レイヤーさんの恋の引換

堂宮ツキ乃

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「いろんなとこ旅して、会いたい人に会って、小説も書いて遺書も書いて…。とにかくやりたいこと全部やったんです。いつ死んでもいいように」

 死神と運命の存在だけは伏せ、話せることは全て話した。

 本当はずっと誰かにこうして話したかった。

 それがまさか好きな芸能人になるとは思わなかったが、おそらく一期一会の相手だからこうしてすんなり話せているのかもしれない。

 光守は部屋にある椅子をベッドの脇に引き寄せて座っていた。紗良の話を聞きながらうなずき、余計な口は一切挟まない。

 彼女が口を閉じた時、光守はかすかにほほえんだ。

「…残された時間、めいっぱいに生きたんだね。シンデレラみたい」

「…?」

 コンサートや雑誌の取材で一切聞いたことのないワード。紗良は耳を疑って光守を凝視した。

「あー…。大袈裟だし似合わないかな?」

 光守が頭をかきながら紗良の様子をうかがうと、彼女は上目遣いで首を振った。

「似合わないけど…ちょっと嬉しい。みっつんらしくなくて笑えます」

「ホントに? 何言ってんだコイツってなってない?」

「…多少は」

「思ったんかい」

 光守は苦笑いで紗良の頭を小突く。彼にとってはさりげない仕草でも彼女には心臓発作を起こしそうなレベルの行動だ。

「だってみっつんって…しっとり系の恋愛の曲はあんまり歌わないじゃないですか。"君に惹かれている"より"俺の色香にとち狂え"みたいな曲が多い」

「え!? あんまそんな意識してないけど…マジでか。作詞の方向性ちょっと変えよ…」

「いやあたしはそのままでいいです」

「紗良さん、おとなしそうで意外と恋愛面激しい?」

「いえ全く。そんな恋できなかったですね」

 きっぱり言う紗良をよそに光守はあごに手をやり、しばらくして紗良からノートとボールペンを借りた。

「ちなみにこれは何のノート?」

「ん~落書き帳? 小説の登場人物のラフでも書こうかと」

「イラストレーターみたいだね。じゃ、ちょっと借ります」

 光守はラフ画は見られたくないという紗良に気を遣って1番後ろのページを開き、ボールペンでサラサラと文字を書いていく。

「何書いてるんですか?」

「勝手ながら詩を贈らせてもらおうかと。紗良さんと話してたらシンデレラネタが思い浮かんで。来世で素敵な恋愛ができますようにと」

「…シンデレラって灰かぶりって意味なんですよ?」

「夢ないこと言わない!」

 光守は紗良のふざけた口調に笑いつつ、鼻歌でメロディーをささやくように奏でながら手を動かした。

 本人にとってはちょっとした鼻歌なんだろうが、紗良には何にも代えがたい価値がある。

 おだやかでちょっとロマンスが感じられるメロディーにうとうとしつつ、死ぬ時は光守の曲を聴きながら逝きたいなんて考えた。

 完成し、ノートを渡された。

「最期に本当にありがとうございます。いい冥土の土産になりました」

「いーえ。若いのによく難しい言葉知ってんね?」

 紗良はこのノートは骨壷の中に一緒に入れてもらおうと遺書に書き足そうと決めた。

 光守は立ち上がりながらコートを着なおし、最後に紗良の頭をなでた。

「余命が分かっている人になんて言ったらいいか分からないけど…。どうか後悔のない余生を」

「はい」

 変に気遣われるよりいい。紗良は入院してから初めて、心からの笑顔を浮かべた。

「あたし、みっつんのファンになって良かったです。みっつんのコンサートとか舞台を楽しみに学校も仕事も頑張って…みっつんのこと知らずに生きる人生考えたらぞっとします」

「大袈裟だよ…でもありがとう。俺も、紗良さんの人生に花が添えられたこと知ることができて嬉しいよ。もしまた…生まれ変わったら、俺のファンになってくれたらいいな…って都合良すぎ?」

 紗良は首を振ってノートを抱きしめた。

 最後に握手を交わした。

 この時だけは憧れの芸能人と友だちのような関係になれたと思いたい。

 光守が紗良の部屋を去ってすぐ、入れ替わりのように死神と運命が部屋へ来た。
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