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小説が完成し、遺書も書けた安心感からか突然、紗良は死んだように眠る日が多くなった。
1人暮らしの紗良のアパートにしばらく泊まっている母親────瀬名は、なかなか目覚めない娘を心配して慌てて病院へ連れて行った。
診察したが「特に悪い所はないけど…」と医者は首をかしげるだけ。
だが念のため、ちょくちょく検査をしたいということで紗良の入院が決まった。
────先に死ぬような親不孝はやめてよ…。
瀬名は帰る前、紗良の手を握って初めて彼女の前で泣いた。
初めて見る親の泣く姿だった。
いつも大変なことは紗良に隠して平気なフリをし、時には八つ当たりした母。
紗良の最近の様子にはやはり何か感じるものがあったのだろう。
そんな泣くことはないでしょ、ちょっと疲れが出ただけじゃない。紗良はなんでもないフリをして見送り、個室のベッドから外を見た。
(ごめん…。あたし、もう────)
母親が帰る姿を見守り、心の中で謝った。涙がこぼれそうになったが耐える。
残される者に比べたら死んでいく者の心情はまだマシだ。そんな冷酷なことを考えながら。
病院での入院生活はあまり苦ではなかった。
1つ引っかかることと言えば、お見舞いに来た瀬名がいつも泣きそうな顔をしていることか。
今回の入院は母親以外には話していない。
友だちに話してお見舞いに来られてこの世に未練が残っても嫌だからだ。
運命と死神は、人間のフリをして病室へ遊びに来る。この時の運命は同年代の女の姿をしている。時々2人で病院内のカフェへ行くのだが、彼女の姿は人目をかなり引くので紗良はその場に居づらくなる。それは死神の時も同じ。
今日もどちらかが来るだろう、と考えながら読書をしていたら。
「────失礼します」
男の声だ。運命ではない、だが死神でもない。
誰、と本に栞を挟みながら顔を上げると、紗良は本を落として口を開けて震えた。
「…あれ? 来るとこ間違えたかな…?」
「みっ…!?」
光守だ。今ちょうど、彼の本を読んでいた所だ。彼が音楽に携わるようになってから変わった人生について。
(もしかしてまた死神さん…?)
ふと、引き戸に目がいってそこに人影があるに気づいた。
死神と運命だ。珍しく一緒にいる。
どういうこと? と思って視線を彼らに向かって細めると、2人は首を横に振っている。自分たちが仕組んだことではない、ということか。
じゃあ────と、紗良は改めて突然現れた男のことを見上げる。
「本当にみっつん…?」
遊ばせた黒髪に薄い色のサングラス。黒いコートに灰色のパンツにブーツを合わせた彼のオーラは、どう見ても一般人ではない。
彼は淡くほほえんで会釈をした。
「こんにちは」
「ほ…ほんもの…! なんで!?」
「実は今度、病院が舞台のドラマのタイアップが決まって取材しに来ました。マネージャーの知り合いがこの病院にいるらしいんだけど…。間違えてお嬢さんの所に来たみたいでごめんね」
「…むしろ光栄です! みっつんのことホントに好きで…よく舞台とかコンサートに行ってます」
死神が光守に化けた時に言ったことを、本人に言えている。
というか同じ空間にいることに感動が止まらなかった。
紗良の頬が上気してきたのを見た光守は、ありがとうとささやいて彼女のそばに立った。
「ここに来て良かったな…。ファンのコから直接そういうの聞けるのホントに嬉しいからさ。最近はわりと俺も好きだけどあの人も好き、ってつぶやきを見るのがちょっと切ないけど…」
────なんて聞いてドキッとした紗良に気づいたのか、光守は妖しくほほえんで彼女の顔をのぞきこむ。
「もしかしてお嬢さんも?」
「…ぶっちゃけ否定はできないですね」
「はは。正直でいいね。でも、最後は俺の所に戻ってきてよ」
「ダメそんなの言っちゃ…」
テレビ越し、オペラグラス越しじゃない彼の妖艶なほほえみ。真っ赤になった紗良は顔を布団で覆う。
「顔赤くしちゃって可愛いコだね。ところで…お嬢さん。紗良さんって言うの?」
「へっ!? いろいろアレだけど…そうです。でもなんで知ってるんですか?」
「病室の前の名札。紗良って綺麗な名前だよね」
「みっつんはかっこいいです」
「ホントに? ありがとう」
光守はくしゃっと嬉しそうな顔をして紗良の頭をぽん、となでた。その時紗良は、死ぬまで髪洗いたくないと思ってしまった。
「ところで紗良さんはどうしてここにいるの? ドラマの主題歌のためにちょっと聞かせてほしいんだけどいいかな?」
「あたし…もうすぐ死ぬんです」
どうして今。紗良は言うべきではない、今までも誰にも言わなかったことを、彼には話してしまった。
光守の表情が凍りつく。
紗良はしまった、と思いながら困った表情を浮かべて謝った。
「ごめんなさい、空気重くしちゃって。ちょっとワケありなんですよ、普通だったら信じられないような」
「…大丈夫。良かったら聞かせてくれない? 通りすがりの人間だと思って────」
