レイヤーさんの恋の引換

堂宮ツキ乃

文字の大きさ
上 下
3 / 17

しおりを挟む
 3時間後、高山駅に到着した。

「さ…寒…」

 駅から出ての第一声。身が震え、思わず体を抱く。

 おまけに雪がうっすらと積もっている。

 そういえば特急の中からちょっと雪を見たことをやっと思い出す。

 それにこの時期になるとよく、駅の階段の上に冬の岐阜度のポスターが貼られている。雪景色の中のヤツを。

 暖かい特急の中では外していたマフラーと手袋を付け、キャリーバッグをゴロゴロと引いた。

(これだと帰りは早いかな…。夜の冷え込みハンパなさそう…)

 顔に当たる風がいつもより冷たく感じる。



 高山に着いてそのままホテルにチェックインした。

 どういう運命か、そこは一昨年も泊まったホテルだった。おかげで地図アプリを起動させることなく行くことができた。

 ガラスの扉を押し開けると暖かさに包まれた。

「すいません、じ○らんで予約した柴山です」

「はーい柴山さんですね~」

 フロントで名乗ると、受付の女性に部屋名が書かれたプレートのついた鍵を渡された。

「お部屋は5階になります。ちなみに観光ですか? お仕事ですか?」

「観光です」

「良かったらこちら使って下さい。観光マップとこの辺りの施設で使える割引券の冊子です」

 渡されたのは以前にももらったことのある地図と冊子。デザインは少し変わったようだ。

「ありがとうございます。こういうのいいですよね。温かみがあって」

「ありがとうございます~。若い人に言われると嬉しいですね~」

 女性は照れたように笑う。

 同じ中部地方でも発音が微妙に違う。

 旅行に来て楽しいことの1つは、その地元の方言が聞けることだ。

 そこでスマホの充電器を借りることもでき、モバイルバッテリーを買わずに済んだ。



 その後、雪が溶けた頃にホテルで自転車を借りて高山の町を走った。泊まったホテルのいい所の1つは自転車も借りられること。

 前回も借りたのだが、戻ってくる時間が早かったから料金を割引してくれた。

「いいんだよ。これで金稼ぎたいわけじゃないからね~」と、快く言ってくれた。

 ちょっと日が差して来て、寒さが和らいできた。

 高山陣屋へ向かうゆるい坂を自転車でサーッと駆け下りる。

 さっきまで頬を切られるように感じた冷たい風が、自転車で走って温まった体には心地よい。

(今日は三町をフラフラして…鍛治橋で飛騨牛食べて…夕方になったら高山ラーメン食べよ。早く行かないと店閉まっちゃう所多かったよね…)

 高山陣屋はまた明日の朝、と決めて通り過ぎながら朱色の橋────中橋を走る。よく朝の天気予報で見る橋だ。

 前回来た時おみやげは晩御飯の後に買おうと思って三町へ行ったら、店は全て閉まっておりオレンジの灯りに出迎えられたのだ。

(今回はおみやげ買わないけどね…。虚しいだけだし)

 旅の思い出作りはしないことにしていた。いつもイベントでも旅行でも使うカメラを、持ってくることもしなかった。

 いつもはカメラ越しに覗く景色。これは偶然ネットの記事で読んだことだが、カメラで撮ってばっかいるものは自分の記憶には残りにくいらしい。

 そんな寂しいことは嫌なので今回は、旅先の景色は目に焼き付けようと────ゆっくり眺めることに決めていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

なにをおっしゃいますやら

基本二度寝
恋愛
本日、五年通った学び舎を卒業する。 エリクシア侯爵令嬢は、己をエスコートする男を見上げた。 微笑んで見せれば、男は目線を逸らす。 エブリシアは苦笑した。 今日までなのだから。 今日、エブリシアは婚約解消する事が決まっているのだから。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

処理中です...