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二回目のサシ飲みとボディタッチ(3)
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「俺、こういうの初めてで今さらちょっと緊張してきたかも」
「なんか、手慣れてるなあって思いました」
「嘘、それは困る。俺本当にこういうのは初めてだから、割とテンパってる」
こういうのって、どういうの? どうして困るんですか? と聞いたら話が進展するのか、消えてしまうのか、怖くて聞くことができない。元カノの話も聞きにくい。こういうとき、どのような言葉を使えば彼の心を聞きだせるのか思いつかず、気まずい沈黙になるよりは、と話題を変えてしまった。
「柚木さん、ビールぬるくなっちゃいますよ」
「ん、そうだね。俺、自覚より酔ってるみたい。お水もらおうかな」
普段の柚木さんの表情に戻る。それが少し残念でもあり、安心でもある。少し足が触れ合っただけで、もっと触れたい、触れてほしいと思ってしまうほど、たった2回の飲み会で絆されてしまっていた。
グラスを持つ手の甲の骨ばった様子や指の長さに、手を握ったらどうなのかな、と想像してしまうくらい、もっと近づきたかった。
「仕事の話してもいい? 最近さ、あの後輩くんと一緒に仕事することが増えたんだけど、ちょっとうっかりするとミスする癖が再発してるんだよね。褒めて伸ばす作戦で褒めまくってたんだけど、ちょっと調子乗せすぎたかなって思ってて」
「ああ……彼そういうところありますよね。よく言えば素直なんですが。私の方から少し言っておきますよ。順調なときこそ悪い癖が出ないように気を付けようねって、それとなく」
「うん、助かる。ありがとうね。同じタスクしているわけでもないのに巻き込んで申し訳ない。責任感に甘えさせてもらってるね」
「いやいや、教育係ってある程度そういうものでしょう。きっと私もそう育ててもらったんだと思います」
「あれ、藤井さんの教育係って……」
「もう辞めちゃいましたよ。多分柚木さんの同期かな……? 水原さんって、ご存じですか?」
「ああ、彼か。彼も優秀だったよね。優秀過ぎてより高みを目指して転職するって、挨拶のメールをもらった気がする」
どろどろした劣情を冷ますように仕事の話へ戻っていく。けろっといつも通りを装っているが、私は柚木さんのあちこちを見つめてしまう。髪はワックスがなければだいぶ柔らかそう。何か考えながら話すときには少し視線を下に落としがちなところ、一つ一つ「今までは知らなかった柚木さん」を蓄積しては、もっと知りたいと気持ちを募らせる。
「そういえば、水原と藤井さんが付き合ってるって噂、アレって実際のところどうだったの?」
「え? そんな噂あったんですか? ないない、誰かのデマですよ」
「そうなんだ。同期で噂になってたんだよ。誰が言い始めるんだろうね、そういうの。でも割と仲良かったんじゃない?」
水原さんとは本当に何もなくただの先輩後輩で、残業中に雑談をすることはあっても、サシ飲みをしたこともない。柚木さんに前の人を疑われるのは、なんとしても回避したい。カラン、とお冷の氷がグラスにぶつかる音がする。
「うーん、雑談するし、お前また同じミスしてるぞ、みたいにからかわれることはあっても、二人でご飯とかはなかったですね……正直、新人のころは仕事についていくのでいっぱいいっぱいで、水原さんが優秀だったからこそ期待されるレベルが高くて少ししんどかった時期もありますし……背筋が正される気持ちになるような人なので、プライベートで一緒にいたいとか、そういうのはちょっとご遠慮したい感じです……内緒ですよ?」
「はは、オブラートに包み切れてないよ。でもなんか想像できる。アイツ、自分にも他人にも厳しいタイプだもんなぁ……」
「柚木さんも、そっち側のタイプですよね?」
「うーん、どうだろう。露骨に手を抜いた仕事をする人は、ちょっと苦手かな。藤井さんはもう少し手を抜いてもいいんじゃないかなって思うときもあるけど。手を抜くの、下手でしょ?」
図星だった。要領よく何かを仕上げるのは苦手で、必要以上に頑張ってしまうことが多々ある。一緒に仕事をしたことはそう多くないのに、見抜かれていることに少しいたたまれない気持ちになった。