光守はゆっくり首を振って続きをうながした。
1人暮らしの紗良のアパートにしばらく泊まっている母親────瀬名は、なかなか目覚めない娘を心配して慌てて病院へ連れて行った。
診察したが「特に悪い所はないけど…」と医者は首をかしげるだけ。
だが念のため、ちょくちょく検査をしたいということで紗良の入院が決まった。
────先に死ぬような親不孝はやめてよ…。
瀬名は帰る前、紗良の手を握って初めて彼女の前で泣いた。
初めて見る親の泣く姿だった。
いつも大変なことは紗良に隠して平気なフリをし、時には八つ当たりした母。
紗良の最近の様子にはやはり何か感じるものがあったのだろう。
そんな泣くことはないでしょ、ちょっと疲れが出ただけじゃない。紗良はなんでもないフリをして見送り、個室のベッドから外を見た。
(ごめん…。あたし、もう────)
母親が帰る姿を見守り、心の中で謝った。涙がこぼれそうになったが耐える。
残される者に比べたら死んでいく者の心情はまだマシだ。そんな冷酷なことを考えながら。
病院での入院生活はあまり苦ではなかった。
1つ引っかかることと言えば、お見舞いに来た瀬名がいつも泣きそうな顔をしていることか。
今回の入院は母親以外には話していない。
友だちに話してお見舞いに来られてこの世に未練が残っても嫌だからだ。
運命と死神は、人間のフリをして病室へ遊びに来る。この時の運命は同年代の女の姿をしている。時々2人で病院内のカフェへ行くのだが、彼女の姿は人目をかなり引くので紗良はその場に居づらくなる。それは死神の時も同じ。
今日もどちらかが来るだろう、と考えながら読書をしていたら。
「────失礼します」
男の声だ。運命ではない、だが死神でもない。
誰、と本に栞を挟みながら顔を上げると、紗良は本を落として口を開けて震えた。
「…あれ? 来るとこ間違えたかな…?」
「みっ…!?」
光守だ。今ちょうど、彼の本を読んでいた所だ。彼が音楽に携わるようになってから変わった人生について。
(もしかしてまた死神さん…?)
ふと、引き戸に目がいってそこに人影があるに気づいた。
死神と運命だ。珍しく一緒にいる。
どういうこと? と思って視線を彼らに向かって細めると、2人は首を横に振っている。自分たちが仕組んだことではない、ということか。
じゃあ────と、紗良は改めて突然現れた男のことを見上げる。
「本当にみっつん…?」
遊ばせた黒髪に薄い色のサングラス。黒いコートに灰色のパンツにブーツを合わせた彼のオーラは、どう見ても一般人ではない。
彼は淡くほほえんで会釈をした。
「こんにちは」
「ほ…ほんもの…! なんで!?」
「実は今度、病院が舞台のドラマのタイアップが決まって取材しに来ました。マネージャーの知り合いがこの病院にいるらしいんだけど…。間違えてお嬢さんの所に来たみたいでごめんね」
「…むしろ光栄です! みっつんのことホントに好きで…よく舞台とかコンサートに行ってます」
死神が光守に化けた時に言ったことを、本人に言えている。
というか同じ空間にいることに感動が止まらなかった。
紗良の頬が上気してきたのを見た光守は、ありがとうとささやいて彼女のそばに立った。
「ここに来て良かったな…。ファンのコから直接そういうの聞けるのホントに嬉しいからさ。最近はわりと俺も好きだけどあの人も好き、ってつぶやきを見るのがちょっと切ないけど…」
────なんて聞いてドキッとした紗良に気づいたのか、光守は妖しくほほえんで彼女の顔をのぞきこむ。
「もしかしてお嬢さんも?」
「…ぶっちゃけ否定はできないですね」
「はは。正直でいいね。でも、最後は俺の所に戻ってきてよ」
「ダメそんなの言っちゃ…」
テレビ越し、オペラグラス越しじゃない彼の妖艶なほほえみ。真っ赤になった紗良は顔を布団で覆う。
「顔赤くしちゃって可愛いコだね。ところで…お嬢さん。紗良さんって言うの?」
「へっ!? いろいろアレだけど…そうです。でもなんで知ってるんですか?」
「病室の前の名札。紗良って綺麗な名前だよね」
「みっつんはかっこいいです」
「ホントに? ありがとう」
光守はくしゃっと嬉しそうな顔をして紗良の頭をぽん、となでた。その時紗良は、死ぬまで髪洗いたくないと思ってしまった。
「ところで紗良さんはどうしてここにいるの? ドラマの主題歌のためにちょっと聞かせてほしいんだけどいいかな?」
「あたし…もうすぐ死ぬんです」
どうして今。紗良は言うべきではない、今までも誰にも言わなかったことを、彼には話してしまった。
光守の表情が凍りつく。
紗良はしまった、と思いながら困った表情を浮かべて謝った。
「ごめんなさい、空気重くしちゃって。ちょっとワケありなんですよ、普通だったら信じられないような」
「…大丈夫。良かったら聞かせてくれない? 通りすがりの人間だと思って────」
光守はゆっくり首を振って続きをうながした。
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