義手の探偵

御伽 白

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乱入者

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「香穂にジャガイモのお届け者だ!」
 そんなハツラツな声とドアについたベルの大きな音と共に一人の男が店に入ってくる。快活な笑顔を浮かべた長身の男性で、体を鍛えているようで、非常に筋肉質だ。野性味を帯びた顔立ちは、誠とは正反対である、
「うちの庭で野菜が取れたから持ってきたぞ! というか、なんで休みなんだ? 体調不良か?」
「春人くん、ありがたいんだけど、先にチャイムを押したりしてね」
「ああ、悪い悪い。親しき仲にも礼儀ありってやつだな。了解した。もう一回、やり直そう」
 そう言って春人はドアを開けて外に出て行こうとする。香穂はその姿に少し呆れ笑いを浮かべた。
「次からで良いから」
「そうか? 分かった! ところで、なんで店を休んでいるんだ? 体調不良という訳でもなさそうだが」
 そうして、春人は会話を続ける。香穂は少し呆れながらも世間話を続けていた。
 誠は春人の姿を見ると慌てて顔を隠した。来客は誠の知人だった。
 滝宮たきみや 春人はると。近所にある滝宮神社の神主であり、早くから父親の仕事を継いで若くして神主になった人物で、善人ではあるがどこか不思議な雰囲気をまとった男性である。良くも悪くも裏表のない人柄であるため、非常に好かれることもあれば、嫌われることもある人物である。
「誠、知り合い?」
 顔を隠す誠の姿を見て、知り合いだと察した玲子はそう尋ねると誠は、少し焦った様子で、ゆっくりと頷いた。
「ああ、うん。滝宮神社の神主でね。良い人なんだけど、ちょっと変人なんだ」
 玲子は、誠の紹介を聞いて春人に視線を戻した。神主とは思えない細身ながらしっかりと筋肉のついた健康的な体に快活な雰囲気は、人の良さを感じさせる。香穂も特に警戒した様子もなく快く相手をしている。
 様子を伺っている玲子の視線に気づいて、春人は玲子と視線が合う。
「ああ、お客さんがいたのか。すまないな。私は滝宮 春人だ。お詫びにうちで取れたジャガイモをやろう。蒸すだけで美味しいから是非食べてくれ」
 玲子に近づくと春人は、ビニール袋に入ったジャガイモを玲子に持たせる。
(ああ、確かに変な人だ)
 玲子は、そう思いながらもジャガイモを受け取り、お礼を言うと軽く「天野 玲子です」と自己紹介する。
「天野・・・・・・ああ、誠が保護してる生活能力の無い残念美人と噂の」
「・・・・・・へぇ」
 玲子の声音が冷たくなり、視線を誠に向ける。誠はその冷気に反応して、さらに猛獣から身を隠す小動物の様に体を小さく隠した。
「私も誠の友人だからな。友の友は友だ。仲良くしてくれ」
 そう言って握手を求められ、玲子は手袋の嵌めた義手で握手をする。すると手の違和感に気づきながらも春人は特に何も言わずにしっかりと義手を握った。
「そこの女性も是非貰ってくれ。何かの縁だ」
 玲子への挨拶を終えると春人は誠の方に意識を向けて同じようにジャガイモの入った袋を持って近づく。それに対し誠は自分の身がバレない様に必死で顔を隠す。
「なんで顔を隠してるんだ? 照れ屋なのか、それとも視線恐怖症などの病状があるのか?」
 春人は無遠慮に誠に近づきそんな質問を投げかけた。
「いや、人見知りで話しかける自信がないだけ」
 春人に玲子はそう言った。その口元は悪戯を思いついた子供の様に上がっている。
 確実に誠への嫌がらせである。完全に誠が悪評を広めていることを根に持っている。声を荒げることはない静かな怒りを見せる玲子に誠は背筋が寒くなるのを感じる。
「なるほど。遠慮しなくて良いぞ。コミュニケーションの基本はまず顔を見るところからだ。ずっとじゃなくて良い。一度、顔を見せることが大事だ。じゃないとそもそも、君が誰かわからないしな」
 春人はそう言うと誠に顔を見せる様に促す。誠は彼の人柄から、一度言い出すと中々止まらないタイプであることを知っているため、小さく息を整える。
(大丈夫。ちょっと見られたぐらいで分かるようなレベルじゃない)
 誠は心の中で決心するとゆっくりと顔を上げた。
「ん? 誠に似てるな。親戚か?」
(瞬殺された⁉︎)
 冷や汗をかく誠に対して玲子と香穂が噴き出した。突然の変身を遂げたとは言っても素材を消しているわけではない。似ているように感じられても仕方がない。
「し、親戚の犬養いぬかい 美琴みことです。」
 誠は咄嗟に自分の本当の従姉妹の名前を出して自己紹介する。誠の従姉妹はかなり離れた場所に住んでいるので春人が知っているはずもない。春人はあっさりと納得すると同じように握手をする。
「よろしくな。・・・・・・しかし、似ているな。流石に従姉妹だ。誠を女にすれば確かにこんな感じになるだろうなという感じだ」
「あはは・・・・・・」
 誠は少し声音を高くして愛想笑いを浮かべる。
(分かってて、わざとからかってる訳じゃないだろうな)
 春人のあまりの勘の鋭さに誠はそんなことを邪推してしまう。
「二人が並んでいるのを見たいな。誠に電話してみるか。今日は店が休みになってたしな。ん? どうした顔色が悪いが?」
「誠さんは、忙しいんじゃないですかね。ほら、多忙な方ですし」
「大丈夫だ。基本的にあいつは付き合いが良いからな。従姉妹が来ているならせっかくだし会って行くと良い」
 そう言って電話をかける春人に慌てて誠は自分のスマホを隠した。バイブレーションを感じながら春人はどうするべきかを考える。この場から逃げ出さなければ、春人の謎の勘の鋭さから、誠の正体が発覚する危険が高い。誠は春人からの電話を切り、すぐにメッセージを玲子に送る。
 誠 『逃げるの手伝って!』
 すぐに玲子はメッセージに気づき、返信してくる。
 玲子 『生活能力がない残念女だから無理』
 誠 『本当に謝るので許してください・・・・・・』
 玲子『言葉だけの謝罪で許してもらえるほど世の中は甘くない。世の中の法律は賠償責任がつく。』
 玲子『プリン三つ』
 玲子は誠に分かるようにメニューに視線を送る。メニュー表にはプリンも存在している。五百円という喫茶店価格である。
 誠『・・・・・・分かった。三つ。』
 誠の返信を見て玲子は笑った。玲子はすぐに春人に対して声をかける。
「誠は別件で出かけてるから電話しても繋がらないと思う」
「なるほど。用事なら仕方ないか。誠にもジャガイモを持っていこうと考えていたんだが、いないなら後日にするか。香穂ちゃん、コーヒー一つ」
「いや、今はお休みだからね。本当にマイペースだなぁ」
「ああ、そうか。休みの予定だった。」
「まあ、コーヒーぐらい良いけどね。ちょっと待ってて」
 香穂はカウンターの奥に行くとお湯を沸かし始めた。春人は完全に一息ついていく状態になっていた。
 誠の不安は増すばかりだ。春人の本能的な勘の鋭さはいずれ自分の正体を看破してしまうのではないか。この場に居続ければ、その可能性は高くなる。ならばこの危険地帯からおさらばするのが安全である。
「香穂さん、玲子、私はそろそろお暇しますね。春人さんもじゃがいもありがとうございます」
 誠は三人にそう言って立ち上がった。
「おお、そうなのか? また機会があれば会おう」
「じゃあね。美琴、ちゃんと約束のプリン忘れないでよ」
「またね。美琴ちゃん。また来てね」
 慌てて店を飛び出していく誠を眺めながら玲子は小さく呟いた。
「やっぱり、女の方が幸せになれる気がする」
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