「でも、だからこそ皆の作る資料のチェックを任されるようになったんだろうね。藤井さんにチェックしてもらえば安心って。それってすごいことだし、捨てるには惜しい強みだよね」
「……ありがとうございます」
「いいよ、姿勢正さなくて。俺は背筋が正されるような気持ちにしたいわけじゃないから」
それはさっき水原さんとの関係性を表現した言葉の引用だった。とん、とまたつま先で足の甲を叩かれる。頬に一気に体温が集まって、心臓が高鳴りだす。事故ならば「ごめん」と言うだろうから、これが故意に触れてきたのだろう。対応に窮し、グラスに残ったビアカクテルを流し込んだ。
「デザート食べて、終わりにしようか」
気が付けば、机上のお皿もグラスも全て空になっていた。店員さんを呼び、デザートにアイスを頼むと、ラストオーダーの時間だと告げられた。
「今日も遅くなっちゃってごめんね。実家だっけ? 心配かけていないかな」
「一人暮らしですよ。大丈夫です。終電もありますし。柚木さんは?」
「俺もずっと一人暮らし。最近さみしくて猫とか飼いたい気持ちになってきたところ」
「でも、残業中に家で待たせておくのかわいそうですよね」
「そう、そうなんだよね。踏ん切りがつかなくて」
柚木さんはしきりに頷いていた。一人は寂しいが、同じ気持ちを猫に感じてほしくないという優しさのある人が、どうして婚約者と破談になってしまったのだろう。不思議でたまらない。
「次回はこのお店どう? 個室なくて、2人だと多分カウンターになるんだけど落ち着かないかな? ビアカクテルの種類が多いところ」
「カウンターも好きですよ。お料理作っているところを眺めるの、楽しくて。お料理もおいしそう……いいですね、ぜひ行きたいです」
「じゃあ、ここで。来週にする? 忙しければ再来週かな?」
「どちらでも大丈夫です。さっきの話ではないですが、予定があると程よく手を抜けることに気が付いて……以前より早く仕事が終わるようになったんです」
「それはよかった。誘ってみてよかった。じゃあ、せっかくだし来週で」
また一週間、仕事頑張れそう。柚木さんの言葉はアイスより甘く聞こえた。
「なんか、手慣れてるなあって思いました」
「嘘、それは困る。俺本当にこういうのは初めてだから、割とテンパってる」
こういうのって、どういうの? どうして困るんですか? と聞いたら話が進展するのか、消えてしまうのか、怖くて聞くことができない。元カノの話も聞きにくい。こういうとき、どのような言葉を使えば彼の心を聞きだせるのか思いつかず、気まずい沈黙になるよりは、と話題を変えてしまった。
「柚木さん、ビールぬるくなっちゃいますよ」
「ん、そうだね。俺、自覚より酔ってるみたい。お水もらおうかな」
普段の柚木さんの表情に戻る。それが少し残念でもあり、安心でもある。少し足が触れ合っただけで、もっと触れたい、触れてほしいと思ってしまうほど、たった2回の飲み会で絆されてしまっていた。
グラスを持つ手の甲の骨ばった様子や指の長さに、手を握ったらどうなのかな、と想像してしまうくらい、もっと近づきたかった。
「仕事の話してもいい? 最近さ、あの後輩くんと一緒に仕事することが増えたんだけど、ちょっとうっかりするとミスする癖が再発してるんだよね。褒めて伸ばす作戦で褒めまくってたんだけど、ちょっと調子乗せすぎたかなって思ってて」
「ああ……彼そういうところありますよね。よく言えば素直なんですが。私の方から少し言っておきますよ。順調なときこそ悪い癖が出ないように気を付けようねって、それとなく」
「うん、助かる。ありがとうね。同じタスクしているわけでもないのに巻き込んで申し訳ない。責任感に甘えさせてもらってるね」
「いやいや、教育係ってある程度そういうものでしょう。きっと私もそう育ててもらったんだと思います」
「あれ、藤井さんの教育係って……」
「もう辞めちゃいましたよ。多分柚木さんの同期かな……? 水原さんって、ご存じですか?」
「ああ、彼か。彼も優秀だったよね。優秀過ぎてより高みを目指して転職するって、挨拶のメールをもらった気がする」
