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一緒にお仕事、予定外の飲み会(2)
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会議が終わったのは19時を5分過ぎたころで、会議の後片付けをしてバタバタと執務室を後にした。執務室に彼の姿は見えず、メッセージの通り先に玄関で待っているのだと思い、急いで向かうと、エレベーターホールで壁に寄りかかり、スマホを弄る柚木さんの姿が見えた。
「柚木さん!お待たせしました!」
「焦らなくてよかったのに。あんまり待ってないよ。お疲れ様。ちょうどいい電車があるから、ちょっと早歩きでもいい?」
柚木さんがいつもより早いペースで歩き出す。それでも私が難なく追いつける速度で、ありがたい。柚木さんの横を歩けるだけで、心が満たされるようだった。
「すみません、もうお店も決めていただいてますよね」
「うん、前に一人で行っておいしかったところ。藤井さんもきっと好きだと思う」
お店は会社の隣駅の駅前で、あっという間に入店できた。お座敷のテーブルに通されると同時に柚木さんが生ビールを2杯注文する。お店選びといい、ビールといい、私の趣味嗜好を覚えてくれているのは幸せなことだ。
「勝手に頼んでごめん。大丈夫だよね」
「最初はビールですもんね、ありがとうございます」
「じゃあ、今日もお疲れ様でしたってことで、乾杯」
柚木さんがスーツの袖をめくり、ネクタイを外す。首のボタンも外して、すっかりオフモードになった。今まで服装を崩すことがなかったから、くるくると丸めてカバンに仕舞われるネクタイにドキドキしてしまう。
「月曜日だからお酒控え目で、ご飯中心がいいよね」
「そうですね、もう週末気分ですが……まだ月曜日ですもんね」
「ごめんね月曜から。藤井さんがサポートについてくれることになって、仕事早く終わりそうだなって思ったら、静かな家に帰って一人で晩飯食べるの嫌になっちゃってさ」
そのタイミングで私に声をかけてくれるんだ、とたった一か月にも満たない間に縮まった距離感に感動する。一人でご飯を食べるのが寂しい気持ちは私もよく理解できるし、土日も柚木さんとご飯が食べたいと思っていた。
「私も、土日に一人でご飯食べるのちょっと寂しい気がしたので、同じですね」
勇気を出してそう伝えてみると、柚木さんは「そう言ってくれて嬉しい」と優しく笑ってくれた。柚木さんは串焼きの盛り合わせと枝豆、卵焼きという鉄板のおつまみを頼み、半分くらいに減ったビールのグラスの持ち手を手持ち無沙汰そうに握っていた。
明日も仕事であるという事実がそうさせたのか、話題の中心は仕事だった。年が比較的近く、気心知れている相手と一緒に働くことは今までになかったらしく、私と一緒に仕事ができるのが楽しみだと言ってくれる。リップサービスだとしてもありがたい言葉で、つい気分よくお酒を飲んでしまった。
「しかもさ、頼んだことを期待以上のクオリティと速さで仕上げてくれるんだから、ありがたいよね……ほかの仕事も全部藤井さんサポートにつけてほしい……」
「そんな、言い過ぎですよ。超平凡なのに、高く評価してくださるのは柚木さんくらいですよ」
「人事評価なんて、上司に好かれたら上がるし、そうじゃなければ普通だし、実際の能力とは違うでしょ……なんて言ったら怒られるだろうけど、少なくとも俺は高く評価してるよ。上から目線な評価になっちゃうけど、本当だから。自己肯定感上げてほしいよ」
明日もあるから、と2時間程度で切り上げてお店を出ることになった。駅までの距離が短く、まだまだ話していたいのに、と寂しさがこみあげてくる。
「あッ」
突然柚木さんに手を引かれた。彼にぶつかりそうなくらい近づいて、ぐっとこらえる。驚いて彼の顔を見上げると、「ちょっと急ぐよ」と囁かれ、手を引かれたまま駅へと向かう。
少し離れたところから後ろを振り返ると、酔っぱらった若者が地面に転がっていた。居酒屋を追い出され、駅まで歩いてきたところで力尽きたようだ。あれがぶつからないように助けてくれたのだと思う。
「柚木さん、ありがとうございます。すみません、周りが見えていなくて」
「ううん、急にふらふらこっちに来て、ぶつかりそうだったから。ごめんね、いきなり触っちゃって……ねえ、もしかして照れてる?」
「それは、まあ、その……」
「そんな顔されると、その、こっちまで照れるんだけど……」
恨めしい気持ちを胸に柚木さんを見上げれば、口元を手で覆って私から視線を逸らす。助けるためとはいえ、勝手に手を握って照れさせて、それに照れるのはなんだか……ずるい。
「ごめん、ちょっと、反応が予想外で……どうしよう、ごめん、こっち見ないで」
「なんですか、もう。私より照れるのやめてくださいよ」
「うん、そうだよね、でも、ちょっとほんと……ダメだ、語彙力がない……、今日は勘弁して」
狼狽える柚木さんを見て私まで照れがぶり返してきた。手を握られるだけで照れる私は幼く見えただろう。年相応の、落ち着いた対応ができなかった自分が悔しい。
「じゃあ、また明日」
「はい、おやすみなさい」
柚木さんは酔い醒ましに歩いて帰ると言って、私を駅まで送ってくれた。一人で改札に入り、後ろを振り返るとこちらを見ていてくれた。軽く手を振り、会釈をしてホームへ向かう。振り返ったら、きっとまだこちらを見ているだろうと思ったが、帰るタイミングを失ってしまいそうで、振り返れなかった。
「柚木さん!お待たせしました!」
「焦らなくてよかったのに。あんまり待ってないよ。お疲れ様。ちょうどいい電車があるから、ちょっと早歩きでもいい?」
柚木さんがいつもより早いペースで歩き出す。それでも私が難なく追いつける速度で、ありがたい。柚木さんの横を歩けるだけで、心が満たされるようだった。
「すみません、もうお店も決めていただいてますよね」
「うん、前に一人で行っておいしかったところ。藤井さんもきっと好きだと思う」
お店は会社の隣駅の駅前で、あっという間に入店できた。お座敷のテーブルに通されると同時に柚木さんが生ビールを2杯注文する。お店選びといい、ビールといい、私の趣味嗜好を覚えてくれているのは幸せなことだ。
「勝手に頼んでごめん。大丈夫だよね」
「最初はビールですもんね、ありがとうございます」
「じゃあ、今日もお疲れ様でしたってことで、乾杯」
柚木さんがスーツの袖をめくり、ネクタイを外す。首のボタンも外して、すっかりオフモードになった。今まで服装を崩すことがなかったから、くるくると丸めてカバンに仕舞われるネクタイにドキドキしてしまう。
「月曜日だからお酒控え目で、ご飯中心がいいよね」
「そうですね、もう週末気分ですが……まだ月曜日ですもんね」
「ごめんね月曜から。藤井さんがサポートについてくれることになって、仕事早く終わりそうだなって思ったら、静かな家に帰って一人で晩飯食べるの嫌になっちゃってさ」
そのタイミングで私に声をかけてくれるんだ、とたった一か月にも満たない間に縮まった距離感に感動する。一人でご飯を食べるのが寂しい気持ちは私もよく理解できるし、土日も柚木さんとご飯が食べたいと思っていた。
「私も、土日に一人でご飯食べるのちょっと寂しい気がしたので、同じですね」
勇気を出してそう伝えてみると、柚木さんは「そう言ってくれて嬉しい」と優しく笑ってくれた。柚木さんは串焼きの盛り合わせと枝豆、卵焼きという鉄板のおつまみを頼み、半分くらいに減ったビールのグラスの持ち手を手持ち無沙汰そうに握っていた。
明日も仕事であるという事実がそうさせたのか、話題の中心は仕事だった。年が比較的近く、気心知れている相手と一緒に働くことは今までになかったらしく、私と一緒に仕事ができるのが楽しみだと言ってくれる。リップサービスだとしてもありがたい言葉で、つい気分よくお酒を飲んでしまった。
「しかもさ、頼んだことを期待以上のクオリティと速さで仕上げてくれるんだから、ありがたいよね……ほかの仕事も全部藤井さんサポートにつけてほしい……」
「そんな、言い過ぎですよ。超平凡なのに、高く評価してくださるのは柚木さんくらいですよ」
「人事評価なんて、上司に好かれたら上がるし、そうじゃなければ普通だし、実際の能力とは違うでしょ……なんて言ったら怒られるだろうけど、少なくとも俺は高く評価してるよ。上から目線な評価になっちゃうけど、本当だから。自己肯定感上げてほしいよ」
明日もあるから、と2時間程度で切り上げてお店を出ることになった。駅までの距離が短く、まだまだ話していたいのに、と寂しさがこみあげてくる。
「あッ」
突然柚木さんに手を引かれた。彼にぶつかりそうなくらい近づいて、ぐっとこらえる。驚いて彼の顔を見上げると、「ちょっと急ぐよ」と囁かれ、手を引かれたまま駅へと向かう。
少し離れたところから後ろを振り返ると、酔っぱらった若者が地面に転がっていた。居酒屋を追い出され、駅まで歩いてきたところで力尽きたようだ。あれがぶつからないように助けてくれたのだと思う。
「柚木さん、ありがとうございます。すみません、周りが見えていなくて」
「ううん、急にふらふらこっちに来て、ぶつかりそうだったから。ごめんね、いきなり触っちゃって……ねえ、もしかして照れてる?」
「それは、まあ、その……」
「そんな顔されると、その、こっちまで照れるんだけど……」
恨めしい気持ちを胸に柚木さんを見上げれば、口元を手で覆って私から視線を逸らす。助けるためとはいえ、勝手に手を握って照れさせて、それに照れるのはなんだか……ずるい。
「ごめん、ちょっと、反応が予想外で……どうしよう、ごめん、こっち見ないで」
「なんですか、もう。私より照れるのやめてくださいよ」
「うん、そうだよね、でも、ちょっとほんと……ダメだ、語彙力がない……、今日は勘弁して」
狼狽える柚木さんを見て私まで照れがぶり返してきた。手を握られるだけで照れる私は幼く見えただろう。年相応の、落ち着いた対応ができなかった自分が悔しい。
「じゃあ、また明日」
「はい、おやすみなさい」
柚木さんは酔い醒ましに歩いて帰ると言って、私を駅まで送ってくれた。一人で改札に入り、後ろを振り返るとこちらを見ていてくれた。軽く手を振り、会釈をしてホームへ向かう。振り返ったら、きっとまだこちらを見ているだろうと思ったが、帰るタイミングを失ってしまいそうで、振り返れなかった。
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