レイヤーさんの恋の引換

堂宮ツキ乃

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 三町通りでは古い町並みを楽しみ、酒造店で甘酒を飲んだ。

 高山にいると居心地がいい。まるで地元の隣町に来たように身近に感じる。一昨年に来た時は住みたいと思ったくらいだ。

(今だって思うよ…。住めるものならね)

 自転車を降りて引きながら辺りを見回す。

 もうこの景色を見ることはないだろう。

 今さらだが余命宣告されたことを実感した。



 その夜、高山ラーメンを食べて店を出た。

 夜はやっぱり冷え込みが激しい。マフラーをしっかりつけて自転車に乗る。

「お嬢ちゃんありがとね。気をつけてな」

 店主のおじさんがわざわざ店の外まで見送ってくれた。

 注文した時も「どっから来たの?」と親しげに話しかけてくれた。

「どっ寒いわ…。風邪引かんようにな」

「おじさんも。接客でいろんな人来るからインフルエンザとかにならんように気をつけて下さいね」

 ついつい敬語がくずれて方言になる。
気のいい店主に手を振って走り出す。

────これが一期一会。

 幼い時に流行った本の題名の意味を噛み締めた。



 市役所前で信号待ちしていると、後ろから声をかけられた。

「紗良、ね?」

 地元から離れた場所で自分が呼ばれるわけがない。驚きつつ振り向くと、白いコートの少女がポケットに手を入れて立っていた。

 暗闇でも分かる金髪。目の色素は薄い。

 青信号になったことを気にかけつつ、首をかしげた。

「誰…ですか?」

 少女は無い胸をそらし、口の端を上げた。

「私は時の女神────運命さだめ

「さだ…め、さん? 時の女神?」

「そう。書いて字のごとく、時間の神よ。死神とよく行動しているわ。彼から聞いたけど…あなた本当に驚かないのね? 私たちの存在」 

 運命は手を上げながら肩をすくめた。その仕草は見た目と同じく欧米人らしい。

「だって二次元の定番じゃん、気軽に会える神様って」

「気軽に会えるって言ったわねあんた。そんなことはないわ、私たちに会えるのはもうすぐ死ぬ人間と人間じゃない者だけよ」

「なんかごめんなさい…」

「いいわよ別に。もうすぐ死ぬとか私もバカだわ」

「こちらこそ別に。もうすぐ死ぬなんて気にしてないから」

「死ぬの…怖くないの?」

 運命は急に声のトーンを落とし、体の後ろで手を組んだ。

 紗良はハンドルを握ったまま空を見上げ、かすかに笑ってみせた。

「怖くないよ。死なんて誰にでも来るし。あたしは人より早いだけだから」

「私たちには来ないわよ」

「そうなの? あ…確かに不老不死って感じがする…。ずっとその姿でいるの?」

「えぇ。見た目の年齢を変えることもできるけど」

 運命に促されて横断歩道を進んだ。歩きながら話すつもりらしい。紗良は彼女と歩調を合わせるために自転車を降りた。

 横断歩道を渡る間はお互いに無言だったが、市役所の前を通り過ぎた時に運命から口を開いた。

「ねぇ。このまま死んでいいの?」

 されたことのない質問に耳を疑った。が、ゆっくりと首を振った。

「うん…。やりたいことは今の内にやって終わらせるつもりだし、この世に未練もないし」

「好きな人は? 恋はしてないの? 好きなものとかもあるでしょ」

「そこをつかれると痛いな…。好きな歌手の曲聴けないのも、小説の最後を知ることができないのも、自分が小説を書けなくなるのもちょっと嫌かも…。でも余命つきつけられたらしょうがないよ」

「あんまり若い女が言うことには聞こえないわね。あんた聞き分け良すぎ。…それに小説を書いてるって?」

 ちょっと照れくさい笑みが浮かび、片手で頭の後ろをかく。

「自作してネットに上げてるよ。読んでくれる人、ちょっとずつ増えてる」

「へぇ。すごいじゃない────あ、でも私たちのことネタにして書いちゃダメよ?」

「えー…。いいネタだと思ったのに」

「バカね。あんた、読者に"コイツヤバいわ。妄想力ありすぎ"ってどん引かれるわよ」

「いやいや。妄想力あるって褒め言葉だから。もっと言ってほしいくらい」

「…あんた、見た目に反して言う事ののギャップすごいわね。そりゃ読者も増えるわよ。話し言葉がたまに似合ってないもの」

 運命がコロコロと笑った。一緒に話していて冷たい人────もとい女神だと思ったら、こんな可愛らしい笑い方もできるらしい。

 やはり彼女は名前通り女神だ。

「ねぇ紗良? 時間がほしいとは思わない?」

「え?」

 不敵な笑みを浮かべた彼女のせいか、夜の寒さのせいか。背筋が震えた。

 そんな紗良の心情を知らず、運命は指を折りながら話した。

「書いてる小説を完結させたくない? それにこうして旅行に行きたいんでしょ? 他には? 」

「…持ってる小説とマンガを読みまくりたい、みっつんの曲を聴きまくりたい」

「やりたいこといっぱいあるじゃない。時間が足りないでしょ。たったの1ヶ月じゃ」

 彼女の笑みが、見た目の年齢に合っていない。

 ぶっちゃけゾッとした。立ち止まり、彼女の背中に問う。

「何が言いたいの────?」

「久々に気に入った人間だから。手助けしようかと思って」

 ラーメンを食べて暖まったはずの体が冷えていく。

 運命は時の女神。れっきとした神様と話しているだけなのに、今の紗良にとっては悪魔と契約する場面に思えてしまった。紗良に向かって手を差し出してほほえむ運命の手を握ったら、いけない契約書にサインをしてしまうのでは────。

 だが、ためらいはなかった。浅くはあるがハッキリとうなずいた。ここでグズグズと悩んで断ったら後悔しそうだった。
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