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『僕だけのシンデレラ
灰かぶり姫だって君は笑う
本当は照れてるだけだって
本当は嬉しいんだって
僕の前では本音を言ってほしい
女々しいって怒るかな
それだけ君を1人占めしたい』
耳元でささやくようなあたたかい低音が心地よく響いている。
なんだかとても懐かしい。
でも誰の声なのかは分からない。
彼女はゆっくりと目を開けた。
「どこ…?」
歌声の主はおらず、視界はなんとなくバランスが悪く感じる。怪訝な気持ちで周りを見渡した。
中世ヨーロッパを意識した造りの内装。少し懐かしい気がするが、はっきりとは思い出せない。
自分はベッドの上で寝かされているらしいことは分かった。
「目覚めましたか」
目の前に黒ずくめの男が現れた。
なんの気配もなく静かに姿を見せたため、彼女は驚いて小さな悲鳴をあげる。
「…誰?」
男は両手を上げ、ゆっくりとほほえんだ。よくよく見ればやたら綺麗な男だ。
「私は死神です。覚えていませんか?」
「死神…?」
「自分の名前は? 眠っている間に忘れてしまいましたか」
彼女は首をひねる。男の言うことがよく分からない。
すると、白いスリップドレスに金髪碧眼の少女も現れた。
幼い顔立ちのわりには冷めた表情をしている。
「仕方ないわ…。長いこと眠っていたもの。私は運命。時の女神よ。あなたが人間として生きていた頃、ちょっと仲良くしてたんだけど」
「さっちゃん…死神さん…? そうだ…! あたし死んだんだった…」
「思い出しましたか。改めまして、ようこそ死神の間へ。ここは狩られた魂がまず最初に来る所です。そんでもって私の応接室兼自宅でもあります」
「へぇ~…」
得意げに語り出した死神に愛想笑いを浮かべる。こんな所で眠り続けていたとは。
「あたし、どれくらい眠ってたの?」
「あんたの友だちが老いて死んでいくくらい。でもあんたは自分の親────祖父母が生まれる前に連れてきたわ。ざっと400年前ね」
「400年…!?」
その数字に驚きが隠せない。だが運命は時の女神。もしかしたらタイムスリップができる能力を当たり前のように持っているかもしれない。
「天国とか地獄に行くんじゃないの?」
「普通だったらね。でもあんたは普通とは違う…あたしたち側の世界でまた生きてもらうわ」
「え。また生きなきゃいけないの? なんのためにやりたいことやりきったの…」
「必要とされているんです。それと…あなたは生きることに執着が無さすぎた。感謝もない。その罰でもありますね」
「そんな…」
彼女は今更ながら後悔した。
法にふれることをしなくても、非人道的なことをしなくても、生きることに感謝をしなければ罰は与えられる。
「でも1人じゃありませんよ。あなたが正直な想いを伝えらなかった相手が一緒ですから」
死神がサイドテーブルにある、シル〇ニアファミリー的な小さな家の小さなドアをノックし、そこから出てきた小人を彼女の手の平にのせた。
「一寸法師?」
彼女は小人と視線を合わせるように持ち上げた。頬をプニプニとつつくとはにかんだ。
「みっつんなの…?」
「えぇ。相田光守にとってあなたはファンの1人ですが、あの時あなたの病室に迷い込んで歌詞を送ったのは、彼があなたに惹かれていたからなんですよ。この小さな彼は、あの歌詞であり相田光守の一部なんです。あなたが眠っている間、こうして近くで見守りながら脳内に歌を送ってました。彼はあなたと生きたいようですよ」
死神は彼女から小さな光守を受け取り、床に立たせて指を鳴らした。
小さかった光守は光に包まれて等身大に変わり、ベッドに座る彼女を抱きしめた。
「紗良…」
「さら…。あ。あたしの名前────」
「もう充分生きたなんて言わないでくれ。まだ会ったばかりだったのに…」
震える声。ずっと憧れていた存在に抱きしめられ、ささやかれている。普通だったら気絶する所だが、彼女は妙な既視感に包まれていた。この家の造りにも。
光守を抱きしめ返すことはせず、死神に疑惑の視線を投げる。
「ねぇ、この展開って────」
「あんたの小説からよ。中世ヨーロッパにタイムスリップする話。主人公は殺されたけど妖精になって、魔女に元の姿にしてもらったらでしょ? その主人公が光守で王子はあんた、魔女は死神…って所かしら」
光守が体を離し、彼の顔を見た時────紗良は驚いて目を見開いた。
彼の右の瞳が固く閉ざされている。刃物で切ったような傷が縦に刻まれていた。
紗良は震える手で彼の瞼をそっとなでる。
「もしかしてこれが引き換え…?」
小説の展開を思い出す。あの物語はただのハッピーエンドではない。主人公が元の姿に戻る代わりに、王子は魔女に右目を差し出した。
まさか光守の右目も────。
彼はゆるゆると首を振ってほほえんだ。
「違う、交換条件とかじゃない。俺たちは必要とされているんだよ。それに紗良も」
光守が運命のことをチラッと見ると、彼女はスリップドレスのポケットから手鏡を取り出して紗良の姿を写した。
「これ…あたし?」
そこに写っていたのは光守と同じく隻眼の女。これまでの記憶が曖昧だが、普通に生きてた頃より綺麗になっている気がする。
「もうあんたは人間じゃない。眠っている間に生まれ変わってもらったわ。不老不死で賢く、戦闘能力が高く自由自在に時を駆け回れる種族────戯人族に」
「ぎじんぞく?」
「えぇ。普段は右目を閉ざして力を抑えているけど、解放したらとんでもない力を発揮するわ。一帯を焼け野原にすることだってできる。それに美人ばっかよ」
「へぇ~…なんかアニメみたいだね…」
紗良は実感がわかずに頬をかいた。
灰かぶり姫だって君は笑う
本当は照れてるだけだって
本当は嬉しいんだって
僕の前では本音を言ってほしい
女々しいって怒るかな
それだけ君を1人占めしたい』
耳元でささやくようなあたたかい低音が心地よく響いている。
なんだかとても懐かしい。
でも誰の声なのかは分からない。
彼女はゆっくりと目を開けた。
「どこ…?」
歌声の主はおらず、視界はなんとなくバランスが悪く感じる。怪訝な気持ちで周りを見渡した。
中世ヨーロッパを意識した造りの内装。少し懐かしい気がするが、はっきりとは思い出せない。
自分はベッドの上で寝かされているらしいことは分かった。
「目覚めましたか」
目の前に黒ずくめの男が現れた。
なんの気配もなく静かに姿を見せたため、彼女は驚いて小さな悲鳴をあげる。
「…誰?」
男は両手を上げ、ゆっくりとほほえんだ。よくよく見ればやたら綺麗な男だ。
「私は死神です。覚えていませんか?」
「死神…?」
「自分の名前は? 眠っている間に忘れてしまいましたか」
彼女は首をひねる。男の言うことがよく分からない。
すると、白いスリップドレスに金髪碧眼の少女も現れた。
幼い顔立ちのわりには冷めた表情をしている。
「仕方ないわ…。長いこと眠っていたもの。私は運命。時の女神よ。あなたが人間として生きていた頃、ちょっと仲良くしてたんだけど」
「さっちゃん…死神さん…? そうだ…! あたし死んだんだった…」
「思い出しましたか。改めまして、ようこそ死神の間へ。ここは狩られた魂がまず最初に来る所です。そんでもって私の応接室兼自宅でもあります」
「へぇ~…」
得意げに語り出した死神に愛想笑いを浮かべる。こんな所で眠り続けていたとは。
「あたし、どれくらい眠ってたの?」
「あんたの友だちが老いて死んでいくくらい。でもあんたは自分の親────祖父母が生まれる前に連れてきたわ。ざっと400年前ね」
「400年…!?」
その数字に驚きが隠せない。だが運命は時の女神。もしかしたらタイムスリップができる能力を当たり前のように持っているかもしれない。
「天国とか地獄に行くんじゃないの?」
「普通だったらね。でもあんたは普通とは違う…あたしたち側の世界でまた生きてもらうわ」
「え。また生きなきゃいけないの? なんのためにやりたいことやりきったの…」
「必要とされているんです。それと…あなたは生きることに執着が無さすぎた。感謝もない。その罰でもありますね」
「そんな…」
彼女は今更ながら後悔した。
法にふれることをしなくても、非人道的なことをしなくても、生きることに感謝をしなければ罰は与えられる。
「でも1人じゃありませんよ。あなたが正直な想いを伝えらなかった相手が一緒ですから」
死神がサイドテーブルにある、シル〇ニアファミリー的な小さな家の小さなドアをノックし、そこから出てきた小人を彼女の手の平にのせた。
「一寸法師?」
彼女は小人と視線を合わせるように持ち上げた。頬をプニプニとつつくとはにかんだ。
「みっつんなの…?」
「えぇ。相田光守にとってあなたはファンの1人ですが、あの時あなたの病室に迷い込んで歌詞を送ったのは、彼があなたに惹かれていたからなんですよ。この小さな彼は、あの歌詞であり相田光守の一部なんです。あなたが眠っている間、こうして近くで見守りながら脳内に歌を送ってました。彼はあなたと生きたいようですよ」
死神は彼女から小さな光守を受け取り、床に立たせて指を鳴らした。
小さかった光守は光に包まれて等身大に変わり、ベッドに座る彼女を抱きしめた。
「紗良…」
「さら…。あ。あたしの名前────」
「もう充分生きたなんて言わないでくれ。まだ会ったばかりだったのに…」
震える声。ずっと憧れていた存在に抱きしめられ、ささやかれている。普通だったら気絶する所だが、彼女は妙な既視感に包まれていた。この家の造りにも。
光守を抱きしめ返すことはせず、死神に疑惑の視線を投げる。
「ねぇ、この展開って────」
「あんたの小説からよ。中世ヨーロッパにタイムスリップする話。主人公は殺されたけど妖精になって、魔女に元の姿にしてもらったらでしょ? その主人公が光守で王子はあんた、魔女は死神…って所かしら」
光守が体を離し、彼の顔を見た時────紗良は驚いて目を見開いた。
彼の右の瞳が固く閉ざされている。刃物で切ったような傷が縦に刻まれていた。
紗良は震える手で彼の瞼をそっとなでる。
「もしかしてこれが引き換え…?」
小説の展開を思い出す。あの物語はただのハッピーエンドではない。主人公が元の姿に戻る代わりに、王子は魔女に右目を差し出した。
まさか光守の右目も────。
彼はゆるゆると首を振ってほほえんだ。
「違う、交換条件とかじゃない。俺たちは必要とされているんだよ。それに紗良も」
光守が運命のことをチラッと見ると、彼女はスリップドレスのポケットから手鏡を取り出して紗良の姿を写した。
「これ…あたし?」
そこに写っていたのは光守と同じく隻眼の女。これまでの記憶が曖昧だが、普通に生きてた頃より綺麗になっている気がする。
「もうあんたは人間じゃない。眠っている間に生まれ変わってもらったわ。不老不死で賢く、戦闘能力が高く自由自在に時を駆け回れる種族────戯人族に」
「ぎじんぞく?」
「えぇ。普段は右目を閉ざして力を抑えているけど、解放したらとんでもない力を発揮するわ。一帯を焼け野原にすることだってできる。それに美人ばっかよ」
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紗良は実感がわかずに頬をかいた。
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