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7章

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 岸田こと岸田朔弥はクラスメイトであり次期生徒会長である智の、中学の先輩だと名乗った。

「桜木さんって言うんだね。あの時はありがとう」

「いえ。そんなわざわざこんなところで言われることじゃ…」

 高城駅近くのカフェで夜叉は他校の、しかも一つ上の男子高校生と向かいあって座っていた。2人の前にはそれぞれ紅茶とケーキのセット。夜叉は緊張してどちらにも手をつけられずにいた。

(トシちゃんもこういうことなら先に言ってよね…。慣れてないんだから…)

 打ち解けてもやはり口数の少ないというか足りない男だ。生徒会選挙で彼に一票を入れたことを後悔しそうだ。

(覚えとけよ…日奈子ちゃんに言いつけてやる…)

 智の恋人である日奈子の顔を思い浮かべたが、よく考えたら彼女は智の隣で楽しそうに微笑んでいた。恋人なんだしこのことは知っていそうだ。当然、彼女も岸田の後輩だし。

「どうかした?」

「いっ、いえ。なんでもありません」

「あ、敬語じゃなくていいよ。それにそんなに硬くならないで。俺…君と仲良くなりたくて」

「え…え?」

 そんなことを男子に言われるのは初めてだ。間抜けな返事をしてしまったが、彼が言ったことを心の中で反芻しているうちに段々と意味が分かってきて夜叉は目をそらしたうつむいた。

(なっ、仲良くなりたい? それってどういう意味で??)

 夜叉がますます緊張して心の壁を厚くしたと思ったのか、岸田は頬をかいて微笑んだ。

「急にごめん…。でも俺、君に一目惚れしたみたいなんだ。いずれ付き合えたらなって思ってる」

「えぇ…!」

 店内だから大声を上げるな。かろうじて夜叉の理性が彼女の喉を押さえ込み、椅子から飛び上がるような悲鳴を上げずに済んだ。

 初めての告白だろうか。あまりにもあっさりと言われてしまったような気もするけど。しかも一目惚れしたなんてさらっと口にできるなんて、もしかしてこういうことに慣れているのだろうか。

 夜叉はおそるおそる顔を上げて岸田の顔をまじまじと見つめた。短い黒髪に優しい色合いと輪郭の杏色の瞳、くっきりとした鼻筋や薄い唇。どっからどう見てもモテるタイプだ。おまけに話し方や声も優しい。そんな優しい声の一人称が"俺"なのもギャップがあってポイントが高い。

 朝来と反対のタイプかな、とふと思った。

(なんで今朝来のこと…)

 付き合ってもないのにキスをしたり抱きしめあった人。2人の関係について問われることがあってもお互いに確かめ合ったことはない。

「もしかして彼氏がいる? 桜木さん、綺麗だし…」

「綺麗とか、そんな…。彼氏ってよりは…う~ん…」

「好きな人がいるの?」

 つい声に出してしまったらしい。なんて説明したらいいのか。ていうか朝来を断る理由にしてしまえばいいのでは。夜叉は"あの"と口を開きかけたが岸田の方が先だった。彼は机に頬杖をつくと目を細めた。

「もしまだ好きなだけなら俺にチャンスあるかな」

「え…えっと…」

 見た目に反してグイグイとくる岸田のペースに持っていかれそうだ。その表情にもやられそうだった。

 しかし同じ顔をする人を夜叉は知ってる。

────あなたの心の内を知りたい。自分も近い内にこの心の迷いに決着をつけるから。

「相手が好きとか、相手が私のことをどう思ってるのかもわからないんです」

 夜叉は曖昧な微笑みを浮かべると寂しそうに眉を下げた。不意に魅せられた同年代の女子とは違う憂いの表情に、岸田は胸をぎゅっと掴まれたような気がした。ますます彼女が欲しくなってしまう。

「でもそろそろちゃんとしなきゃいけないかなって、今日思いました」

「きょ…今日?」

「はい」

 夜叉の至って真面目な表情に岸田はズッコケそうになる。なんだか適当な理由で断られそうだ。

「それはなんでかな…一応聞くけど」

「告白してる人を見たらなんだか」

「自分が告白されてるのに俺のこと観察してたの…」

 先ほどまで美少女だと思っていたのに今は謎めいてどこか抜けている女子高生にしか見えなくなってきた。見た目がいいのは相変わらずだが。

 これはフラれるかな…。一世一代の告白だったんだけどな。岸田は前髪を押さえて首を振った。

「これはめちゃくちゃお節介で俺にとって得でしかないんだけど、しばらく試しに付き合ってみない?」

「試しとかそんな失礼なことはできませんよ…」

「練習だよ、君の。気持ちをはっきりさせたいんだろ? なら別の男と一緒にいて自分の気持ちを確かめてみない?」

 確かにずっと膠着状態ではあったと思う。それに言葉だけでも彼と付き合ってみて、相手の反応を見てみたい気もした。



 そこから始まった不思議な関係は数週間ほど続き、夜叉の周りの人たちをヤキモキさせることになった。岸田とのことを話さなかったのは説明が面倒だから。

 なんだか悪いことをしてる気がして後ろめたい時もあったが、岸田と共に過ごすのも悪くなかった。しかし心のどこかで今一緒にいるのが朝来だったら、とか家族や友だちともここに来てみたいと考えていた。
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