しては少し腹立たしくは思ってるけどね。」
そのまるで熱のない冷めきった表情は、リューの普段の表情からは想像できないものでかなり怖く感じた。
「というわけで、引き続き捜索よろしく!」とリューはいつもの表情にすぐに戻って俺の方をポンと叩いた。
リドがお茶を持って来る頃には、何事もなかったかのようにリューは振る舞うのだった。
0
お気に入りに追加
62
あなたにおすすめの小説
ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました
宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。
ーーそれではお幸せに。
以前書いていたお話です。
投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと…
十話完結で既に書き終えてます。
幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。
スタジオ.T
青春
幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。
そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。
ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
思い出を売った女
志波 連
ライト文芸
結婚して三年、あれほど愛していると言っていた夫の浮気を知った裕子。
それでもいつかは戻って来ることを信じて耐えることを決意するも、浮気相手からの執拗な嫌がらせに心が折れてしまい、離婚届を置いて姿を消した。
浮気を後悔した孝志は裕子を探すが、痕跡さえ見つけられない。
浮気相手が妊娠し、子供のために再婚したが上手くいくはずもなかった。
全てに疲弊した孝志は故郷に戻る。
ある日、子供を連れて出掛けた海辺の公園でかつての妻に再会する。
あの頃のように明るい笑顔を浮かべる裕子に、孝志は二度目の一目惚れをした。
R15は保険です
他サイトでも公開しています
表紙は写真ACより引用しました
ずっと君のこと ──妻の不倫
家紋武範
大衆娯楽
鷹也は妻の彩を愛していた。彼女と一人娘を守るために休日すら出勤して働いた。
余りにも働き過ぎたために会社より長期休暇をもらえることになり、久しぶりの家族団らんを味わおうとするが、そこは非常に味気ないものとなっていた。
しかし、奮起して彩や娘の鈴の歓心を買い、ようやくもとの居場所を確保したと思った束の間。
医師からの検査の結果が「性感染症」。
鷹也には全く身に覚えがなかった。
※1話は約1000文字と少なめです。
※111話、約10万文字で完結します。
【R18完結】エリートビジネスマンの裏の顔
白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます───。
私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。
同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが……
この生活に果たして救いはあるのか。
※サムネにAI生成画像を使用しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる