レイヤーさんの恋の引換

堂宮ツキ乃

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「サーラ~」

「ことりん。久しぶり」

 ある週の日曜日、紗良は今年初めてのコスプレイベントに参加した。もちろん、これは一生で最期にもなるが。

 ちなみに紗良のコスネームは「サーラ」だ。そのまま感が否めないが、あんまりひねってイタい名前にはしたくなかった。

 基本、紗良はイベントにことまいみやびと参加する。3人ともこうしてイベントで知り合った仲だ。今ではTwi○terの相互であることはもちろん、L〇NEもお互いに知っている。

「あけおめことよろ。てか今日どったの? オリジナルなんて珍しいね?」

「うん。布の整理してたら余ってたヤツがたくさん出てきてさ…。もったいないからそれ使って作った。ウィッグは買ってあっただけのヤツを加工したよ」

 今日の紗良は水色のロングウィッグをツインテールにし、巻いたものを被っていた。衣装は淡い色の布を重ねてグラデーションにし、ふんわりと広がったワンピース。

 今日の会場は富橋の駅前で、寒いが人はそこそこいる。

「あ。川端かわばたさんと奥さんだ。おーい」

 不意に舞が手を振り、やって来たのは20代後半の男女。2人とも首に一眼レフカメラを提げていた。彼らはお互いにカメコでイベントでカメラを通して知り合い、いつの間にか付き合っていて結婚を決めたそうだ。

 2人とは紗良たちは知り合いで、イベントに会う度に撮ってもらっている。

「いや~寒いね。お嬢さんたちそんな薄着で大丈夫?」

 川端の奥さん────伊予いよは、いつも女性レイヤーのことを「お嬢さん」と呼ぶ。

 雅は寒さで震えながらも笑ってみせた。

「平気ですよ。ここはレイヤー魂とやらで乗り切ります」

「は~若いわ…おばちゃんにはまぶしいよ…」

 なんて伊予は目を細めてみせる。

 じゃあさっそく撮ろうかと提案され、人が少なめの場所に移る。

 1番薄着の雅から撮ってもらうことになり(やっぱり寒くて耐えられなかったらしい)、舞はTwi○terの知り合いを見つけてその人の元へ行き、紗良と琴は日向でスマホを片手に話していた。

「どう? 知り合いいそう?」

「うん。ことりんたち入れて10人くらいは」

「結構いるね? 会えるといいね」

 イベントに来て恒例の会話。これも最後だと思うと、涙がにじんできた。

 初めて泣きそうになった瞬間だった。

 琴にバレないように顔を背け、北風を浴びる。風が涙を吹き飛ばしてくれればいい。ウィッグはぐしゃぐしゃになっても魔法のブラシで直せるから。

 魔法のブラシは紗良が勝手にそう呼んでいるだけではない。どんなに絡まったウィッグでも、そのブラシで梳かすだけできれいにサラサラになるのだ。Twi○terで知って以来、紗良はずっと愛用している。

「昨日さー」

「ん?」

 瞳が涙の存在を忘れた所で琴の方へ振り向く。

 彼女は、会場である橋駅を見つめながら口を開いた。

「今日のイベントに参加する人をTwi○terで探していたら"あ~確かにそれな"っていうツイートがあってね。"自分が死んでTwi○terもアー○イブも、いろんなアカウントの更新が無くなったら皆はどう思うんだろう。本名も住所も知らない人ばかりだから死んだことを伝えられないし…。レイヤーを上がったって思われるだけなのかな。本当は人生の舞台を降りたのに。"だって」

 それを聞いて紗良は固まった。今の自分の状況に重なるから。

 自分が死んだことは、個人情報を教え合っている人にしか伝わらない。

 いまさらだが思い知らされた。

「…その人、すごいこと考えたね。あたし一切考えたことないよ」

「だよね。たまにはこういう真面目なことを考えないとだよね。でも1番は、レイヤー仲間が突然死しないことだな」

 言えない。やっぱり言えない。自分がもうすぐ死ぬなんてこと。

 突然の余命宣告の時に死の原因は教えられなかったし。

 特に理由もないまま「しばらくしたら死ぬんだよね」なんて言えない。

「突然死とか…縁起でもないこと言わないでよ」

 引きつった笑みでそう返すのが精一杯だった。

 心の中では"ごめん"と謝りながら。



 その日はひたすら、知り合いを探してはあいさつをした。

 いつもだったらすれ違えたら話すだけなのに。

 もう二度と会えない人たちに1人でも多く会って起きたかった。

 これまでずっとコスプレイベントを共にしてきた琴、舞、雅には特に感謝をする。

「今日もありがとう。楽しかったね」

「うん! またね、サーラ」

 即答できずに苦笑いを浮かべ、軽く片手を上げるだけにして3人に背中を向けた。

(バイバイ…。来世で会えたらいいね…)

 わりと本気でそんなことを考えながら。
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