34 / 41
展望台で、終わりと始まり(3)☆
しおりを挟む
彼氏さんの手を取って去ろうとする。二人がいなくなってくれることに安堵して、二人とも少し手の力が抜けた。けれど、彼氏さんは元カノさんの手を振りほどいて拒絶する。驚いてまた固く手を握り合う私たちを前に、彼氏さんは横に首を振った。
「……いや、さすがにもう別れるわ。今の話、マジなんだろ? 無理だわ。長く付き合って、彼氏が重くて別れたって聞いてたから、まあそんなこともあるよなって思ってたけど……お前、感覚やべぇわ」
「なにそれ。え、行かないでよ。今日このあとバッグ買ってくれるって言ったじゃん! ディナーも予約してくれたって言ったのに! ねえ、嘘つき!」
「嘘つきはお前だろ? プロポーズ受けて、結婚するって言ったのに浮気するとか、ないわ。お前にこれ以上金使わずに済んで、よかったわ。この人も、俺も、金づる扱いしてたんだろ……はー……ありえねぇ……」
元カノさんが騒ぎ出して、周りのお客さんたちがどよめきだす。遠くから、トラブルの気配を感じた係員さんが「通してください」と言って近づいてくる足音が聞こえた。
「お客様、どうかされましたか?」
「いえ、大丈夫です。もう帰りますので」
紘人さんが淡々と答える。元カノさんは顔を真っ赤にして怒りを露わにしていたが、周囲の人の視線やぞろぞろと出てきた警備員さんを見て静かに俯いていた。
「こちらの女性は、お連れ様でしょうか……?」
「今別れたんで、連れじゃないですね」
彼氏さん――彼氏だった人も、ぶっきらぼうに答える。係員さんや警備員は、私たちのトラブルがこれ以上大きくならなそうと判断したのか、踵を返して持ち場へと帰っていった。周囲の人たちが日常を取り戻っていく中で、元カノさんは「うっざ」と吐き捨てて、人混みの中に紛れて消えた。元カノさんが見えなくなると、彼氏だった人が口を開く。
「デート、邪魔してすんません」
「いや、あなたは悪くないと思うんで」
「まあ正直俺も被害者の気分っすわ。お二人には悪いけど、今日別れられてよかったと思って」
「……そう、かもね。慰謝料の話が出たとき、ご両親と謝ってくれたから、改心したかもしれないと思ってたけど、全然そうじゃなかったみたいだし。きっと、あの調子だと同じ事繰り返しただろうね」
「……じゃ、俺もこれで」
彼氏だった人も去っていき、私たちはやっと大きく呼吸ができた。もう夜景を見るどころではなく、人混みを離れ、静かな場所で足を止める。
「由奈、ありがとう、由奈が言いたいこと全部言ってくれた」
「私はまだまだ言い足りないですけどね」
「はは、由奈は強いなぁ……俺、あのときのこと思い出して、頭真っ白になっちゃった」
「当事者なら仕方ないですよ。むしろ、喧嘩しちゃってごめんなさい」
二人で、手汗が酷いねと笑い合った。少しぎこちない紘人さんの笑みに胸が痛くなる。
「紘人さん、忘れましょうなんて、簡単に言えないことはわかってます……あの人に尽くした時間は返ってこないし、忘れられるような記憶でないことは理解しています。でも、これ以上、紘人さんとの幸せな時間を、あの人やあの人の記憶に邪魔されるの、私はすごく嫌です。紘人さんの気持ちが踏みにじられるの、私、我慢できません……」
「うん、大丈夫。もう、スッキリしたから。由奈がね、震えてるのにいっぱい言い返してくれたでしょ? 俺のこと、本当に大事に想ってくれていて、俺のために戦ってくれる子なんだなって……それが嬉しくて、今までの辛かったこと、全部どうでもよくなるくらい嬉しかった。アレと結婚しなくてよかった。由奈と会えてよかった。だから、もういいんだ。喧嘩、怖かったでしょ。ごめんね。守れなくて」
言葉の通り、どこか晴れ晴れとした顔で微笑んだ。もう、どうでもいい。由奈がいてくれるから。繰り返される言葉に、彼の優しい気持ちを守れたのだと、ほっとした。
展望台は仕切り直しましょうと声を掛ける。紘人さんも同じ気分だったようで、エレベーターで地上階まで一気に降りる。同じように展望台から帰るお客さんでぎゅうぎゅう詰めのエレベーターの中で、こっそりと抱きしめ合った。
「……いや、さすがにもう別れるわ。今の話、マジなんだろ? 無理だわ。長く付き合って、彼氏が重くて別れたって聞いてたから、まあそんなこともあるよなって思ってたけど……お前、感覚やべぇわ」
「なにそれ。え、行かないでよ。今日このあとバッグ買ってくれるって言ったじゃん! ディナーも予約してくれたって言ったのに! ねえ、嘘つき!」
「嘘つきはお前だろ? プロポーズ受けて、結婚するって言ったのに浮気するとか、ないわ。お前にこれ以上金使わずに済んで、よかったわ。この人も、俺も、金づる扱いしてたんだろ……はー……ありえねぇ……」
元カノさんが騒ぎ出して、周りのお客さんたちがどよめきだす。遠くから、トラブルの気配を感じた係員さんが「通してください」と言って近づいてくる足音が聞こえた。
「お客様、どうかされましたか?」
「いえ、大丈夫です。もう帰りますので」
紘人さんが淡々と答える。元カノさんは顔を真っ赤にして怒りを露わにしていたが、周囲の人の視線やぞろぞろと出てきた警備員さんを見て静かに俯いていた。
「こちらの女性は、お連れ様でしょうか……?」
「今別れたんで、連れじゃないですね」
彼氏さん――彼氏だった人も、ぶっきらぼうに答える。係員さんや警備員は、私たちのトラブルがこれ以上大きくならなそうと判断したのか、踵を返して持ち場へと帰っていった。周囲の人たちが日常を取り戻っていく中で、元カノさんは「うっざ」と吐き捨てて、人混みの中に紛れて消えた。元カノさんが見えなくなると、彼氏だった人が口を開く。
「デート、邪魔してすんません」
「いや、あなたは悪くないと思うんで」
「まあ正直俺も被害者の気分っすわ。お二人には悪いけど、今日別れられてよかったと思って」
「……そう、かもね。慰謝料の話が出たとき、ご両親と謝ってくれたから、改心したかもしれないと思ってたけど、全然そうじゃなかったみたいだし。きっと、あの調子だと同じ事繰り返しただろうね」
「……じゃ、俺もこれで」
彼氏だった人も去っていき、私たちはやっと大きく呼吸ができた。もう夜景を見るどころではなく、人混みを離れ、静かな場所で足を止める。
「由奈、ありがとう、由奈が言いたいこと全部言ってくれた」
「私はまだまだ言い足りないですけどね」
「はは、由奈は強いなぁ……俺、あのときのこと思い出して、頭真っ白になっちゃった」
「当事者なら仕方ないですよ。むしろ、喧嘩しちゃってごめんなさい」
二人で、手汗が酷いねと笑い合った。少しぎこちない紘人さんの笑みに胸が痛くなる。
「紘人さん、忘れましょうなんて、簡単に言えないことはわかってます……あの人に尽くした時間は返ってこないし、忘れられるような記憶でないことは理解しています。でも、これ以上、紘人さんとの幸せな時間を、あの人やあの人の記憶に邪魔されるの、私はすごく嫌です。紘人さんの気持ちが踏みにじられるの、私、我慢できません……」
「うん、大丈夫。もう、スッキリしたから。由奈がね、震えてるのにいっぱい言い返してくれたでしょ? 俺のこと、本当に大事に想ってくれていて、俺のために戦ってくれる子なんだなって……それが嬉しくて、今までの辛かったこと、全部どうでもよくなるくらい嬉しかった。アレと結婚しなくてよかった。由奈と会えてよかった。だから、もういいんだ。喧嘩、怖かったでしょ。ごめんね。守れなくて」
言葉の通り、どこか晴れ晴れとした顔で微笑んだ。もう、どうでもいい。由奈がいてくれるから。繰り返される言葉に、彼の優しい気持ちを守れたのだと、ほっとした。
展望台は仕切り直しましょうと声を掛ける。紘人さんも同じ気分だったようで、エレベーターで地上階まで一気に降りる。同じように展望台から帰るお客さんでぎゅうぎゅう詰めのエレベーターの中で、こっそりと抱きしめ合った。
0
お気に入りに追加
603
あなたにおすすめの小説
極上の一夜で懐妊したらエリートパイロットの溺愛新婚生活がはじまりました
白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
恋愛
早瀬 果歩はごく普通のOL。
あるとき、元カレに酷く振られて、1人でハワイへ傷心旅行をすることに。
そこで逢見 翔というパイロットと知り合った。
翔は果歩に素敵な時間をくれて、やがて2人は一夜を過ごす。
しかし翌朝、翔は果歩の前から消えてしまって……。
**********
●早瀬 果歩(はやせ かほ)
25歳、OL
元カレに酷く振られた傷心旅行先のハワイで、翔と運命的に出会う。
●逢見 翔(おうみ しょう)
28歳、パイロット
世界を飛び回るエリートパイロット。
ハワイへのフライト後、果歩と出会い、一夜を過ごすがその後、消えてしまう。
翌朝いなくなってしまったことには、なにか理由があるようで……?
●航(わたる)
1歳半
果歩と翔の息子。飛行機が好き。
※表記年齢は初登場です
**********
webコンテンツ大賞【恋愛小説大賞】にエントリー中です!
完結しました!
副社長氏の一途な恋~執心が結んだ授かり婚~
真木
恋愛
相原麻衣子は、冷たく見えて情に厚い。彼女がいつも衝突ばかりしている、同期の「副社長氏」反田晃を想っているのは秘密だ。麻衣子はある日、晃と一夜を過ごした後、姿をくらます。数年後、晃はミス・アイハラという女性が小さな男の子の手を引いて暮らしているのを知って……。
一夜の過ちで懐妊したら、溺愛が始まりました。
青花美来
恋愛
あの日、バーで出会ったのは勤務先の会社の副社長だった。
その肩書きに恐れをなして逃げた朝。
もう関わらない。そう決めたのに。
それから一ヶ月後。
「鮎原さん、ですよね?」
「……鮎原さん。お腹の赤ちゃん、産んでくれませんか」
「僕と、結婚してくれませんか」
あの一夜から、溺愛が始まりました。
完結*三年も付き合った恋人に、家柄を理由に騙されて捨てられたのに、名家の婚約者のいる御曹司から溺愛されました。
恩田璃星
恋愛
清永凛(きよなが りん)は平日はごく普通のOL、土日のいずれかは交通整理の副業に励む働き者。
副業先の上司である夏目仁希(なつめ にき)から、会う度に嫌味を言われたって気にしたことなどなかった。
なぜなら、凛には付き合って三年になる恋人がいるからだ。
しかし、そろそろプロポーズされるかも?と期待していたある日、彼から一方的に別れを告げられてしまいー!?
それを機に、凛の運命は思いも寄らない方向に引っ張られていく。
果たして凛は、両親のように、愛の溢れる家庭を築けるのか!?
*この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
*不定期更新になることがあります。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
昨日、課長に抱かれました
美凪ましろ
恋愛
金曜の夜。一人で寂しく残業をしていると、課長にお食事に誘われた! 会社では強面(でもイケメン)の課長。お寿司屋で会話が弾んでいたはずが。翌朝。気がつけば見知らぬ部屋のベッドのうえで――!? 『課長とのワンナイトラブ』がテーマ(しかしワンナイトでは済まない)。
どっきどきの告白やベッドシーンなどもあります。
性描写を含む話には*マークをつけています。
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
地味系秘書と氷の副社長は今日も仲良くバトルしてます!
めーぷる
恋愛
見た目はどこにでもいそうな地味系女子の小鳥風音(おどりかざね)が、ようやく就職した会社で何故か社長秘書に大抜擢されてしまう。
秘書検定も持っていない自分がどうしてそんなことに……。
呼び出された社長室では、明るいイケメンチャラ男な御曹司の社長と、ニコリともしない銀縁眼鏡の副社長が風音を待ち構えていた――
地味系女子が色々巻き込まれながら、イケメンと美形とぶつかって仲良くなっていく王道ラブコメなお話になっていく予定です。
ちょっとだけ三角関係もあるかも?
・表紙はかんたん表紙メーカーで作成しています。
・毎日11時に投稿予定です。
・勢いで書いてます。誤字脱字等チェックしてますが、不備があるかもしれません。
・公開済のお話も加筆訂正する場合があります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる