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初デート(2)
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セーターと一緒に適当なシャツを手に取り、店員さんに声を掛けて試着室に入る。
「由奈、そこにいる?」
「いますよー」
「これ、もう一つ下のサイズでもいいかも。ちょっと見てもらってもいい?」
試着室のカーテンを開けると、落ち着いた辛子色のセーターを着た紘人さがお目見えする。肌の色によく似合っていて印象がぱっと華やかになった。しかし、彼が言う通り少しサイズが大きいかもしれない。店員さんにお願いして、一つ下のサイズのものを持ってきてもらう。
「ちょっと待っててね……」
すぐに着替えを終えた紘人さんがもう一度カーテンを開けた。
「こっちのがいいですね! ぴったりしすぎない、ちょうどよいサイズに見えます」
「俺も、着ていてこっちの方がしっくりくるかな。選んでくれてありがとうね。これは買おうかな」
キラキラした紘人さんの笑顔が眩しい。ピンとくるアウターはなく、セーターだけを購入し、次のお店に向かう。
「なんか、普通のデート、なんでもない普通な感じがすごくいいね」
「でも、私はちょっと緊張しています」
「うん、俺も。何かやらかさないかなって、心配で」
どちらからともなく、手を繋ぐ。二人で横に並んで歩くときの距離感を確かめるように、少し近づいたり、離れたり。気になるお店に入って店内をぐるっと回る。その間だけ手が離れて、お店を出ると自然に繋ぎなおす。お互いがお互いの存在を確かめるように、穏やかな手のひらの熱が心地よかった。
「アウターはまた今度かな。次は由奈の買い物しよう。それとも疲れちゃった? 可愛い靴、足が疲れるでしょ?」
「どうしようかな……全然疲れてはいないんです。でも、紘人さんとデートできて、なんだか満足感でいっぱいで……物欲が失せちゃいました。今見ても、着たい服が見つからない気がするので、もう少しデートに慣れてからにしてもいいですか?」
「はは、そっか。なんだか嬉しいな、そんな風に言ってもらえて。じゃあ、帰ろうか。今晩も泊まっていいんでしょ?」
「もちろんです。二泊三日のつもりでお荷物持ってきてますよね……? 足りないものがあれば、買っていきましょう。あと、晩ごはんの材料も」
来た道を折り返し、近所のスーパーで買い物をする頃には6時近かった。紘人さんが試してみたいと言ったおつまみレシピの材料を手際よくカゴに入れていくのを後ろから見つめる。なんだか、本当に同棲しているみたい。
「おいしくできるといいね。ビール、少し多めに買っていい? 明日か、次来た時にも飲むと思うから」
紘人さんが作ってくれたおつまみはとてもおいしく、多めに買っておいたはずのビールが思ったよりも残らなかった。お酒に上気した顔、少し上擦った声、紘人さんが全身で今日のデートが楽しかったことを表現してくれる。
「由奈と買い物するの、楽しかった。俺に何が似合うかなって真剣に考えてくれる顔、いつも仕事しているときと同じなのに、頭の中は俺でいっぱいなんだなって思って、お店じゃなかったら抱きしめたいくらいだったよ」
「じゃあ今ぎゅってしたらいいじゃないですか」
「うん、いっぱいする……はい、ぎゅー」
「わぁ、苦しいですよぅ」
「ぎゅってしていいって言ったのは由奈でしょ? まだ足りないからもっと、ほら」
紘人さんは相当酔っぱらっていて、素面なら恥ずかしくなるような言葉がぽんぽん出てくる。紘人さんの顔はアルコールでとろんとしていて、いつものきりっとした面影はどこかに消えていた。
「また行こうね。カフェも、お買い物も。映画見たり、本屋さん行ったり、美術館もいいな。休日出勤の可能性がないところで、旅行にも行きたい。温泉とか。由奈と広いお風呂であったまりたい」
「はいはい」
「ゆな、適当にあしらわないで……だめ、おれ、今日結構酔ってる……」
「お水飲みましょうね」
由奈ともっと一緒にいたい、大好き、愛してる。だだ漏れの気持ちに、私も顔が赤くなる。素面のときにも同じことを言われるが、理性のない状態でも同じことを言われると、本当に心からそう思ってくれていることに改めて気づける。
私をホールドして放さないまま、紘人さんが寝息を立て始めた。身体に寄りかかる紘人さんの重みに、なぜか安心する。
「紘人さん、大好きですよ」
ショッパーに入ったままの辛子色のセーターが目に入る。この服を着ている紘人さんのことを見るたび、今日の出来事を思い出すのだろう。いつかくたびれてヨレヨレになったとしても、このセーターを取っておきたいな、と思った。
「由奈、そこにいる?」
「いますよー」
「これ、もう一つ下のサイズでもいいかも。ちょっと見てもらってもいい?」
試着室のカーテンを開けると、落ち着いた辛子色のセーターを着た紘人さがお目見えする。肌の色によく似合っていて印象がぱっと華やかになった。しかし、彼が言う通り少しサイズが大きいかもしれない。店員さんにお願いして、一つ下のサイズのものを持ってきてもらう。
「ちょっと待っててね……」
すぐに着替えを終えた紘人さんがもう一度カーテンを開けた。
「こっちのがいいですね! ぴったりしすぎない、ちょうどよいサイズに見えます」
「俺も、着ていてこっちの方がしっくりくるかな。選んでくれてありがとうね。これは買おうかな」
キラキラした紘人さんの笑顔が眩しい。ピンとくるアウターはなく、セーターだけを購入し、次のお店に向かう。
「なんか、普通のデート、なんでもない普通な感じがすごくいいね」
「でも、私はちょっと緊張しています」
「うん、俺も。何かやらかさないかなって、心配で」
どちらからともなく、手を繋ぐ。二人で横に並んで歩くときの距離感を確かめるように、少し近づいたり、離れたり。気になるお店に入って店内をぐるっと回る。その間だけ手が離れて、お店を出ると自然に繋ぎなおす。お互いがお互いの存在を確かめるように、穏やかな手のひらの熱が心地よかった。
「アウターはまた今度かな。次は由奈の買い物しよう。それとも疲れちゃった? 可愛い靴、足が疲れるでしょ?」
「どうしようかな……全然疲れてはいないんです。でも、紘人さんとデートできて、なんだか満足感でいっぱいで……物欲が失せちゃいました。今見ても、着たい服が見つからない気がするので、もう少しデートに慣れてからにしてもいいですか?」
「はは、そっか。なんだか嬉しいな、そんな風に言ってもらえて。じゃあ、帰ろうか。今晩も泊まっていいんでしょ?」
「もちろんです。二泊三日のつもりでお荷物持ってきてますよね……? 足りないものがあれば、買っていきましょう。あと、晩ごはんの材料も」
来た道を折り返し、近所のスーパーで買い物をする頃には6時近かった。紘人さんが試してみたいと言ったおつまみレシピの材料を手際よくカゴに入れていくのを後ろから見つめる。なんだか、本当に同棲しているみたい。
「おいしくできるといいね。ビール、少し多めに買っていい? 明日か、次来た時にも飲むと思うから」
紘人さんが作ってくれたおつまみはとてもおいしく、多めに買っておいたはずのビールが思ったよりも残らなかった。お酒に上気した顔、少し上擦った声、紘人さんが全身で今日のデートが楽しかったことを表現してくれる。
「由奈と買い物するの、楽しかった。俺に何が似合うかなって真剣に考えてくれる顔、いつも仕事しているときと同じなのに、頭の中は俺でいっぱいなんだなって思って、お店じゃなかったら抱きしめたいくらいだったよ」
「じゃあ今ぎゅってしたらいいじゃないですか」
「うん、いっぱいする……はい、ぎゅー」
「わぁ、苦しいですよぅ」
「ぎゅってしていいって言ったのは由奈でしょ? まだ足りないからもっと、ほら」
紘人さんは相当酔っぱらっていて、素面なら恥ずかしくなるような言葉がぽんぽん出てくる。紘人さんの顔はアルコールでとろんとしていて、いつものきりっとした面影はどこかに消えていた。
「また行こうね。カフェも、お買い物も。映画見たり、本屋さん行ったり、美術館もいいな。休日出勤の可能性がないところで、旅行にも行きたい。温泉とか。由奈と広いお風呂であったまりたい」
「はいはい」
「ゆな、適当にあしらわないで……だめ、おれ、今日結構酔ってる……」
「お水飲みましょうね」
由奈ともっと一緒にいたい、大好き、愛してる。だだ漏れの気持ちに、私も顔が赤くなる。素面のときにも同じことを言われるが、理性のない状態でも同じことを言われると、本当に心からそう思ってくれていることに改めて気づける。
私をホールドして放さないまま、紘人さんが寝息を立て始めた。身体に寄りかかる紘人さんの重みに、なぜか安心する。
「紘人さん、大好きですよ」
ショッパーに入ったままの辛子色のセーターが目に入る。この服を着ている紘人さんのことを見るたび、今日の出来事を思い出すのだろう。いつかくたびれてヨレヨレになったとしても、このセーターを取っておきたいな、と思った。
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