10 / 23
2章
5
しおりを挟む
光と手をつないだまま、寮長に何も言えずに麓は寮を出た。
身長はほとんど同じなのに、光の手は思いのほか大きくて力強い。麓のほっそりとした手なんて簡単に握りつぶされそうだ。
初めてふれた男の手にちょっとだけドキドキして、顔がほのかに火照った。
玄関を出た先には凪、扇、霞が待っていた。扇と霞はさっきと同じスーツ姿だが、凪だけは着替えていた。深い青の着流し。胸元がはだけていて色気がある。
「その着流し、私服ですか?」
「ん…あぁ。これが1番楽だからな。今時のチャラついた服なんざ着れるかっつーの」
「このメンドくさがり屋が! もっと流行を気にしやがれ」
「そのクセして着流しの評判いいよね、女子に。”きゃっセクシー!”なんて」
横から扇と霞が口を挟むと凪は頭をかいた。
「悪ィなこいつらウザくて。どんだけ文句言ってもいいから」
「いえ…そんなことないです」
「もうっホントにいい子! お兄さんたちがここの全てを説明してあげるからね!」
「調子にノんな扇」
凪はため息をつき、麓に近づこうとした扇のジャケットの襟をつかんで阻止した。でもって霞にも同様のことをする。
「なんだい凪。私にまで」
「おめーの行動は読めてんだよ」
「バレたか…」
「ほらみろ。行くぞ、おめーら。バカ2人は置いて」
凪はわずかに麓の方へ振り返り、校舎に向かって歩き始めた。
「あれが東校舎。1年生から3年生の校舎だよ。4月からロクにゃんが通う所」
「大きいんですね」
「そっ。3階建てだからね。ロクにゃんのツリーハウスには負けるけどね」
6人は寮からすぐ近くにある東校舎を見上げていた。
4月からここに通う…と思うと緊張がこみあげてくる。
どんな精霊がいるんだろう、というのが気になった。今まで精霊に会ったことがなかったから。きっと出会う精霊ひとりひとりが違うんだろう。風紀委員の面々がそうだから。
「凪はここで100年近く留年してたよな…俺と霞はとっくに11年生だったけど…!」
「おいテメー、笑いこらえながら話してんじゃねェバカヤロー。シバかれたいならそうしてやるぞ」
凪が扇にメンチを切りながら指の骨をバキボキと鳴らした。焔は慌てて止めに入り、霞は失笑で肩を震わせていた。
「卒業できるかな…」
今にも暴走しそうな凪を見ていると自分の将来が心配になり、麓の口からこぼれていた。
「大丈夫だよ君なら。見たところしっかりしているからね。それに凪みたいな生徒は滅多にいないよ。最高でも200年、早ければ100年で卒業できるからね」
頭上から霞のやさしい声が降ってきて少し安心した。”滅多に”という言葉のおかげで。
「もしかしているんですか? 留年が長い方」
そう聞くと、霞は苦笑しつつかがんで麓の耳元でささやいた。
「…いるよ、この学園にもう1人。凪より厄介かもしれないな」
本館には特別教室が集まっている。ここだけ4階建てで、学園の敷地内で1番高い建物だ。今はその最上階、四階に訪れている。
「花巻山よりは余裕で低いだろ」
「そうですね…花巻山からだと市街地が見えますよ」
1階と3階にPC室がひとつずつあり、学年によって使う教室が分けられているらしい。気をつけないと別の学年の中へ入ってしまい、恥ずかしいことになる。光が一度、そうなったことがあるそうだ。
「ここからだと学園の大体のものが見えるよ。あれが女子寮、男子寮。んで教師寮」
扇が西側を向いて3つの建物を指差す。2階建てが男子寮で平屋が女子寮、1番小さいのが教師寮。全員が言うには、女子寮に1歩でも入ると男子寮が狭苦しく感じるんだとか。反対に女子寮は華やかで居心地がいいらしい。
「大勢で暮らしてるんですね」
