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展望台で、終わりと始まり(3)☆

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 彼氏さんの手を取って去ろうとする。二人がいなくなってくれることに安堵して、二人とも少し手の力が抜けた。けれど、彼氏さんは元カノさんの手を振りほどいて拒絶する。驚いてまた固く手を握り合う私たちを前に、彼氏さんは横に首を振った。

「……いや、さすがにもう別れるわ。今の話、マジなんだろ? 無理だわ。長く付き合って、彼氏が重くて別れたって聞いてたから、まあそんなこともあるよなって思ってたけど……お前、感覚やべぇわ」
「なにそれ。え、行かないでよ。今日このあとバッグ買ってくれるって言ったじゃん! ディナーも予約してくれたって言ったのに! ねえ、嘘つき!」
「嘘つきはお前だろ? プロポーズ受けて、結婚するって言ったのに浮気するとか、ないわ。お前にこれ以上金使わずに済んで、よかったわ。この人も、俺も、金づる扱いしてたんだろ……はー……ありえねぇ……」

 元カノさんが騒ぎ出して、周りのお客さんたちがどよめきだす。遠くから、トラブルの気配を感じた係員さんが「通してください」と言って近づいてくる足音が聞こえた。

「お客様、どうかされましたか?」
「いえ、大丈夫です。もう帰りますので」

 紘人さんが淡々と答える。元カノさんは顔を真っ赤にして怒りを露わにしていたが、周囲の人の視線やぞろぞろと出てきた警備員さんを見て静かに俯いていた。

「こちらの女性は、お連れ様でしょうか……?」
「今別れたんで、連れじゃないですね」

 彼氏さん――彼氏だった人も、ぶっきらぼうに答える。係員さんや警備員は、私たちのトラブルがこれ以上大きくならなそうと判断したのか、踵を返して持ち場へと帰っていった。周囲の人たちが日常を取り戻っていく中で、元カノさんは「うっざ」と吐き捨てて、人混みの中に紛れて消えた。元カノさんが見えなくなると、彼氏だった人が口を開く。

「デート、邪魔してすんません」
「いや、あなたは悪くないと思うんで」
「まあ正直俺も被害者の気分っすわ。お二人には悪いけど、今日別れられてよかったと思って」
「……そう、かもね。慰謝料の話が出たとき、ご両親と謝ってくれたから、改心したかもしれないと思ってたけど、全然そうじゃなかったみたいだし。きっと、あの調子だと同じ事繰り返しただろうね」
「……じゃ、俺もこれで」

 彼氏だった人も去っていき、私たちはやっと大きく呼吸ができた。もう夜景を見るどころではなく、人混みを離れ、静かな場所で足を止める。

「由奈、ありがとう、由奈が言いたいこと全部言ってくれた」
「私はまだまだ言い足りないですけどね」
「はは、由奈は強いなぁ……俺、あのときのこと思い出して、頭真っ白になっちゃった」
「当事者なら仕方ないですよ。むしろ、喧嘩しちゃってごめんなさい」

 二人で、手汗が酷いねと笑い合った。少しぎこちない紘人さんの笑みに胸が痛くなる。

「紘人さん、忘れましょうなんて、簡単に言えないことはわかってます……あの人に尽くした時間は返ってこないし、忘れられるような記憶でないことは理解しています。でも、これ以上、紘人さんとの幸せな時間を、あの人やあの人の記憶に邪魔されるの、私はすごく嫌です。紘人さんの気持ちが踏みにじられるの、私、我慢できません……」
「うん、大丈夫。もう、スッキリしたから。由奈がね、震えてるのにいっぱい言い返してくれたでしょ? 俺のこと、本当に大事に想ってくれていて、俺のために戦ってくれる子なんだなって……それが嬉しくて、今までの辛かったこと、全部どうでもよくなるくらい嬉しかった。アレと結婚しなくてよかった。由奈と会えてよかった。だから、もういいんだ。喧嘩、怖かったでしょ。ごめんね。守れなくて」

 言葉の通り、どこか晴れ晴れとした顔で微笑んだ。もう、どうでもいい。由奈がいてくれるから。繰り返される言葉に、彼の優しい気持ちを守れたのだと、ほっとした。
 展望台は仕切り直しましょうと声を掛ける。紘人さんも同じ気分だったようで、エレベーターで地上階まで一気に降りる。同じように展望台から帰るお客さんでぎゅうぎゅう詰めのエレベーターの中で、こっそりと抱きしめ合った。
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