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2章

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 黒のオーバーサイズのコクーンセーター、キャメルのロングスカート。髪も久しぶりにセットした。

 翼が女子大生をイメージして考えたファッションである。普段着はパンツスタイルが多いので、スカートは仕事以来に履いた。

 可愛くおめかしして出かけるような相手がいないので、スカートを持っていない。久しぶりに街へ出て買ってきたばかりのものだ。

「若返りの魔法って本当に便利ね。若さにこだわったことはないけどちょっと嬉しいな」

「悪魔が本気出せばこんなの朝飯前さ。大学生ならそのままの君でも大丈夫だと思ったんだけど」

 今日の彼はもちろんいつものスーツではない。白いTシャツにくすみカラーのシャツ、細身の黒いパンツ。

「20代前後の学生が多いじゃない。私アラサーなんだけど」

「一概にそうとは言えないね。留年してるのだっているし」

 話が逸れてしまったが、二人は例の大学に潜入しに来た。

 今回、アヤトは別行動だ。珍しく彼に作戦があるらしく”彼氏を見つけたら連絡してねー”と言い残し、人ごみに消えた。

 翼は一人で歩き、大振りのトートバッグの持ち手を握りしめた。

 夕方の大学はサークル活動にいそしんだり先生の元へ訪れたりと、先日行った高校とあまり風景が変わらない。行き交う学生たちに紛れ、翼は画像の学生を探し始めた。

 正直、こうして潜入して対象を探し出すのは骨が折れる。人数が多ければ多いほど。しかも今回は今まで潜入した中で一番人の多い場所だ。

(人が集まってるところにいるかしら……)

 SNSのを見たところ、美紅の彼氏はよく人と連れ立って行動しているようだった。

 彼は周りに同級生がたくさんいるのに、なぜ彼女に高校生を選んだのだろう。……正確には彼女の一人か。

「あっ、いたいた」

「へっ!?」

 聞きなれない声は他の人に向けたものだろう────と無視して歩き続けていたら、不意に腕をつかまれた。

「もうっ探したんだよ。サークル始まってるから来て来て」

「へぇっ!? 人違いだって!」

の言ってた特徴と一致してるから君しかいないよ、マネージャー候補さん」

 その名前に翼は目を見開いた。ただの同名の違う人かもしれないけど……と迷いながらも賭けることにした。

『彼氏、なんていうの?』

『陸人です。陸の人と書いて陸人』

「ちょ……ちょっと……人違いですよぉ~……困るな~……」

「マネージャーが辞めたばかりだから助かるよ~」

 翼に声をかけた男子学生は人の話を聞かないタイプらしい。というか声が耳に入って来ないようだ。

 彼はフットサルサークルの部長だと名乗り、三年生の陸人とは長い付き合いだと話した。聞けば出身高校が同じで、高校時代はサッカーに励んでいたらしい。

「おーう。連れてきたぜ~」

 たどり着いたのは、グランドの周りに集まる部活棟のような建物。

 部長はある部屋の引き戸を勢い良く開けた。翼が彼の背中越しに部屋の中をのぞくと、十人程度の男子学生が軽装で準備体操をしたりスマホをいじっていた。

 その中には目当ての学生────陸人もいた。翼と彼の目が合うと、彼は部長に向かって苦笑いした。

「部長……そのコじゃない」

「え? お前、身長高めの可愛いコって言ってたじゃん。約束の場所でスマホ持ってうろうろしてたからてっきりこのコかと」

「また話聞かずにここまで連れて来ちゃったんだろ。ごめんな、ウチの部長早とちりなんだよ」

「あ、いえ……」

 座り込んでいた陸人は翼の元に歩み寄った。

 実際に目の前にした彼は背が高く、優しい笑みを浮かべている。着ている服も髪型も、今時の大学生という感じだ。

 やっと話の通じる相手の登場に翼はつい、安堵した表情を浮かべてしまった。





「あーその高校知ってる。中学からの同級生がいっぱいいたんだよな」

「そうなんだ……」

 なんだろうこの状況。

 翼は陸人に連れられ、大学構内のカフェに来ていた。

 向かい合って座る二人の前にはそれぞれ、カフェラテが入ったペーパーカップが置かれている。

 翼は陸人に出身高校を聞かれ、この前潜入した高校名を適当に答えておいた。彼はその後も質問を続け、翼のことを甘く見つめていた。

「あのー……サークルに戻らなくて大丈夫なの?」

「いいんだ。たまには可愛い女の子と過ごして補充したい」

「そんなこと言って、彼女いるじゃ────いそうなのになー……」

「えーいないよ? 絶賛募集中だし」

 こ、こいつ……。翼ははりつけた笑みを崩さないように耐えた。頬の筋肉が引きつってくる。

 彼女が何人もいながら、こうもあっさりと嘘を吐き出すのか。先程の気遣いにもしかしたら根はいい人かもしれないと、少しでも見直そうとした自分を殴りたい。

 もう彼に会うことはないだろうし、何回もここに通うのはリスクがある。この一回の訪問で全て決めてしまいたい。翼は背筋を伸ばした。

「同じ大学の人のSNSを見るのが趣味なんだけど、あなたのも知ってるの」

「そうなんだ。嬉しいなぁ。君のも教えてよ。今度は大学の外で会わない?」

 伊佐見の時とは違ってなぜか怪しまれなかった。むしろ認知されていることに喜んでいるようだ。

 自分大好き、誰よりもイケてる、周りに知られていて当たり前。そして女の子をつまみ食いする。実際に会ってみた陸人はやはりと言うか、無責任で何も考えてない女好き大学生だった。

「あなたには女の子のツレがたくさんいるでしょう」

「ん。よく知ってるね」

 彼女のストレートな物言いに臆するどころか笑みを絶やさない陸人は、カフェラテのカップを傾けた。

「それがどうかした? 俺は君とこんな話をするためにここに連れてきたんじゃないんだけどな」

「警告しに来たの。今すぐその浮気癖を正しなさい」

「おっと、怖い顔……。自分は女の子の味方だって言いたいの?」

「私は純粋な恋だったら男女関係なく応援するわ」

 もうおどおどした話し方はしない。翼はいつもの口調に戻っていき、この男にどうにか痛い目に遭わせられないだろうか……と頭の隅で考え始めた。

────わざわざ自分が罰を与えようなんて思わなくていいのよ。罪は巡り巡って本人の元に返ってくるの。せいぜい心の中で悪態をつくだけにしておきなさい。

 腹が立った相手の愚痴を垂れた時、祖母に言われた言葉だ。次会った時はただじゃおかない、あのムカつく顔に一発お見舞いしてやりたいと拳を握っていたらそう諭された。

 無意識に眉根を寄せていたらしい。陸人が翼の額を人差し指でつついた。

「そんな怖い顔してないで俺とデートしない? 気分転換すればどうでもよくなるよ」

 額をつついた後、流れるような手つきで翼の髪にふれた。わずかに爪が頬にふれ、背筋が震える。

 翼は陸人の手を振り払い勢いよく立ち上がった。

「誰がデートなんかするか。そろそろ自分の愚かさを知った方がいいわよ」

「君、変わってるね。俺の誘いを断った女の子なんて初めてだよ」

「あらそう。今までどれだけのコに声をかけてきたのやら……」

「そんなの覚えてるわけ────」

「「「り~く~と~……」」」

「うわあぁ!?」

 陸人が怯えた表情で椅子から転げ落ちた。翼の背中越しに恐ろしいものでも見つけたのか。

 翼が振り向くとカフェの入口には、女子大生たちが肩を怒らせて仁王立ちしていた。ざっと二十人以上はいるだろうか。彼女たちは皆一様に眉をつり上げていた。

 翼とは違う本物の女子大生たちだ。その後ろでは同居人がにこやかに、スマホを握った手を振っていた。

(うわっ。超楽しそう……)

 今から始まるであろう修羅場を想像しているのか、アヤトはニヤニヤと笑みを浮かべていた。同時に翼に向かって手招きをしている。

 ちらっと陸人のことを見ると、彼は床で怯えて青ざめていた。翼のことは眼中にないようだ。

 改めて目の前の彼女に目を向けると、今にも飛び掛かってきそうな勢いがある。拳を握ったり歯を食いしばったり。

 これは巻き込まれる前に逃げた方がいい。周りにいた客は、自分の飲み物を持って店内の隅に避難していた。中には興味津々でスマホを構えている学生もいる。まるでアヤトの仲間だ。
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