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4章
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「ただいま────おうっ!?」
クラスマッチの練習を終えて帰ってきた焔は、台所に立つ麓の姿に目を見開いた。
「ここに…和服少女がいる!」
「おかえりなさいませ焔様。麓様の普段着にさっそく驚かれました?」
「そりゃ驚くわ! しかも普段着?」
「はい。山にいる時はいつもこうでした」
振り向いた麓は空色の小袖に紅梅色の袴。萌黄色の髪はポニーテールにしている。
「へえぇ~。おしゃれだな…」
「ありがとうございます」
「焔様。凪様は? もうすぐ夕食ですが」
「新11年生をしごいてるよ。"戦力外なんていらねェ、全員使えるようにするからな!"って」
焔は凪の真似をして言った。似ているわけではないが、鬼コーチとなった凪の姿が思い浮かぶ。
「そうですか。でしたら帰りは遅いでしょうね」
「あぁ。毎年恒例だな。じゃ、俺は着替えてくるよ」
「あ! ちょっと待って下さい!」
「ん? どうした麓」
焔を呼び止め、慌てて布巾で手を拭いた麓は、5限目の恩人の話をした。彼の特徴を話していくにつれ、焔の顔は苦笑いが濃くなっていく。
「────というわけなんですが、その方をご存知ですか?」
「うん、知ってるけどさ。このことを凪さんには話さないって約束してくれるか?」
「…? はい。焔さんがそうおっしゃるなら」
素直にうなずいた麓に、焔は「いいコ」と褒めて話し始めた。心なしか小声で。
「その人、彰っていうんだ。富橋市の街の精霊で、人間に最も近いらしい。理事長が言ってた」
「彰さん…」
「ついでに言うと、今450歳だ」
「凪さんと歳が近いんですね」
「と、同時にもう一人の生ける伝説」
生ける伝説とは長く留年している凪のことを指している。その彼に負けず劣らず留年しているのが────彰であった。
「…で。彰さんのことは凪さんにだけは! 言わないでおいてな。2人は因縁の仲で、100年くらい前までは顔を合わせるたびに殺し合い並のケンカをしてたらしいぜ」
凪ならなんとなく分かるが、落ち着いた雰囲気を持った彰のそんな姿は全く思いつかない。
「わかりました、言いません。教えて下さってありがとうございました」
「おう。それにしても彰さんが女子に話しかけるなんて珍しいや」
「そうなんですか?」
「あの人が女子に話しかけないのは有名な話なんだよ。女好きっぽい顔に見えるんだけどな~」
その日の晩、入浴を済ませた麓は廊下に出た。
ドアに"凪"と無愛想な筆文字のプレートがかけられた部屋の前。
控えめにノックをすると低い声が返ってきて、ドアを開けると着流しで宿題をしている凪の姿があった。
「珍しいじゃねェか。おめーが来るなんて」
「実はお話が」
「ちょっと待ってろ。キリのいい所までやるから。その辺に座っとけ」
「失礼します」
麓は青い絨毯の上でおとなしく正座をして待機。
シャーペンをサラサラと動かしている凪はしばらくしてから手を止め、麓の近くに腰を下ろした。
「で。何の用?」
「えっと…私のクラスに立花さんっていうオレンジ髪の女子がいるんですが、その人が凪さんに自分のことを知って頂きたいそうです」
麓はごく普通に言われた通りに話しただけだが、凪は盛大にため息をついて頭を振った。
「それ…いいようにパシられてんじゃねェか?」
「パシ…?」
「使いっ走りちゅーこと。いい意味じゃないわな」
「それは嫌ですね」
「今かよ。今度からは無視してやれ。そういう女とは極力関わらないようにした方がいいかもな。そんなことを頼む女にいいヤツはいないぞ」
「わかりました。気を付けます」
「それでよし。他に厄介なヤツに絡まれてねェだろうな?」
凪は警戒するように目を細めた。だが、麓が光以外に交流した3人の精霊のことを話すと、目つきがおだやかなものに変わった。
移動教室で校内をさまよった話で危うく彰のことを話しそうになったが、焔の忠告を思い出して事実をねじ曲げた。
「偶然通りかかった先生に教えて頂いたんですよ~…」
「ふーん。遅れなくて良かったな」
迷子の話に凪は笑った。
彰のことを話したら、この笑顔はどうなるのか────きっと鬼の形相に変わるんだろう、となんとなく予想がついた。
クラスマッチの練習を終えて帰ってきた焔は、台所に立つ麓の姿に目を見開いた。
「ここに…和服少女がいる!」
「おかえりなさいませ焔様。麓様の普段着にさっそく驚かれました?」
「そりゃ驚くわ! しかも普段着?」
「はい。山にいる時はいつもこうでした」
振り向いた麓は空色の小袖に紅梅色の袴。萌黄色の髪はポニーテールにしている。
「へえぇ~。おしゃれだな…」
「ありがとうございます」
「焔様。凪様は? もうすぐ夕食ですが」
「新11年生をしごいてるよ。"戦力外なんていらねェ、全員使えるようにするからな!"って」
焔は凪の真似をして言った。似ているわけではないが、鬼コーチとなった凪の姿が思い浮かぶ。
「そうですか。でしたら帰りは遅いでしょうね」
「あぁ。毎年恒例だな。じゃ、俺は着替えてくるよ」
「あ! ちょっと待って下さい!」
「ん? どうした麓」
焔を呼び止め、慌てて布巾で手を拭いた麓は、5限目の恩人の話をした。彼の特徴を話していくにつれ、焔の顔は苦笑いが濃くなっていく。
「────というわけなんですが、その方をご存知ですか?」
「うん、知ってるけどさ。このことを凪さんには話さないって約束してくれるか?」
「…? はい。焔さんがそうおっしゃるなら」
素直にうなずいた麓に、焔は「いいコ」と褒めて話し始めた。心なしか小声で。
「その人、彰っていうんだ。富橋市の街の精霊で、人間に最も近いらしい。理事長が言ってた」
「彰さん…」
「ついでに言うと、今450歳だ」
「凪さんと歳が近いんですね」
「と、同時にもう一人の生ける伝説」
生ける伝説とは長く留年している凪のことを指している。その彼に負けず劣らず留年しているのが────彰であった。
「…で。彰さんのことは凪さんにだけは! 言わないでおいてな。2人は因縁の仲で、100年くらい前までは顔を合わせるたびに殺し合い並のケンカをしてたらしいぜ」
凪ならなんとなく分かるが、落ち着いた雰囲気を持った彰のそんな姿は全く思いつかない。
「わかりました、言いません。教えて下さってありがとうございました」
「おう。それにしても彰さんが女子に話しかけるなんて珍しいや」
「そうなんですか?」
「あの人が女子に話しかけないのは有名な話なんだよ。女好きっぽい顔に見えるんだけどな~」
その日の晩、入浴を済ませた麓は廊下に出た。
ドアに"凪"と無愛想な筆文字のプレートがかけられた部屋の前。
控えめにノックをすると低い声が返ってきて、ドアを開けると着流しで宿題をしている凪の姿があった。
「珍しいじゃねェか。おめーが来るなんて」
「実はお話が」
「ちょっと待ってろ。キリのいい所までやるから。その辺に座っとけ」
「失礼します」
麓は青い絨毯の上でおとなしく正座をして待機。
シャーペンをサラサラと動かしている凪はしばらくしてから手を止め、麓の近くに腰を下ろした。
「で。何の用?」
「えっと…私のクラスに立花さんっていうオレンジ髪の女子がいるんですが、その人が凪さんに自分のことを知って頂きたいそうです」
麓はごく普通に言われた通りに話しただけだが、凪は盛大にため息をついて頭を振った。
「それ…いいようにパシられてんじゃねェか?」
「パシ…?」
「使いっ走りちゅーこと。いい意味じゃないわな」
「それは嫌ですね」
「今かよ。今度からは無視してやれ。そういう女とは極力関わらないようにした方がいいかもな。そんなことを頼む女にいいヤツはいないぞ」
「わかりました。気を付けます」
「それでよし。他に厄介なヤツに絡まれてねェだろうな?」
凪は警戒するように目を細めた。だが、麓が光以外に交流した3人の精霊のことを話すと、目つきがおだやかなものに変わった。
移動教室で校内をさまよった話で危うく彰のことを話しそうになったが、焔の忠告を思い出して事実をねじ曲げた。
「偶然通りかかった先生に教えて頂いたんですよ~…」
「ふーん。遅れなくて良かったな」
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