2 / 41
初めてのサシ飲み(2)
しおりを挟む
『今日だけど、定時いけるよね?』
社内のチャットツールに連絡があったのは昼休み。当然、今日の仕事は週末のうちに片づけておいた。平日早くに帰るために休日出勤するなんて本末転倒だが、柚木さんとの約束を反故にするわけにはいかない。
『これだけを楽しみに仕事していたので、もちろん大丈夫です』
『それはよかった(笑) ご期待に応えられるお店だと思うよ』
あの日から、二人ともが遅くまで残業していることは多々あったが、そういう時に限ってほかの誰かも残っていて、二人でご飯を買いに行ったり雑談したりしながら作業できるタイミングはなかった。
全くノーマークであった先輩を、たった数時間話しただけで少し好きになりかけている自分に戸惑い、実のところは楽しみが半分と不安が半分といったところだ。
「お疲れ。定時退社、えらい」
「定時退社するだけで褒めていただけるの、なんか甘やかされてません?」
「いやいや、定時退社がどれほど難しいか、一番よくわかってるの藤井さんでしょ」
優しい言葉に、耳がふわっと熱くなる。胸が高鳴って、柚木さんの顔を見上げることができない。
「今日、金曜だし少し遅くなっても大丈夫? コースで予約しちゃったんだけど、金曜でお店が混んでいたらお料理出てくるペース遅くなるかも」
「全然問題ないです。きっとそれでも普段より早く帰れます」
「それ、普段の生活が全然大丈夫じゃないよ」
会話のテンポが心地よい。電車で4駅ほど離れた繁華街の静かな裏道を柚木さんは迷わず進んでいく。がやがやとうるさい道を通らなくて済むようにしてくれているのだろうか。時折振り返って私がついてきているかどうか確認してくれるのも、なんだかこそばゆい。
「お待たせしておりました。ご予約の柚木様ですね。個室をご用意しておりますのでこちらへどうぞ」
案内されたお店は接待にも使えそうな素敵な内装で、隣の個室の声が聞こえてこないほどしっかりしたつくりだった。こんなお店のコースなんて、おいくらなのだろうかとやや緊張が強まる。
「お酒、飲むでしょ? 最初は生?」
「あ、生で。仕事終わりは生スタートがテンション上がります」
「いいね、最高。お酒結構飲むの?」
「強くないけど、味は好きってタイプです」
「なるほどね、じゃあ同じ金額なら飲み放題よりも、いいお酒をちょっとだけの方が好き?」
「そうですね。絶対に後者です」
「次回の参考になったよ」
あ、次回があるんだ。思わず口に出そうになったのをこらえる。口に出してしまったらなかった話になってしまいそうで。
「はい、お疲れ様」
「お疲れ様でした~!」
生ビールとお通しで出てきたごま豆腐ときんぴらごぼうが最高に合う。
「生き返るね~」
「ほんとうに。丁寧に作られたお料理を時間かけていただくのって本当に幸せ……」
お刺身のお造り、柚子の香るサラダ、ふぐのしゃぶしゃぶ、どれも本当においしいってのに、食レポ力がなく「おいしい」としか言えない私に柚木さんが突然笑いだす。
「おいしい以外、言えないの? なんか、そんなにおいしいって言うなら、もっと早く連れてきてあげればよかった」
「語彙力なくてごめんなさい……本当においしくて、こんなに幸せな気持ち久しぶり……」
「それはよかった。幸せなのは、めっちゃ伝わってるから大丈夫だよ」
柚木さんは喉の奥でくっくっと笑い、グラスに残っていたビールをあおった。
「まだ飲まれます?」
「うん、日本酒行こうかな。熱燗で。追加で何かおつまみ……希望、ある?」
「じゃあ、エイヒレいいですか……?」
「好みがおっさんなんだよなぁ。俺的にはナイスな選択だけど」
おっさんと言われ少し俯くと、「ごめん」とまた笑われる。
「いい趣味してるねって言いたかったの。拗ねない拗ねない。おいしいもの食べに来たんだから、遠慮せず食べたいもの食べな」
社内のチャットツールに連絡があったのは昼休み。当然、今日の仕事は週末のうちに片づけておいた。平日早くに帰るために休日出勤するなんて本末転倒だが、柚木さんとの約束を反故にするわけにはいかない。
『これだけを楽しみに仕事していたので、もちろん大丈夫です』
『それはよかった(笑) ご期待に応えられるお店だと思うよ』
あの日から、二人ともが遅くまで残業していることは多々あったが、そういう時に限ってほかの誰かも残っていて、二人でご飯を買いに行ったり雑談したりしながら作業できるタイミングはなかった。
全くノーマークであった先輩を、たった数時間話しただけで少し好きになりかけている自分に戸惑い、実のところは楽しみが半分と不安が半分といったところだ。
「お疲れ。定時退社、えらい」
「定時退社するだけで褒めていただけるの、なんか甘やかされてません?」
「いやいや、定時退社がどれほど難しいか、一番よくわかってるの藤井さんでしょ」
優しい言葉に、耳がふわっと熱くなる。胸が高鳴って、柚木さんの顔を見上げることができない。
「今日、金曜だし少し遅くなっても大丈夫? コースで予約しちゃったんだけど、金曜でお店が混んでいたらお料理出てくるペース遅くなるかも」
「全然問題ないです。きっとそれでも普段より早く帰れます」
「それ、普段の生活が全然大丈夫じゃないよ」
会話のテンポが心地よい。電車で4駅ほど離れた繁華街の静かな裏道を柚木さんは迷わず進んでいく。がやがやとうるさい道を通らなくて済むようにしてくれているのだろうか。時折振り返って私がついてきているかどうか確認してくれるのも、なんだかこそばゆい。
「お待たせしておりました。ご予約の柚木様ですね。個室をご用意しておりますのでこちらへどうぞ」
案内されたお店は接待にも使えそうな素敵な内装で、隣の個室の声が聞こえてこないほどしっかりしたつくりだった。こんなお店のコースなんて、おいくらなのだろうかとやや緊張が強まる。
「お酒、飲むでしょ? 最初は生?」
「あ、生で。仕事終わりは生スタートがテンション上がります」
「いいね、最高。お酒結構飲むの?」
「強くないけど、味は好きってタイプです」
「なるほどね、じゃあ同じ金額なら飲み放題よりも、いいお酒をちょっとだけの方が好き?」
「そうですね。絶対に後者です」
「次回の参考になったよ」
あ、次回があるんだ。思わず口に出そうになったのをこらえる。口に出してしまったらなかった話になってしまいそうで。
「はい、お疲れ様」
「お疲れ様でした~!」
生ビールとお通しで出てきたごま豆腐ときんぴらごぼうが最高に合う。
「生き返るね~」
「ほんとうに。丁寧に作られたお料理を時間かけていただくのって本当に幸せ……」
お刺身のお造り、柚子の香るサラダ、ふぐのしゃぶしゃぶ、どれも本当においしいってのに、食レポ力がなく「おいしい」としか言えない私に柚木さんが突然笑いだす。
「おいしい以外、言えないの? なんか、そんなにおいしいって言うなら、もっと早く連れてきてあげればよかった」
「語彙力なくてごめんなさい……本当においしくて、こんなに幸せな気持ち久しぶり……」
「それはよかった。幸せなのは、めっちゃ伝わってるから大丈夫だよ」
柚木さんは喉の奥でくっくっと笑い、グラスに残っていたビールをあおった。
「まだ飲まれます?」
「うん、日本酒行こうかな。熱燗で。追加で何かおつまみ……希望、ある?」
「じゃあ、エイヒレいいですか……?」
「好みがおっさんなんだよなぁ。俺的にはナイスな選択だけど」
おっさんと言われ少し俯くと、「ごめん」とまた笑われる。
「いい趣味してるねって言いたかったの。拗ねない拗ねない。おいしいもの食べに来たんだから、遠慮せず食べたいもの食べな」
2
お気に入りに追加
603
あなたにおすすめの小説
【R18】十六歳の誕生日、許嫁のハイスペお兄さんを私から解放します。
どん丸
恋愛
菖蒲(あやめ)にはイケメンで優しくて、将来を確約されている年上のかっこいい許嫁がいる。一方菖蒲は特別なことは何もないごく普通の高校生。許嫁に恋をしてしまった菖蒲は、許嫁の為に、十六歳の誕生日に彼を自分から解放することを決める。
婚約破棄ならぬ許嫁解消。
外面爽やか内面激重お兄さんのヤンデレっぷりを知らないヒロインが地雷原の上をタップダンスする話です。
※成人男性が未成年女性を無理矢理手込めにします。
R18はマーク付きのみ。
【R18】男嫌いと噂の美人秘書はエリート副社長に一夜から始まる恋に落とされる。
夏琳トウ(明石唯加)
恋愛
真田(さなだ)ホールディングスで専務秘書を務めている香坂 杏珠(こうさか あんじゅ)は凛とした美人で26歳。社内外問わずモテるものの、男に冷たく当たることから『男性嫌いではないか』と噂されている。
しかし、実際は違う。杏珠は自分の理想を妥協することが出来ず、結果的に彼氏いない歴=年齢を貫いている、いわば拗らせ女なのだ。
