レイヤーさんの恋の引換

堂宮ツキ乃

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「あなたがかの有名な魔術師か」

 エドガーは馬を乗って祖国を飛び出て、3日目に目的の場所にたどり着いた。

 彼は以前から気にしていた存在がいた。

 それは魔術師。目の前にいる腰の曲がった老婆だ。

 城にいた頃、使用人たちが「惚れ薬を作ったり永遠の美を保てる薬が作れるおばあさんがいる」と話していたのを聞いたことがあるのだ。

「あぁ…いつの間にか有名らしいねぇ」

 老婆は灰色のドレスに、フードがついた黒いケープをまとっており、口の端を上げてみせた。

 エドガーは使用人たちから聞いた話をしたが、老婆に笑われた。

「そんな薬あれば今頃あたしゃ絶世の美女だろうよ。惚れ薬もないわい。相手の意思をコントロールできる薬ならあるけどねぇ…」

「いや、私が望んでいるのはそんなものではなくて…」

 彼は引きつった苦笑いをし、胸ポケットからちょこんと顔を出しているエミリアを手の平に乗せ、老婆に見せた。

「おやまぁ、可愛いねぇ。妖精も最近はあまり見かけないから珍しいもんだ。…でもお嬢ちゃん、ただの妖精じゃないね?」

 老婆はエドガーの手元にゆっくりと顔を近づけ、エミリアと視線を合わせるようにした。

 エミリアは必死にうなずく。話せない彼女の代わりに、エドガーが口を開いた。

「彼女────エミリアは、未来から来た人間で私の恋人だ。だが兵士に殺されて、彼女がつけていたネックレスから生まれ変わったんだと思う」

 その話を聞き、老婆は近くの椅子を引き寄せて座り、首を横に振った。

「旦那…残念ながらこのお嬢ちゃんは、エミリアであってエミリアでないよ」

「何?」

「ネックレスから生まれ変わったように出てきたんだろ? それはきっと、エミリアの意思が宿っていて、何かの拍子に妖精として現れたんだろうね」

 老婆の言葉に、エミリアの姿をした妖精は悲しそうにうつむいた。

 エミリアとして大切に側に置いてくれたエドガーに申し訳ないと思ったのだろう。その表情は悲痛に満ちている。

「そう…だったのか」

 エドガーまで悲しみをたたえた表情になると、エミリアはまた首をぶんぶんと振って彼の人差し指に口づけた。

「エミリア…?」

「お嬢ちゃんは旦那のことを好いてるよ。エミリアの意思だからね」

 老婆は小さな妖精をそっと、優しく頭をなでてやる。彼女は嬉しそうにほほえんだ。

「本当に可愛いコだねぇ…。それで旦那。用は何だったんだい?」

「あ、あぁ…。彼女を元の姿にして欲しいのだが…。彼女が望むのなら」

 エドガーは眉を下げたまま、彼女のことを見る。

 妖精はコクッとうなずき、カラフルなワンピースのすそをつまんで老婆に向かってお辞儀をした。

 老婆はエドガーに、もう一つの椅子にエミリアを載せるように手で示す。

「お嬢ちゃんも望んでいるよ。可愛ちお嬢ちゃんの願いならもちろん叶えてあげるさ。ただし…」

 老婆は笑みを消し、エドガーのことを指さす。

「旦那の右目と引き換えだ。姿を変える魔術はあたしの魔力を最大限に使わないといけない、けっこうキツいモンだからね。あたしゃ女からは何も取らない主義だが、男には容赦しないよ」

「もちろんそれでかまわない。こちらも最初からタダでやってもらおうとは思ってないから」

「いい覚悟だ…。旦那ならお嬢ちゃんをちゃんと幸せにしてやれるね」

 老婆に手招きされ、エドガーは椅子に腰掛けた彼女の近くにひざまずき、目を閉じた。その前に両目でしっかりとエミリアの姿を見てから。

 片目を失うことなど怖くない。それより怖かったのは愛する恋人の死体を見た時だった。

 やがて老婆は口の中でつぶやくように呪文を唱え、エミリアは光に包まれた。

 その輝きは目を閉じていても分かる。

 次に目を開けた時────正確には片目を開けた時、エミリアは以前の姿へ変わっていた。

 彼女は椅子にちょこんと座っていたが、片目しか開かなくなったエドガーに飛びついて腕を回した。

「ごめんなさい…」

「何を謝るんだ。私は後悔してないよ。君が望む姿になれるなら」

 エドガーはそっと抱きしめ返し、久しぶりのエミリアの香りを感じ、うっすらと涙を浮かべた。



 老婆はあんなことを言っていたが、やっぱりエミリアはエミリアだった。

 明るくて珍しい話を知っている娘。これからも、一緒にいて飽きることはないだろう。老婆には感謝だ。

 それから2人は旅をして気に入った国に留まることにし、結婚した。

 エミリア────恵美はいつしか、自分が元いた時代のことを忘れ、元々この時代の人間としてエドガーと生きることになった。
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