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初めてのサシ飲み(2)

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『今日だけど、定時いけるよね?』

 社内のチャットツールに連絡があったのは昼休み。当然、今日の仕事は週末のうちに片づけておいた。平日早くに帰るために休日出勤するなんて本末転倒だが、柚木さんとの約束を反故にするわけにはいかない。

『これだけを楽しみに仕事していたので、もちろん大丈夫です』
『それはよかった(笑) ご期待に応えられるお店だと思うよ』

 あの日から、二人ともが遅くまで残業していることは多々あったが、そういう時に限ってほかの誰かも残っていて、二人でご飯を買いに行ったり雑談したりしながら作業できるタイミングはなかった。
全くノーマークであった先輩を、たった数時間話しただけで少し好きになりかけている自分に戸惑い、実のところは楽しみが半分と不安が半分といったところだ。

「お疲れ。定時退社、えらい」
「定時退社するだけで褒めていただけるの、なんか甘やかされてません?」
「いやいや、定時退社がどれほど難しいか、一番よくわかってるの藤井さんでしょ」

 優しい言葉に、耳がふわっと熱くなる。胸が高鳴って、柚木さんの顔を見上げることができない。

「今日、金曜だし少し遅くなっても大丈夫? コースで予約しちゃったんだけど、金曜でお店が混んでいたらお料理出てくるペース遅くなるかも」
「全然問題ないです。きっとそれでも普段より早く帰れます」
「それ、普段の生活が全然大丈夫じゃないよ」

 会話のテンポが心地よい。電車で4駅ほど離れた繁華街の静かな裏道を柚木さんは迷わず進んでいく。がやがやとうるさい道を通らなくて済むようにしてくれているのだろうか。時折振り返って私がついてきているかどうか確認してくれるのも、なんだかこそばゆい。

「お待たせしておりました。ご予約の柚木様ですね。個室をご用意しておりますのでこちらへどうぞ」

 案内されたお店は接待にも使えそうな素敵な内装で、隣の個室の声が聞こえてこないほどしっかりしたつくりだった。こんなお店のコースなんて、おいくらなのだろうかとやや緊張が強まる。

「お酒、飲むでしょ? 最初は生?」
「あ、生で。仕事終わりは生スタートがテンション上がります」
「いいね、最高。お酒結構飲むの?」
「強くないけど、味は好きってタイプです」
「なるほどね、じゃあ同じ金額なら飲み放題よりも、いいお酒をちょっとだけの方が好き?」
「そうですね。絶対に後者です」
「次回の参考になったよ」

 あ、次回があるんだ。思わず口に出そうになったのをこらえる。口に出してしまったらなかった話になってしまいそうで。

「はい、お疲れ様」
「お疲れ様でした~!」

 生ビールとお通しで出てきたごま豆腐ときんぴらごぼうが最高に合う。

「生き返るね~」
「ほんとうに。丁寧に作られたお料理を時間かけていただくのって本当に幸せ……」

 お刺身のお造り、柚子の香るサラダ、ふぐのしゃぶしゃぶ、どれも本当においしいってのに、食レポ力がなく「おいしい」としか言えない私に柚木さんが突然笑いだす。

「おいしい以外、言えないの? なんか、そんなにおいしいって言うなら、もっと早く連れてきてあげればよかった」
「語彙力なくてごめんなさい……本当においしくて、こんなに幸せな気持ち久しぶり……」
「それはよかった。幸せなのは、めっちゃ伝わってるから大丈夫だよ」

 柚木さんは喉の奥でくっくっと笑い、グラスに残っていたビールをあおった。

「まだ飲まれます?」
「うん、日本酒行こうかな。熱燗で。追加で何かおつまみ……希望、ある?」
「じゃあ、エイヒレいいですか……?」
「好みがおっさんなんだよなぁ。俺的にはナイスな選択だけど」

 おっさんと言われ少し俯くと、「ごめん」とまた笑われる。

「いい趣味してるねって言いたかったの。拗ねない拗ねない。おいしいもの食べに来たんだから、遠慮せず食べたいもの食べな」

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