そんな杏珠はある日社長から副社長として本社に来てもらう甥っ子の専属秘書になってほしいと打診された。
渋々といった風に了承した杏珠。
そして、出逢った男性――丞(たすく)は、まさかまさかで杏珠の好みぴったりの『筋肉男子』だった。
挙句、気が付いたら二人でベッドにいて……。
しかも、過去についてしまった『とある嘘』が原因で、杏珠は危機に陥る。
後継者と名高いエリート副社長×凛とした美人秘書(拗らせ女)の身体から始まる現代ラブ。
▼掲載先→エブリスタ、ベリーズカフェ、アルファポリス(性描写多め版)
極上の一夜で懐妊したらエリートパイロットの溺愛新婚生活がはじまりました
白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
恋愛
早瀬 果歩はごく普通のOL。
あるとき、元カレに酷く振られて、1人でハワイへ傷心旅行をすることに。
そこで逢見 翔というパイロットと知り合った。
翔は果歩に素敵な時間をくれて、やがて2人は一夜を過ごす。
しかし翌朝、翔は果歩の前から消えてしまって……。
**********
●早瀬 果歩(はやせ かほ)
25歳、OL
元カレに酷く振られた傷心旅行先のハワイで、翔と運命的に出会う。
●逢見 翔(おうみ しょう)
28歳、パイロット
世界を飛び回るエリートパイロット。
ハワイへのフライト後、果歩と出会い、一夜を過ごすがその後、消えてしまう。
翌朝いなくなってしまったことには、なにか理由があるようで……?
●航(わたる)
1歳半
果歩と翔の息子。飛行機が好き。
※表記年齢は初登場です
**********
webコンテンツ大賞【恋愛小説大賞】にエントリー中です!
完結しました!
【R18】ドS上司とヤンデレイケメンに毎晩種付けされた結果、泥沼三角関係に堕ちました。
雪村 里帆
恋愛
お陰様でHOT女性向けランキング31位、人気ランキング132位の記録達成※雪村里帆、性欲旺盛なアラサーOL。ブラック企業から転職した先の会社でドS歳下上司の宮野孝司と出会い、彼の事を考えながら毎晩自慰に耽る。ある日、中学時代に里帆に告白してきた同級生のイケメン・桜庭亮が里帆の部署に異動してきて…⁉︎ドキドキハラハラ淫猥不埒な雪村里帆のめまぐるしい二重恋愛生活が始まる…!優柔不断でドMな里帆は、ドS上司とヤンデレイケメンのどちらを選ぶのか…⁉︎
——もしも恋愛ドラマの濡れ場シーンがカット無しで放映されたら?という妄想も込めて執筆しました。長編です。
※連載当時のものです。
性欲の強すぎるヤクザに捕まった話
古亜
恋愛
中堅企業の普通のOL、沢木梢(さわきこずえ)はある日突然現れたチンピラ3人に、兄貴と呼ばれる人物のもとへ拉致されてしまう。
どうやら商売女と間違えられたらしく、人違いだと主張するも、兄貴とか呼ばれた男は聞く耳を持たない。
「美味しいピザをすぐデリバリーできるのに、わざわざコンビニのピザ風の惣菜パンを食べる人います?」
「たまには惣菜パンも悪くねぇ」
……嘘でしょ。
2019/11/4 33話+2話で本編完結
2021/1/15 書籍出版されました
2021/1/22 続き頑張ります
半分くらいR18な話なので予告はしません。
強引な描写含むので苦手な方はブラウザバックしてください。だいたいタイトル通りな感じなので、少しでも思ってたのと違う、地雷と思ったら即回れ右でお願いします。
誤字脱字、文章わかりにくい等の指摘は有り難く受け取り修正しますが、思った通りじゃない生理的に無理といった内容については自衛に留め批判否定はご遠慮ください。泣きます。
当然の事ながら、この話はフィクションです。
【完結】お義父様と義弟の溺愛が凄すぎる件
百合蝶
恋愛
お母様の再婚でロバーニ・サクチュアリ伯爵の義娘になったアリサ(8歳)。
そこには2歳年下のアレク(6歳)がいた。
いつもツンツンしていて、愛想が悪いが(実話・・・アリサをーーー。)
それに引き替え、ロバーニ義父様はとても、いや異常にアリサに構いたがる!
いいんだけど触りすぎ。
お母様も呆れからの憎しみも・・・
溺愛義父様とツンツンアレクに愛されるアリサ。
デビュタントからアリサを気になる、アイザック殿下が現れーーーーー。
アリサはの気持ちは・・・。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる