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いざ旅行(1)
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紘人さんと同棲をスタートさせるまでに、そう時間はかからなかった。二人とも結婚に前向きで、一緒に暮らさない理由がなかったからだ。それに、どちらかの家に週末だけ泊りに行くとなると、日用品を互いの家に置き忘れることもあり、ひやひやしながら会社で受け渡すことも増えていた。
彼との生活は穏やかなもので、何気ない一言から会話が膨らんだり、笑い合ったり、幸せそのものであった。二人で家具を選ぶのも、料理をするのも、夜遅くまでコーヒー片手に映画を見るのも、何もかもが新鮮で、毎日が色鮮やかに輝いて見える。
今週末も、二人でだらだらとベッドに寝転がりながら、お互いにネットサーフィンやSNS巡りをしつつ、気が向いたときにぽつぽつと会話を交わす、まったりとしたおうちデートを満喫していた。
「ちょっと遠出してさ、前から行きたいって言ってた温泉に行かない?」
仕事が繁忙期を抜けたある日、紘人さんがスマホを片手に私を旅行に誘ってきた。電車で1時間程度の距離の観光地。内湯付きの旅館は魅力的で、すぐに「行きたいです」と返事をする。
「よかった。早速だけど、再来週の金曜に有給取って、金、土、日の二泊三日はどう? むしろ、そこを過ぎると忙しくなるだろうから」
すでに紘人さんがいくつかの旅館をピックアップしてくれていた。小さいスマホを二人で覗き込み、二人で一つ一つ場所やお部屋の設備、アメニティを確認していると、初めての旅行に向けてわくわくと楽しい気持ちが膨らんでいく。すぐ近くにある紘人さんの顔を見ると、目がキラキラと輝いていて、幼い表情にきゅんとした。
「由奈、目がきらきらしてる」
「紘人さんもですよ」
ふふ、と笑い合って、ちゅ、と触れるだけのキスをした。心がくすぐったくなるような甘い時間に、さらに旅行への期待が膨らむ。紘人さんの大きな手が私の頭を撫でながら、「この旅館どう? 眺めもよさそうだし、お風呂も広いし、口コミもよさそう」と旅館の一つを指さした。私が頷くのを見て、彼はそのまま手際よく予約をしてくれる。
「一緒にお風呂入るの楽しみだね。晴れるといいなぁ……旅行って、準備も楽しいよね。由奈といっぱい写真撮りたいな」
「お部屋から緑がいっぱい見えるの、とっても癒されそう。旅行なんて、何年ぶりだろう。紘人さんと遠出するのも初めてだし、すごく楽しみ」
付き合いたてのころより、少し砕けた口調の分、心の距離も近づいた気がする。紘人さんは、展望台での一件以来、ますます私を溺愛するようになったが、その根っこにあった「裏切られたくない」「失いたくない」という不安からくる憑き物が落ちて、ただただ優しい愛で私のことを包んでくれていた。
元カノさんの話は、お酒を飲みながらぽつぽつと話してくれることもある。その話は必ずと言っていいほど、「由奈に会えてよかった」で締めくくられて、赤らんだ顔でキスを強請ってくるのだ。
一度、私の元カレの話を聞きたそうに水を向けてきたことがあったが、学生時代に付き合い始め、社会人になってすぐ「由奈の残業が多すぎて、全然会えない。他に好きな人ができた」と言って振られた話をしたら、それ以降何も聞いてくることはなかった。
彼としては、仕事を頑張っている私を振って辛い思いをさせたその男が許せない一方、彼と別れたからこそ今自分と一緒にいるのだと、割り切れない気持ちになったらしい。結局、「由奈の口から他の男の話が出てくるのはあまりいい気分ではない」と気づいたようだった。
クールに見える紘人さんが、思い切り甘えてくる様子には母性を擽られるし、この人のこの側面を知っているのは自分だけなのだと思うと、誇らしく満たされた気持ちになった。彼の少し嫉妬深いところも、彼をもっと好きになる要素の一つでしかない。
彼はお酒が好きでも、べらぼうに強いわけではないということも、同棲してから気づいたことの一つだった。お酒をあまり飲まない人からすれば十分に「強い」部類の人間だろうが、ザルと言えるほど飲めるわけではない。ある程度酔いが回ると「由奈、好き。もっとくっつこう、大好き」と頬を緩ませ、目元を下げて私に引っ付いてくる。
「二週間、仕事頑張ろうね」
今しがた予約したばかりの旅館のウェブサイトを眺め、旅行への気持ちを高めている紘人さんが、ぎゅっと私の手を握って微笑んだ。
旅行が控えていると思うと、二週間の労働はあっという間に終わった。そもそも、家に帰れば紘人さんと一緒にいられるのだと思うと、仕事に向き合う集中力も高まり、以前よりずっと仕事を早く終わらせられるようになり、残業そのものが少し減っていた。
上司からは「早く帰れるならこれも……」という気配を感じることもあるが、声を掛けられそうなタイミングで、紘人さんが「ごめん、これもお願い」と大して重たくもない追加の仕事を渡してくれて、「やっぱり忙しいのかも」と上司をごまかすことに成功していた。
彼との生活は穏やかなもので、何気ない一言から会話が膨らんだり、笑い合ったり、幸せそのものであった。二人で家具を選ぶのも、料理をするのも、夜遅くまでコーヒー片手に映画を見るのも、何もかもが新鮮で、毎日が色鮮やかに輝いて見える。
今週末も、二人でだらだらとベッドに寝転がりながら、お互いにネットサーフィンやSNS巡りをしつつ、気が向いたときにぽつぽつと会話を交わす、まったりとしたおうちデートを満喫していた。
「ちょっと遠出してさ、前から行きたいって言ってた温泉に行かない?」
仕事が繁忙期を抜けたある日、紘人さんがスマホを片手に私を旅行に誘ってきた。電車で1時間程度の距離の観光地。内湯付きの旅館は魅力的で、すぐに「行きたいです」と返事をする。
「よかった。早速だけど、再来週の金曜に有給取って、金、土、日の二泊三日はどう? むしろ、そこを過ぎると忙しくなるだろうから」
すでに紘人さんがいくつかの旅館をピックアップしてくれていた。小さいスマホを二人で覗き込み、二人で一つ一つ場所やお部屋の設備、アメニティを確認していると、初めての旅行に向けてわくわくと楽しい気持ちが膨らんでいく。すぐ近くにある紘人さんの顔を見ると、目がキラキラと輝いていて、幼い表情にきゅんとした。
「由奈、目がきらきらしてる」
「紘人さんもですよ」
ふふ、と笑い合って、ちゅ、と触れるだけのキスをした。心がくすぐったくなるような甘い時間に、さらに旅行への期待が膨らむ。紘人さんの大きな手が私の頭を撫でながら、「この旅館どう? 眺めもよさそうだし、お風呂も広いし、口コミもよさそう」と旅館の一つを指さした。私が頷くのを見て、彼はそのまま手際よく予約をしてくれる。
「一緒にお風呂入るの楽しみだね。晴れるといいなぁ……旅行って、準備も楽しいよね。由奈といっぱい写真撮りたいな」
「お部屋から緑がいっぱい見えるの、とっても癒されそう。旅行なんて、何年ぶりだろう。紘人さんと遠出するのも初めてだし、すごく楽しみ」
付き合いたてのころより、少し砕けた口調の分、心の距離も近づいた気がする。紘人さんは、展望台での一件以来、ますます私を溺愛するようになったが、その根っこにあった「裏切られたくない」「失いたくない」という不安からくる憑き物が落ちて、ただただ優しい愛で私のことを包んでくれていた。
元カノさんの話は、お酒を飲みながらぽつぽつと話してくれることもある。その話は必ずと言っていいほど、「由奈に会えてよかった」で締めくくられて、赤らんだ顔でキスを強請ってくるのだ。
一度、私の元カレの話を聞きたそうに水を向けてきたことがあったが、学生時代に付き合い始め、社会人になってすぐ「由奈の残業が多すぎて、全然会えない。他に好きな人ができた」と言って振られた話をしたら、それ以降何も聞いてくることはなかった。
彼としては、仕事を頑張っている私を振って辛い思いをさせたその男が許せない一方、彼と別れたからこそ今自分と一緒にいるのだと、割り切れない気持ちになったらしい。結局、「由奈の口から他の男の話が出てくるのはあまりいい気分ではない」と気づいたようだった。
クールに見える紘人さんが、思い切り甘えてくる様子には母性を擽られるし、この人のこの側面を知っているのは自分だけなのだと思うと、誇らしく満たされた気持ちになった。彼の少し嫉妬深いところも、彼をもっと好きになる要素の一つでしかない。
彼はお酒が好きでも、べらぼうに強いわけではないということも、同棲してから気づいたことの一つだった。お酒をあまり飲まない人からすれば十分に「強い」部類の人間だろうが、ザルと言えるほど飲めるわけではない。ある程度酔いが回ると「由奈、好き。もっとくっつこう、大好き」と頬を緩ませ、目元を下げて私に引っ付いてくる。
「二週間、仕事頑張ろうね」
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上司からは「早く帰れるならこれも……」という気配を感じることもあるが、声を掛けられそうなタイミングで、紘人さんが「ごめん、これもお願い」と大して重たくもない追加の仕事を渡してくれて、「やっぱり忙しいのかも」と上司をごまかすことに成功していた。
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