どろどろした劣情を冷ますように仕事の話へ戻っていく。けろっといつも通りを装っているが、私は柚木さんのあちこちを見つめてしまう。髪はワックスがなければだいぶ柔らかそう。何か考えながら話すときには少し視線を下に落としがちなところ、一つ一つ「今までは知らなかった柚木さん」を蓄積しては、もっと知りたいと気持ちを募らせる。
「そういえば、水原と藤井さんが付き合ってるって噂、アレって実際のところどうだったの?」
「え? そんな噂あったんですか? ないない、誰かのデマですよ」
「そうなんだ。同期で噂になってたんだよ。誰が言い始めるんだろうね、そういうの。でも割と仲良かったんじゃない?」
水原さんとは本当に何もなくただの先輩後輩で、残業中に雑談をすることはあっても、サシ飲みをしたこともない。柚木さんに前の人を疑われるのは、なんとしても回避したい。カラン、とお冷の氷がグラスにぶつかる音がする。
「うーん、雑談するし、お前また同じミスしてるぞ、みたいにからかわれることはあっても、二人でご飯とかはなかったですね……正直、新人のころは仕事についていくのでいっぱいいっぱいで、水原さんが優秀だったからこそ期待されるレベルが高くて少ししんどかった時期もありますし……背筋が正される気持ちになるような人なので、プライベートで一緒にいたいとか、そういうのはちょっとご遠慮したい感じです……内緒ですよ?」
「はは、オブラートに包み切れてないよ。でもなんか想像できる。アイツ、自分にも他人にも厳しいタイプだもんなぁ……」
「柚木さんも、そっち側のタイプですよね?」
「うーん、どうだろう。露骨に手を抜いた仕事をする人は、ちょっと苦手かな。藤井さんはもう少し手を抜いてもいいんじゃないかなって思うときもあるけど。手を抜くの、下手でしょ?」
図星だった。要領よく何かを仕上げるのは苦手で、必要以上に頑張ってしまうことが多々ある。一緒に仕事をしたことはそう多くないのに、見抜かれていることに少しいたたまれない気持ちになった。
「でも、だからこそ皆の作る資料のチェックを任されるようになったんだろうね。藤井さんにチェックしてもらえば安心って。それってすごいことだし、捨てるには惜しい強みだよね」
「……ありがとうございます」
「いいよ、姿勢正さなくて。俺は背筋が正されるような気持ちにしたいわけじゃないから」
それはさっき水原さんとの関係性を表現した言葉の引用だった。とん、とまたつま先で足の甲を叩かれる。頬に一気に体温が集まって、心臓が高鳴りだす。事故ならば「ごめん」と言うだろうから、これが故意に触れてきたのだろう。対応に窮し、グラスに残ったビアカクテルを流し込んだ。
「デザート食べて、終わりにしようか」
気が付けば、机上のお皿もグラスも全て空になっていた。店員さんを呼び、デザートにアイスを頼むと、ラストオーダーの時間だと告げられた。
「今日も遅くなっちゃってごめんね。実家だっけ? 心配かけていないかな」
「一人暮らしですよ。大丈夫です。終電もありますし。柚木さんは?」
「俺もずっと一人暮らし。最近さみしくて猫とか飼いたい気持ちになってきたところ」
「でも、残業中に家で待たせておくのかわいそうですよね」
「そう、そうなんだよね。踏ん切りがつかなくて」
柚木さんはしきりに頷いていた。一人は寂しいが、同じ気持ちを猫に感じてほしくないという優しさのある人が、どうして婚約者と破談になってしまったのだろう。不思議でたまらない。
「次回はこのお店どう? 個室なくて、2人だと多分カウンターになるんだけど落ち着かないかな? ビアカクテルの種類が多いところ」
「カウンターも好きですよ。お料理作っているところを眺めるの、楽しくて。お料理もおいしそう……いいですね、ぜひ行きたいです」
「じゃあ、ここで。来週にする? 忙しければ再来週かな?」
「どちらでも大丈夫です。さっきの話ではないですが、予定があると程よく手を抜けることに気が付いて……以前より早く仕事が終わるようになったんです」
「それはよかった。誘ってみてよかった。じゃあ、せっかくだし来週で」
また一週間、仕事頑張れそう。柚木さんの言葉はアイスより甘く聞こえた。
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