レイヤーさんの恋の引換

堂宮ツキ乃

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 運命から渡された戯人族の服は、レイヤーをやっていた頃を思い出すような洋装だった。

 紗良も光守も白を基調としたもの。紗良は女物らしく可愛らしい装飾がほどこされた軍服で、光守はキチッとした軍服のハズだが、胸元のボタンをいくつか外している。袖もまくり上げていた。

 2人きりになった彼らはお互いの軍服姿を見つめ合い、紗良は赤くなってうつむいた。

「紗良?」

「かっこよすぎ…さすがみっつんだね…」

「そう?」

 光守は眉を上げ、自分の姿を見下ろす。

 紗良のことを見て、彼女の束ねた茶髪をなでる。

「紗良もかっこよく着こなしてるよ。でも俺としてはもっと可愛い服着てほしかったな」

 不意に紗良は彼の手をつかみ、顔を強ばらせた。

「ねぇ…どうしてそんなこと言うの? さっきだって抱きしめたり…。あたし、ただのファンの1人だよ?」

 光守は彼女を安心させるように表情をやわらげ、その手を絡めた。

「紗良に惹かれたからだよ。余命が分かってるのに泣かずにやりたいことをやっていく紗良を見たから」

 光守は紗良を腕の中に閉じ込め、彼女の首筋に顔をうずめた。

 憧れの存在とこんなにふれあえるなんて…。

 でも、どこか虚しかった。彼は光守とは言いきれない。

 紗良の心情を察したのか、光守が低音ボイスでささやく。

「…俺ははっきり光守とは言えないけど、紗良のことが好きなのは本気だよ。姿が同じ俺を相田光守として愛してくれていい。だからもう、また生きるなんて…とか言わないでくれ」

 紗良は思わぬ胸の高鳴りを感じ、彼の髪をなでる。ふわふわとした黒髪。戯人族に生まれ変わり、彼の男らしさは増した気がする。

 紗良は目を伏せながら彼のことを抱きしめ返した。その頬はほんのりと赤く染まっている。

「あたし…ね。みっつんのことがホントに好きで、一時は結婚したいとか考えてた。ただのイタいファンだよね…。でも、大事なのは身近であたしのことを好きになってくれる存在だね。あたし、あなたのことをみっつんの一部とか代わりとかじゃなくて、あなた自身を好きになりたい」

 その瞬間、光守が顔を上げて唇を奪われた。

 熱い体温が伝わってくる。彼は紗良の肩に手を添え、角度を変える。 

 初めてかつ突然だったので紗良は目を白黒させるばかり。

 彼からのキスに解放されたのは、酸素不足で彼の胸を叩いた時だった。

 離れた光守は手を口に当てた。

「ごめん、つい…」

「ついって!? びっくりしたじゃん、急にやめてよ」

「や、嬉しかったからさ。紗良にそんなこと言ってもらえて」

「だったら予告してよね。あたし、こういう経験ないから」

 腰に手を当ててムッとした表情をすると、光守は平謝りをした。

「ごめんなさい…。あの、懲りずにアレだけど…」

「ん?」

「紗良にもっとふれていい…?」

 その真意が分かった時、紗良は白い軍服に移りそうなほど顔を真っ赤にさせ、小さくうなずいた。



 なかなか部屋から出て来ない2人の様子を見に行った運命は、2人仲良くベッドの上ですやすやと眠っている所を見つけてため息をついた。

 何さっそく盛ってんのよバカ、と光守が特に怒られた。私たちの話を全部聞いてからならいくらでもして下さい、と死神からも。

「今日から紗良は摩睺羅伽まごらか、光守は緊那羅きんならと名乗ってもらうわ。いいわね?」

「待って待って。何言ったのか全く分かんない」

「摩睺羅伽に緊那羅。あんたたちの新しい名前よ、戯人族としてのね。もう前世の名前は必要ないわ。お互いを呼び合うならいいけど」

「そうですか…。分かりました」

 光守────緊那羅はあっさりとうなずく。

 紗良────摩睺羅伽は戸惑いが隠せなかった。

 だが話は進められる。

「さっそく一族としての仕事を頼みますよ。この子のことなんですが…」

 死神の腕から突然現れたのは、おとなしく眠っている赤子。久しぶりに見る幼い存在に、摩睺羅伽は表情を崩した。

「可愛い…。この子がどうしたの?」

「この子も戯人族ですよ。ただしとんでもない力を持っています。この子は両目が開いているでしょう? 抑えきれないほど力が満ち溢れているんです。一族の者によると、この状態で大の大人と渡り合えるらしくて…。私が力を奪い取って人間界で生きるようにしてほしい、とのことですが」

 死神は赤子を摩睺羅伽の腕に預けた。その途端に赤子は目をぱっちりと開け、彼女のことを見て嬉しそうに笑った。緊那羅は摩睺羅伽の肩ごしに赤子をのぞく。

 赤子の瞳は左右で色が違う────いわゆるオッドアイ。摩睺羅伽から見て右目は白、左目は黒だ。

 あまりに無邪気な笑顔に、彼女は困った笑みを浮かべた。

「そんな風に見えないんだけどな…」

「そんなモンですよ、人間でもそうでしょう」

「まぁ…確かに。それでこの子をどうするの?」

「摩睺羅伽と緊那羅でしばらく育ててもらうわ。名付け親にもなってもらうわよ」

「え!?」

 赤子を腕に抱いて体を揺らしていたが、運命の言葉に止まった。赤子はびっくりした顔で摩睺羅伽のことを見つめる。

 まさかの親に。正直嬉しいが不安もある。

「この子、鬼神って呼ばれてるけど人間界に送り出すのにそんな名前じゃそぐわないでしょ。だからあんたたち2人で考えてよ。育てると言っても3年くらいだし」

「でも…3年もいたら情が移って離れたくなくなるって」

「大丈夫。そうはならないわよ。あんたたちはずっとこの子を見守ることになるから、きっと」



 死神と運命に頼まれ、急に家族ができた。

 赤子は「黒木くろき吉高よしたか」と名付けた。

 摩睺羅伽が「黒木って苗字かっこよくない?」と言ったのがきっかけ。 

「古風だけど強そう」と、「吉高」は緊那羅が命名。

 吉高は基本おとなしく、甘えることがあまりなかった。急に暴れ出すこともなく、穏やかに育った。

 そして3年立った頃、戦乱の世である戦国時代に吉高は人間界に送られ、とある老夫婦が新しい親となった。それまでの記憶は死神が彼から消して。

 摩睺羅伽はやっぱりと言うべきか泣いて見送り、しばらくは落ち込んでいた。

 だがそうしている間に吉高はいつの間にか立派な好青年に育った。

 摩睺羅伽と緊那羅は時々人間界に降りて吉高の様子を遠目に見守り、彼の成長を喜んだ。

 吉高が戦に参加し、文字通り鬼強い力を発揮した時は驚きが隠せなかったが。

 しかし何の運命か彼の元に未来の女性が舞い降り、本当に普通の人間の男になるきっかけが与えられた。

 彼が生まれ変わってその女性と結ばれるのに摩睺羅伽と緊那羅がサポートした。

 その女性がレイヤーだったのは不思議な偶然────ではなく。

 摩睺羅伽がコスプレイベントでパレードに参加した時、当時中学生だった女性の顔が忘れられなかったから。

 心の底から楽しそうに嬉しそうにレイヤーを眺めていた彼女。きっと彼女なら吉高のことを理解して受け入れてくれると思った。
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