麓は少しうらやましいと思った。
夜にはおしゃべりをして消灯時間を破ったり、別の部屋の友達を呼んだりするのかもしれない。
そんな経験をしたことがないから、男子寮の狭苦しさなんて気にしなかった。
狭いほうが必ず誰かと一緒に居られるような安心感がある気がする。
「他の寮に行く時はそこの寮長に許可をもらわないといけないからね~生徒は。教師はスルーだよ」
「…それをいいことに女子寮にちょいちょい遊びに行くバカヤローもいるけど」
凪が半眼で霞と扇のことを見ていた。その目にはわずかな軽蔑の色が見える。
霞と扇は無言で顔を見合わせ、拳で軽く自分の額を小突いた。
「「てへっ」」
「かわいくねェんだよ、通報されろ」
凪はため息をついて2人の女好きさに呆れた。この2人は昔から遊び人チックな所がある。
「あ。そーだおい。こっち来い」
凪に軽く目配せされて麓は音楽室の中へ入った。
打楽器や弦楽器がたくさん置いてある。オーケストラがテーマの本の挿絵で見たことがあったものばかり。楽譜を置くための譜面台もいくつかある。
窓からは、橙色に染まる空が見える。それと────
「あれ」
凪が指差した先にそれはあった。ついさっきまでいたのに、もう懐かしいと思えてしまう場所。
「花巻山────ここから見えるんですね」
麓は故郷を見上げ、無性に切ない気持ちに襲われた。夕暮れのさいかもしれない。
「…俺の知る限り、自分が生まれた場所がすぐ近くにあるのはおめーぐらいだ」
全ての精霊は何かの化身だ。元いた場所は古今東西、バラバラだろう。
「凪さんは海ですよね?どこにあるんですか?」
「ずっと向こう。西の方にある」
「海…かぁ」
「山の精霊は海を見たことないのか?」
「写真でしかありません」
凪はふーん、とつぶやいて窓を開け、そこに腰かけた。
「見知らぬ場所より、自分のいた場所を見ている方がいいと思うぜ。自分を安心させてくれるだろ。一番の幸せモンかもな、おめーさんは」
わずかに口の端を上げた凪の顔を見たら、心の奥が痛んだ。
────ぶっきらぼうに優しい言葉をくれたこの人に、自分は偽りの姿で接している。
入りこんできた風が、凪と麓の髪を揺らした。春なのに夕方の風が少しだけ冷たく感じた。
身長はほとんど同じなのに、光の手は思いのほか大きくて力強い。麓のほっそりとした手なんて簡単に握りつぶされそうだ。
初めてふれた男の手にちょっとだけドキドキして、顔がほのかに火照った。
玄関を出た先には凪、扇、霞が待っていた。扇と霞はさっきと同じスーツ姿だが、凪だけは着替えていた。深い青の着流し。胸元がはだけていて色気がある。
「その着流し、私服ですか?」
「ん…あぁ。これが1番楽だからな。今時のチャラついた服なんざ着れるかっつーの」
「このメンドくさがり屋が! もっと流行を気にしやがれ」
「そのクセして着流しの評判いいよね、女子に。”きゃっセクシー!”なんて」
横から扇と霞が口を挟むと凪は頭をかいた。
「悪ィなこいつらウザくて。どんだけ文句言ってもいいから」
「いえ…そんなことないです」
「もうっホントにいい子! お兄さんたちがここの全てを説明してあげるからね!」
「調子にノんな扇」
凪はため息をつき、麓に近づこうとした扇のジャケットの襟をつかんで阻止した。でもって霞にも同様のことをする。
「なんだい凪。私にまで」
「おめーの行動は読めてんだよ」
「バレたか…」
「ほらみろ。行くぞ、おめーら。バカ2人は置いて」
凪はわずかに麓の方へ振り返り、校舎に向かって歩き始めた。
「あれが東校舎。1年生から3年生の校舎だよ。4月からロクにゃんが通う所」
「大きいんですね」
「そっ。3階建てだからね。ロクにゃんのツリーハウスには負けるけどね」
6人は寮からすぐ近くにある東校舎を見上げていた。
4月からここに通う…と思うと緊張がこみあげてくる。
どんな精霊がいるんだろう、というのが気になった。今まで精霊に会ったことがなかったから。きっと出会う精霊ひとりひとりが違うんだろう。風紀委員の面々がそうだから。
「凪はここで100年近く留年してたよな…俺と霞はとっくに11年生だったけど…!」
「おいテメー、笑いこらえながら話してんじゃねェバカヤロー。シバかれたいならそうしてやるぞ」
凪が扇にメンチを切りながら指の骨をバキボキと鳴らした。焔は慌てて止めに入り、霞は失笑で肩を震わせていた。
「卒業できるかな…」
今にも暴走しそうな凪を見ていると自分の将来が心配になり、麓の口からこぼれていた。
「大丈夫だよ君なら。見たところしっかりしているからね。それに凪みたいな生徒は滅多にいないよ。最高でも200年、早ければ100年で卒業できるからね」
頭上から霞のやさしい声が降ってきて少し安心した。”滅多に”という言葉のおかげで。
「もしかしているんですか? 留年が長い方」
そう聞くと、霞は苦笑しつつかがんで麓の耳元でささやいた。
「…いるよ、この学園にもう1人。凪より厄介かもしれないな」
本館には特別教室が集まっている。ここだけ4階建てで、学園の敷地内で1番高い建物だ。今はその最上階、四階に訪れている。
「花巻山よりは余裕で低いだろ」
「そうですね…花巻山からだと市街地が見えますよ」
1階と3階にPC室がひとつずつあり、学年によって使う教室が分けられているらしい。気をつけないと別の学年の中へ入ってしまい、恥ずかしいことになる。光が一度、そうなったことがあるそうだ。
「ここからだと学園の大体のものが見えるよ。あれが女子寮、男子寮。んで教師寮」
扇が西側を向いて3つの建物を指差す。2階建てが男子寮で平屋が女子寮、1番小さいのが教師寮。全員が言うには、女子寮に1歩でも入ると男子寮が狭苦しく感じるんだとか。反対に女子寮は華やかで居心地がいいらしい。
「大勢で暮らしてるんですね」
麓は少しうらやましいと思った。
夜にはおしゃべりをして消灯時間を破ったり、別の部屋の友達を呼んだりするのかもしれない。
そんな経験をしたことがないから、男子寮の狭苦しさなんて気にしなかった。
狭いほうが必ず誰かと一緒に居られるような安心感がある気がする。
「他の寮に行く時はそこの寮長に許可をもらわないといけないからね~生徒は。教師はスルーだよ」
「…それをいいことに女子寮にちょいちょい遊びに行くバカヤローもいるけど」
凪が半眼で霞と扇のことを見ていた。その目にはわずかな軽蔑の色が見える。
霞と扇は無言で顔を見合わせ、拳で軽く自分の額を小突いた。
「「てへっ」」
「かわいくねェんだよ、通報されろ」
凪はため息をついて2人の女好きさに呆れた。この2人は昔から遊び人チックな所がある。
「あ。そーだおい。こっち来い」
凪に軽く目配せされて麓は音楽室の中へ入った。
打楽器や弦楽器がたくさん置いてある。オーケストラがテーマの本の挿絵で見たことがあったものばかり。楽譜を置くための譜面台もいくつかある。
窓からは、橙色に染まる空が見える。それと────
「あれ」
凪が指差した先にそれはあった。ついさっきまでいたのに、もう懐かしいと思えてしまう場所。
「花巻山────ここから見えるんですね」
麓は故郷を見上げ、無性に切ない気持ちに襲われた。夕暮れのさいかもしれない。
「…俺の知る限り、自分が生まれた場所がすぐ近くにあるのはおめーぐらいだ」
全ての精霊は何かの化身だ。元いた場所は古今東西、バラバラだろう。
「凪さんは海ですよね?どこにあるんですか?」
「ずっと向こう。西の方にある」
「海…かぁ」
「山の精霊は海を見たことないのか?」
「写真でしかありません」
凪はふーん、とつぶやいて窓を開け、そこに腰かけた。
「見知らぬ場所より、自分のいた場所を見ている方がいいと思うぜ。自分を安心させてくれるだろ。一番の幸せモンかもな、おめーさんは」
わずかに口の端を上げた凪の顔を見たら、心の奥が痛んだ。
────ぶっきらぼうに優しい言葉をくれたこの人に、自分は偽りの姿で接している。
入りこんできた風が、凪と麓の髪を揺らした。春なのに夕方の風が少しだけ冷たく感じた。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
Eternal Dear5
堂宮ツキ乃
恋愛
花巻山(はなまきざん)の女精霊、麓(ろく)。
精霊が集まる学園に入学した彼女とイケメン風紀委員たちとの学園生活はドキドキさせられっぱなし?
────
リゾラバ(?)回が終わり、この季節には早すぎる夏休み後の学園になります。
自分には夏休みなんてものはないのでどうってことない!
Twitter始めてみました。適当につぶやきます→@tsukinovels
────
今夏はだいぶ暑いですね…。皆さん無理せずエアコンをお使いください。
台風もなかなか強烈でこれからまた怖いですが、どうか大きな被害が出ませんよう。
自分もご当地の商品を購入したり募金を続行します。
Eternal dear6
堂宮ツキ乃
恋愛
花巻山(はなまきざん)の女精霊、麓(ろく)。
精霊が集まる学園に入学した彼女と、イケメン風紀委員たちとの学園生活はドキドキさせられっぱなし?
この時期にかいな、というまさかのクリスマスシーズンな回をお届け。
まさかの令和に入ってから、更新再開です。よろしくお願いします。前回の更新は去年の夏じゃないか。
Eternal Dear 9
堂宮ツキ乃
恋愛
花巻山の女精霊、麓(ろく)。
精霊が集まる学園に入学した彼女と、イケメン風紀委員たちとの学園生活はドキドキさせられっぱなし?
風紀委員もとい天神地祇は、天災地変粛清のために"天"へ。
地上に残った麓は、天災地変のトップである零にさらわれ、彼のそばに置かれる。
天神地祇と天災地変の争い、麓の運命、結晶化された精霊たちはどうなるのか。
最終シリーズ、開幕。
Eternal Dear2
堂宮ツキ乃
恋愛
花巻山(はなまきざん)の女精霊、麓(ろく)。
精霊が集まる学園に入学した彼女とイケメン風紀委員たちとの学園生活はドキドキさせられっぱなし?
────
エタディシリーズ第2弾です。
前作をご存知の方もそうでない方も!
乙ゲー化したいと密かな野望を抱いている一作。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
婚約破棄されなかった者たち
ましゅぺちーの
恋愛
とある学園にて、高位貴族の令息五人を虜にした一人の男爵令嬢がいた。
令息たちは全員が男爵令嬢に本気だったが、結局彼女が選んだのはその中で最も地位の高い第一王子だった。
第一王子は許嫁であった公爵令嬢との婚約を破棄し、男爵令嬢と結婚。
公爵令嬢は嫌がらせの罪を追及され修道院送りとなった。
一方、選ばれなかった四人は当然それぞれの婚約者と結婚することとなった。
その中の一人、侯爵令嬢のシェリルは早々に夫であるアーノルドから「愛することは無い」と宣言されてしまい……。
ヒロインがハッピーエンドを迎えたその後の話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる