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2章
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毘沙門天と阿修羅にめちゃくちゃ謝って戻るとその足で高城に帰り、神七がバイトをしているファミレスに訪れた。
夜叉が滞在時間を延ばしたがファミレスに入ると日曜日にしては空いていた。同級生の神七曰く、休日にお昼を食べに来る客が入るにはまだ早い時間らしい。
「やーちゃんもあーちゃんも来てくれてありがとう! シュンさんもお久しぶりです!」
「こんにちは、神七ちゃん。今日はよろしくね」
3人の席にお冷を運んできた神七は笑顔で頷くと、お盆を胸の前に抱えて戻っていった。その後ろ姿を追うと戻ってきた神七のことを何人かの同い年の女子たちが一斉に囲んだ。皆一様に頬を染め、興奮気味に早口で話しかけている。
夜叉はお冷に口をつけながらこっそりと前に座る男の顔を盗み見た。
おそらく店員の女子たちの話題の中心人物は彼だ。涼しい顔をして女子たちの視線など気づいていない、と言うように彼はメニューブックを手に取って夜叉と阿修羅の前に置いた。
「やー様は何を召し上がりますか」
「ん~今日はどうしよう。この前はオムライスと豚丼を食べたんだっけ…」
「え。夜叉ちゃん2つも食べたの?」
「まぁ、そんな感じです。正確には朝来と一緒に分けてたんです────うっ」
夜叉は隣からの熱烈な視線もとい殺意に近い嫉妬の視線に気づいてメニューブックで遮った。その様子から察したのか毘沙門天がクスッと笑って阿修羅の額をつついた。
厨房の方から悲鳴に近い黄色い声が聞こえてきたが今度は夜叉も聞こえなかったことにした。今の阿修羅のひと睨みで蛇に睨まれた蛙の気持ちが分かった気がする。
阿修羅は夜叉とは反対側を向いてむくれている。耳の下で結んだツインテールは彼の怒りの度合いを示しているのか毛先が炎のようにメラメラと揺れていた。そんな彼を仕方なさそうに毘沙門天は頭をポンポンと叩いた。
「お前ってヤツは。夜叉ちゃんが怖がってるだろー」
「────はっ。すみませんでした…」
「血のコントロールはできても感情は無理か? なんならまた美百合と修行してきてもいいんだぞ」
「それは断固拒否します」
「そう遠慮するなよー。美百合はお前のこと気に入ってるみたいだしさ」
「自分はあやつとは必要以上に関わりたくありません」
「美百合なら私が会いたいです!」
苦い顔をしている阿修羅とは反対に夜叉は顔を輝かせている。歌姫のファンで今はお互いの近況を教え合って仲良くしている。芸能活動が忙しい彼女には気軽に会いたいとは言えないのが寂しいところだ。
「いつかは私の友だちと集まって美百合も一緒に遊びたいんです」
「ははっ。美百合が聞いたら喜ぶよ。生きている年数は違っても心は永遠の17歳だよたぶん」
「はえ~。でも彦瀬たちになんて説明しような…。親戚?」
「いいんじゃない。同じ一族だから間違ってないし」
その“いつか”を夢見て夜叉は改めてメニューブックを広げて阿修羅との間に置いた。これ美味しそう~とか言いながらめくるが、朝来と食べた物が載っているページは素早く飛ばして素知らぬ顔をした。
各々食べたいものが決まるとテーブルのボタンを押して神七を呼んだ。彼女が言うにはここは高校から離れているがよく生徒と思しき少年少女が来るそうだ。同じクラスになったことがある人なら神七が積極的にその席へ行って注文を取ったり料理を運ぶ。バイト中に見慣れた顔の人と話すのはちょっとした休憩になるのだとか。
そして今日もこうして夜叉達の席に来て注文を取ったのだが、彼女は厨房の方をチラッと見て毘沙門天のことを心配そうに見た。
「やっぱりスミレさんは今もアメリカですか…?」
「うん。急に向こうに呼ばれてからずっと忙しいみたいでね。こっちが連絡しても全然返してくれないよ」
「そうですか…。私たちもずっとスミレさんのことを気にしてるんです。かっこよくて綺麗なスミレさんは私たちの憧れです」
「ありがと、本人が聞いたら喜ぶよ」
神七にお礼を言いながら微笑む毘沙門天の姿に胸が痛んだ。
夜叉の家からこのファミレスは遠くて今までほとんど来たことがなかったのだが、ここでスミレもとい鬼子母神はバイトとして働いていた。FBIでの仕事を終えて日本に戻ってきて小遣い稼ぎ兼体がなまらないように、と。彼女はとにかくなんでもできた。キッチンもホールでの仕事も正社員並みに。迷惑客の撃退も持ち前の勇敢さで立ち向かった。
今まで過酷な環境で働いていた彼女にとってここは平和で若い高校生や大学生たちとのんびり働ける楽しい場所だ、とよく恋人に話して笑っていた。神七とは特に夜叉と阿修羅と距離が近いので2人の噂をして楽しんでいたという。
今の生活に満足していたはずの彼女は毘沙門天の前からだけでなく、新しい職場からも忽然と姿を消してしまった。鬼子母神がここで働き始めてから客としてよく訪れていた毘沙門天は菓子折りを持って謝罪に来た。
(言えるわけないもんね…)
毘沙門天の優しい嘘だ。本当は鬼子母神がどこにいるかなんて分からないのに。しかし人間にそれを話すわけにもいかない。夜叉はこれ以上彼の顔を見ることができず俯いた。
夜叉が滞在時間を延ばしたがファミレスに入ると日曜日にしては空いていた。同級生の神七曰く、休日にお昼を食べに来る客が入るにはまだ早い時間らしい。
「やーちゃんもあーちゃんも来てくれてありがとう! シュンさんもお久しぶりです!」
「こんにちは、神七ちゃん。今日はよろしくね」
3人の席にお冷を運んできた神七は笑顔で頷くと、お盆を胸の前に抱えて戻っていった。その後ろ姿を追うと戻ってきた神七のことを何人かの同い年の女子たちが一斉に囲んだ。皆一様に頬を染め、興奮気味に早口で話しかけている。
夜叉はお冷に口をつけながらこっそりと前に座る男の顔を盗み見た。
おそらく店員の女子たちの話題の中心人物は彼だ。涼しい顔をして女子たちの視線など気づいていない、と言うように彼はメニューブックを手に取って夜叉と阿修羅の前に置いた。
「やー様は何を召し上がりますか」
「ん~今日はどうしよう。この前はオムライスと豚丼を食べたんだっけ…」
「え。夜叉ちゃん2つも食べたの?」
「まぁ、そんな感じです。正確には朝来と一緒に分けてたんです────うっ」
夜叉は隣からの熱烈な視線もとい殺意に近い嫉妬の視線に気づいてメニューブックで遮った。その様子から察したのか毘沙門天がクスッと笑って阿修羅の額をつついた。
厨房の方から悲鳴に近い黄色い声が聞こえてきたが今度は夜叉も聞こえなかったことにした。今の阿修羅のひと睨みで蛇に睨まれた蛙の気持ちが分かった気がする。
阿修羅は夜叉とは反対側を向いてむくれている。耳の下で結んだツインテールは彼の怒りの度合いを示しているのか毛先が炎のようにメラメラと揺れていた。そんな彼を仕方なさそうに毘沙門天は頭をポンポンと叩いた。
「お前ってヤツは。夜叉ちゃんが怖がってるだろー」
「────はっ。すみませんでした…」
「血のコントロールはできても感情は無理か? なんならまた美百合と修行してきてもいいんだぞ」
「それは断固拒否します」
「そう遠慮するなよー。美百合はお前のこと気に入ってるみたいだしさ」
「自分はあやつとは必要以上に関わりたくありません」
「美百合なら私が会いたいです!」
苦い顔をしている阿修羅とは反対に夜叉は顔を輝かせている。歌姫のファンで今はお互いの近況を教え合って仲良くしている。芸能活動が忙しい彼女には気軽に会いたいとは言えないのが寂しいところだ。
「いつかは私の友だちと集まって美百合も一緒に遊びたいんです」
「ははっ。美百合が聞いたら喜ぶよ。生きている年数は違っても心は永遠の17歳だよたぶん」
「はえ~。でも彦瀬たちになんて説明しような…。親戚?」
「いいんじゃない。同じ一族だから間違ってないし」
その“いつか”を夢見て夜叉は改めてメニューブックを広げて阿修羅との間に置いた。これ美味しそう~とか言いながらめくるが、朝来と食べた物が載っているページは素早く飛ばして素知らぬ顔をした。
各々食べたいものが決まるとテーブルのボタンを押して神七を呼んだ。彼女が言うにはここは高校から離れているがよく生徒と思しき少年少女が来るそうだ。同じクラスになったことがある人なら神七が積極的にその席へ行って注文を取ったり料理を運ぶ。バイト中に見慣れた顔の人と話すのはちょっとした休憩になるのだとか。
そして今日もこうして夜叉達の席に来て注文を取ったのだが、彼女は厨房の方をチラッと見て毘沙門天のことを心配そうに見た。
「やっぱりスミレさんは今もアメリカですか…?」
「うん。急に向こうに呼ばれてからずっと忙しいみたいでね。こっちが連絡しても全然返してくれないよ」
「そうですか…。私たちもずっとスミレさんのことを気にしてるんです。かっこよくて綺麗なスミレさんは私たちの憧れです」
「ありがと、本人が聞いたら喜ぶよ」
神七にお礼を言いながら微笑む毘沙門天の姿に胸が痛んだ。
夜叉の家からこのファミレスは遠くて今までほとんど来たことがなかったのだが、ここでスミレもとい鬼子母神はバイトとして働いていた。FBIでの仕事を終えて日本に戻ってきて小遣い稼ぎ兼体がなまらないように、と。彼女はとにかくなんでもできた。キッチンもホールでの仕事も正社員並みに。迷惑客の撃退も持ち前の勇敢さで立ち向かった。
今まで過酷な環境で働いていた彼女にとってここは平和で若い高校生や大学生たちとのんびり働ける楽しい場所だ、とよく恋人に話して笑っていた。神七とは特に夜叉と阿修羅と距離が近いので2人の噂をして楽しんでいたという。
今の生活に満足していたはずの彼女は毘沙門天の前からだけでなく、新しい職場からも忽然と姿を消してしまった。鬼子母神がここで働き始めてから客としてよく訪れていた毘沙門天は菓子折りを持って謝罪に来た。
(言えるわけないもんね…)
毘沙門天の優しい嘘だ。本当は鬼子母神がどこにいるかなんて分からないのに。しかし人間にそれを話すわけにもいかない。夜叉はこれ以上彼の顔を見ることができず俯いた。
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