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二回目のサシ飲みとボディタッチ(4)
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お店を出て、楽しく話しながら駅へと向かう。夜風が程よく酔いを醒ましてくれて心地いい。柚木さんが歩く後ろをついていき、途切れることのない彼の話に相槌を入れていた。
「それでさ、――――――で、――――――が、」
「ごめんなさい、もう一回、」
金曜夜の駅前は騒がしく、柚木さんの声が聞き取れない。聞き返したが、こちらの声も届いていないようだ。少し距離を詰めて、柚木さんの横を歩くようにした。
「柚木さん、今の聞き取れませんでした」
「ああ、ごめん。聞き流してくれてもいいのに、律儀だね」
聞き直した話は大した内容ではなかったが、柚木さんが楽しそうに話している姿を見られるのは嬉しかった。時折、誰かとすれ違うタイミングで手が触れ合って、手を繋ぎたいと思っていたことが思い出されてドキリとする。
柚木さんは、手がぶつかっても距離を取ろうとしなかった。道幅が広くなっても、すれ違う人がいなくても、手がぶつかる距離を保って歩いている。足がもつれたフリをしたら、手を握ってくれるだろうかと邪な考えが浮かぶが、そういう計算をする女は嫌いかもしれないと踏みとどまる。
社内恋愛は難しい。何かやらかしてしまって、「がっついてる」とでも噂が出てしまったらと考えると怖くてたまらない。それに、柚木さんに嫌われたり避けられたりするショックの大きさは計り知れない。
柚木さんから手を握ってくれたらいいのに。
「じゃあ、また来週。よい週末を」
「柚木さんも。ありがとうございました」
名残惜しいが、今晩はこれでお別れだ。駅のホームで電車を待つ。同じ路線だが、帰りは別方向。私が乗れる電車の方が先に到着して、車内に乗り込む。
発車のベルが鳴り、ドアが閉まる。柚木さんはまだホームでこちらを見ていた。視線を外すのも失礼で、こちらも見つめ返すと、少し微笑んで手をひらひらと振ってくれる。
(またね)
そう口が動いた気がした。
確認はできない。電車が動き出したので、急いで手を振り返す。
(――――月曜、どんな顔して会社に行こう―――――)
社会人の恋愛って、どう進めるのが定石なのだろう。明らかに脈ありと思っても、言葉より身体の関係が先に来るのか? それとも、3回目のデートで――というテンプレートは今でも有効なのだろうか。
まだワケアリ物件の可能性があるのだから、過去の話を聞いてからでなくては、と頭では理解しているものの、心はとっくに柚木さんを好きになっていた。柚木さんに触れられた足や手の感触を思い出す。温かくて、少しかたくて、もっとしっかりくっつきたい。頭も、直接撫でられてみたい。
『ね、柚木さんの婚約破棄ってどこ情報?』
『出所はしらない! 飲み会で聞いたけど、なんか浮気されたらしいよ。両家顔合わせの後に彼女の浮気がバレて、彼女の親が土下座したらしいって聞いたことある』
同期の女子にメッセージを送ると、尾ひれが付いて誇張されたに違いないと思われる噂の情報が返ってきた。信憑性もないし、やはり本人に聞かないと確かめるのは難しそうだ。
『柚木さんと何かあったの?』
『ううん、この間残業中にちょっと雑談してたんだけど、破談の話が本当だったらプライベートの話題は振りにくいなって、気になったの』
『なるほどね~そういう人と雑談って、話題選ぶの難しそう。残業も雑談も頑張れー』
適当にお茶を濁してアプリを閉じる。柚木さんにお礼の連絡をしようか迷ったが、(またね)で今日のやり取りは完結しているように思われた。夜も遅いし、これ以上連絡を取るのは蛇足だろうか。
そう悩んでいると、誰かからのメッセージを受信したという通知が来た。アプリを開き直すと、柚木さん。
『ごめん、業務連絡。今課長から連絡があって、藤井さんが最近余力ありそうだから柚木のタスクのヘルプで入らせるって。飲み会誘ったばっかりに、仕事に余裕があると思われちゃったね。仕事増やしてごめん。あんまり負担にならないようにするから』
『お疲れ様です。柚木さんと一回がっつり一緒に仕事してみたかったので、大丈夫です! 色々勉強させてください』
普段なら全く嬉しくない追加の仕事の連絡も、柚木さんのサポートなら喜んで引き受ける。優秀な彼の元で働けるのは勉強にもなるし、と意味もなく言い訳をしてみた。
『よかった。まあ、無理せず』
『はーい、よろしくお願いします!』
平日はほとんど話すことのない柚木さんと、仕事上でも接点が持てるのはありがたい。柚木さんへの気持ちや微妙な関係性がほかの人に気づかれないように、気持ちを引き締めなくては。
「それでさ、――――――で、――――――が、」
「ごめんなさい、もう一回、」
金曜夜の駅前は騒がしく、柚木さんの声が聞き取れない。聞き返したが、こちらの声も届いていないようだ。少し距離を詰めて、柚木さんの横を歩くようにした。
「柚木さん、今の聞き取れませんでした」
「ああ、ごめん。聞き流してくれてもいいのに、律儀だね」
聞き直した話は大した内容ではなかったが、柚木さんが楽しそうに話している姿を見られるのは嬉しかった。時折、誰かとすれ違うタイミングで手が触れ合って、手を繋ぎたいと思っていたことが思い出されてドキリとする。
柚木さんは、手がぶつかっても距離を取ろうとしなかった。道幅が広くなっても、すれ違う人がいなくても、手がぶつかる距離を保って歩いている。足がもつれたフリをしたら、手を握ってくれるだろうかと邪な考えが浮かぶが、そういう計算をする女は嫌いかもしれないと踏みとどまる。
社内恋愛は難しい。何かやらかしてしまって、「がっついてる」とでも噂が出てしまったらと考えると怖くてたまらない。それに、柚木さんに嫌われたり避けられたりするショックの大きさは計り知れない。
柚木さんから手を握ってくれたらいいのに。
「じゃあ、また来週。よい週末を」
「柚木さんも。ありがとうございました」
名残惜しいが、今晩はこれでお別れだ。駅のホームで電車を待つ。同じ路線だが、帰りは別方向。私が乗れる電車の方が先に到着して、車内に乗り込む。
発車のベルが鳴り、ドアが閉まる。柚木さんはまだホームでこちらを見ていた。視線を外すのも失礼で、こちらも見つめ返すと、少し微笑んで手をひらひらと振ってくれる。
(またね)
そう口が動いた気がした。
確認はできない。電車が動き出したので、急いで手を振り返す。
(――――月曜、どんな顔して会社に行こう―――――)
社会人の恋愛って、どう進めるのが定石なのだろう。明らかに脈ありと思っても、言葉より身体の関係が先に来るのか? それとも、3回目のデートで――というテンプレートは今でも有効なのだろうか。
まだワケアリ物件の可能性があるのだから、過去の話を聞いてからでなくては、と頭では理解しているものの、心はとっくに柚木さんを好きになっていた。柚木さんに触れられた足や手の感触を思い出す。温かくて、少しかたくて、もっとしっかりくっつきたい。頭も、直接撫でられてみたい。
『ね、柚木さんの婚約破棄ってどこ情報?』
『出所はしらない! 飲み会で聞いたけど、なんか浮気されたらしいよ。両家顔合わせの後に彼女の浮気がバレて、彼女の親が土下座したらしいって聞いたことある』
同期の女子にメッセージを送ると、尾ひれが付いて誇張されたに違いないと思われる噂の情報が返ってきた。信憑性もないし、やはり本人に聞かないと確かめるのは難しそうだ。
『柚木さんと何かあったの?』
『ううん、この間残業中にちょっと雑談してたんだけど、破談の話が本当だったらプライベートの話題は振りにくいなって、気になったの』
『なるほどね~そういう人と雑談って、話題選ぶの難しそう。残業も雑談も頑張れー』
適当にお茶を濁してアプリを閉じる。柚木さんにお礼の連絡をしようか迷ったが、(またね)で今日のやり取りは完結しているように思われた。夜も遅いし、これ以上連絡を取るのは蛇足だろうか。
そう悩んでいると、誰かからのメッセージを受信したという通知が来た。アプリを開き直すと、柚木さん。
『ごめん、業務連絡。今課長から連絡があって、藤井さんが最近余力ありそうだから柚木のタスクのヘルプで入らせるって。飲み会誘ったばっかりに、仕事に余裕があると思われちゃったね。仕事増やしてごめん。あんまり負担にならないようにするから』
『お疲れ様です。柚木さんと一回がっつり一緒に仕事してみたかったので、大丈夫です! 色々勉強させてください』
普段なら全く嬉しくない追加の仕事の連絡も、柚木さんのサポートなら喜んで引き受ける。優秀な彼の元で働けるのは勉強にもなるし、と意味もなく言い訳をしてみた。
『よかった。まあ、無理せず』
『はーい、よろしくお願いします!』
平日はほとんど話すことのない柚木さんと、仕事上でも接点が持てるのはありがたい。柚木さんへの気持ちや微妙な関係性がほかの人に気づかれないように、気持ちを引き締めなくては。
応援ありがとうございます!
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