上 下
8 / 31
2章

しおりを挟む
 毘沙門天と阿修羅にめちゃくちゃ謝って戻るとその足で高城に帰り、神七かんながバイトをしているファミレスに訪れた。

 夜叉が滞在時間を延ばしたがファミレスに入ると日曜日にしては空いていた。同級生の神七曰く、休日にお昼を食べに来る客が入るにはまだ早い時間らしい。

「やーちゃんもあーちゃんも来てくれてありがとう! シュンさんもお久しぶりです!」

「こんにちは、神七ちゃん。今日はよろしくね」

 3人の席にお冷を運んできた神七は笑顔で頷くと、お盆を胸の前に抱えて戻っていった。その後ろ姿を追うと戻ってきた神七のことを何人かの同い年の女子たちが一斉に囲んだ。皆一様に頬を染め、興奮気味に早口で話しかけている。

 夜叉はお冷に口をつけながらこっそりと前に座る男の顔を盗み見た。

 おそらく店員の女子たちの話題の中心人物は彼だ。涼しい顔をして女子たちの視線など気づいていない、と言うように彼はメニューブックを手に取って夜叉と阿修羅の前に置いた。

「やー様は何を召し上がりますか」

「ん~今日はどうしよう。この前はオムライスと豚丼を食べたんだっけ…」

「え。夜叉ちゃん2つも食べたの?」

「まぁ、そんな感じです。正確には朝来と一緒に分けてたんです────うっ」

 夜叉は隣からの熱烈な視線もとい殺意に近い嫉妬の視線に気づいてメニューブックで遮った。その様子から察したのか毘沙門天がクスッと笑って阿修羅の額をつついた。

 厨房の方から悲鳴に近い黄色い声が聞こえてきたが今度は夜叉も聞こえなかったことにした。今の阿修羅のひと睨みで蛇に睨まれた蛙の気持ちが分かった気がする。

 阿修羅は夜叉とは反対側を向いてむくれている。耳の下で結んだツインテールは彼の怒りの度合いを示しているのか毛先が炎のようにメラメラと揺れていた。そんな彼を仕方なさそうに毘沙門天は頭をポンポンと叩いた。

「お前ってヤツは。夜叉ちゃんが怖がってるだろー」

「────はっ。すみませんでした…」

「血のコントロールはできても感情は無理か? なんならまた美百合みゆりと修行してきてもいいんだぞ」

「それは断固拒否します」

「そう遠慮するなよー。美百合はお前のこと気に入ってるみたいだしさ」

「自分はあやつとは必要以上に関わりたくありません」

「美百合なら私が会いたいです!」

 苦い顔をしている阿修羅とは反対に夜叉は顔を輝かせている。歌姫のファンで今はお互いの近況を教え合って仲良くしている。芸能活動が忙しい彼女には気軽に会いたいとは言えないのが寂しいところだ。

「いつかは私の友だちと集まって美百合も一緒に遊びたいんです」

「ははっ。美百合が聞いたら喜ぶよ。生きている年数は違っても心は永遠の17歳だよたぶん」

「はえ~。でも彦瀬ひこせたちになんて説明しような…。親戚?」

「いいんじゃない。同じ一族だから間違ってないし」

 その“いつか”を夢見て夜叉は改めてメニューブックを広げて阿修羅との間に置いた。これ美味しそう~とか言いながらめくるが、朝来と食べた物が載っているページは素早く飛ばして素知らぬ顔をした。

 各々食べたいものが決まるとテーブルのボタンを押して神七を呼んだ。彼女が言うにはここは高校から離れているがよく生徒と思しき少年少女が来るそうだ。同じクラスになったことがある人なら神七が積極的にその席へ行って注文を取ったり料理を運ぶ。バイト中に見慣れた顔の人と話すのはちょっとした休憩になるのだとか。

 そして今日もこうして夜叉達の席に来て注文を取ったのだが、彼女は厨房の方をチラッと見て毘沙門天のことを心配そうに見た。

「やっぱりスミレさんは今もアメリカですか…?」

「うん。急に向こうに呼ばれてからずっと忙しいみたいでね。こっちが連絡しても全然返してくれないよ」

「そうですか…。私たちもずっとスミレさんのことを気にしてるんです。かっこよくて綺麗なスミレさんは私たちの憧れです」

「ありがと、本人が聞いたら喜ぶよ」

 神七にお礼を言いながら微笑む毘沙門天の姿に胸が痛んだ。

 夜叉の家からこのファミレスは遠くて今までほとんど来たことがなかったのだが、ここでスミレもとい鬼子母神はバイトとして働いていた。FBIでの仕事を終えて日本に戻ってきて小遣い稼ぎ兼体がなまらないように、と。彼女はとにかくなんでもできた。キッチンもホールでの仕事も正社員並みに。迷惑客の撃退も持ち前の勇敢さで立ち向かった。

 今まで過酷な環境で働いていた彼女にとってここは平和で若い高校生や大学生たちとのんびり働ける楽しい場所だ、とよく恋人に話して笑っていた。神七とは特に夜叉と阿修羅と距離が近いので2人の噂をして楽しんでいたという。

 今の生活に満足していたはずの彼女は毘沙門天の前からだけでなく、新しい職場からも忽然と姿を消してしまった。鬼子母神がここで働き始めてから客としてよく訪れていた毘沙門天は菓子折りを持って謝罪に来た。

(言えるわけないもんね…)

 毘沙門天の優しい嘘だ。本当は鬼子母神がどこにいるかなんて分からないのに。しかし人間にそれを話すわけにもいかない。夜叉はこれ以上彼の顔を見ることができず俯いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

伝える前に振られてしまった私の恋

メカ喜楽直人
恋愛
母に連れられて行った王妃様とのお茶会の席を、ひとり抜け出したアーリーンは、幼馴染みと友人たちが歓談する場に出くわす。 そこで、ひとりの令息が婚約をしたのだと話し出した。

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

逃した番は他国に嫁ぐ

基本二度寝
恋愛
「番が現れたら、婚約を解消してほしい」 婚約者との茶会。 和やかな会話が落ち着いた所で、改まって座を正した王太子ヴェロージオは婚約者の公爵令嬢グリシアにそう願った。 獣人の血が交じるこの国で、番というものの存在の大きさは誰しも理解している。 だから、グリシアも頷いた。 「はい。わかりました。お互いどちらかが番と出会えたら円満に婚約解消をしましょう!」 グリシアに答えに満足したはずなのだが、ヴェロージオの心に沸き上がる感情。 こちらの希望を受け入れられたはずのに…、何故か、もやっとした気持ちになった。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

忘れられた妻

毛蟹葵葉
恋愛
結婚初夜、チネロは夫になったセインに抱かれることはなかった。 セインは彼女に積もり積もった怒りをぶつけた。 「浅ましいお前の母のわがままで、私は愛する者を伴侶にできなかった。それを止めなかったお前は罪人だ。顔を見るだけで吐き気がする」 セインは婚約者だった時とは別人のような冷たい目で、チネロを睨みつけて吐き捨てた。 「3年間、白い結婚が認められたらお前を自由にしてやる。私の妻になったのだから飢えない程度には生活の面倒は見てやるが、それ以上は求めるな」 セインはそれだけ言い残してチネロの前からいなくなった。 そして、チネロは、誰もいない別邸へと連れて行かれた。 三人称の練習で書いています。違和感があるかもしれません

処理中です...