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────あなたの余命は1ヶ月です。紗良さん。
────…はぁ。
彼女────柴山紗良は、あいまいに返事しただけだった。別段、驚くことはなかった。
「あぁ…やっぱりか」という感想しか出てこなかった。彼女が生きることに執着がないことに、余命宣告をした相手────黒い燕尾服をまとった恐ろしいほど美形の男は呆れていた。
生きるとか死ぬとか。言うのも書くのも簡単。
だけど実際に自分が、その状況に置かれるのがこんなに早いなんて思っていなかった。
日頃、自由気ままに生きてきた罰なのか。それとも前世で重い罪を背負い、それを償うためなのか。
1人暮らしのアパート。
いつもと変わらない自分の部屋だ。
マンガや本があってゲームがあって。CDだって多い。壁には好きな歌手のポスター。
私服とは別にしてあるコスプレ用の服。
どれもがこれまでずっと、彼女の生活に彩りを与えていた。
(別に死ぬのは怖くないけど、マンガとか小説の結末を知らずに死ぬのはちょっと嫌かな…。みっつんを拝めなくなるのも…)
みっつんとは相田光守という歌手。紗良が中学生の時から好きな歌手だ。好きになってかれこれ8年近くになる。
正直、二次元モノには熱しやすく冷めやすいのだが、光守に関してはかなり長く続いている。
最近ではコスプレ衣装を作って鍛えた裁縫の腕前で、光守がテレビやコンサート、はたまた舞台で着用した衣装を再現させていた。
紗良はそれらを無言で真顔で見つめ、ゴソゴソと便箋を取り出した。シャーペンを手に取ってから思い直してスマホをいじり、ボールペンに持ち直す。
そしてスマホの画面と便箋を交互に見つめながら、さらさらとはいかないが迷いのない動きで文字を書いていった。
「そうか。辞めるのか…」
「はい。ちょっと私情で…。ホントはまだいたいんですけど。新年早々、本当にすみません。これから繁忙期なのに」
「そんなのは気にしなくていい。親戚の方が大変な思いをされとるならそちらを手伝いなさい」
「…ありがとうございます」
紗良は社長に深くお辞儀をした。
彼女は3年近く勤めた会社を辞めることにし、昨日すぐに退職届を書いた。
余命宣告されたことは黙ってある。後ろめたいが理由は全く違うことにした。詮索をされても困るが。そこは聞かないで下さい雰囲気を出して顔を伏せた。
「それにしてもよく3年勤めてくれた。柴山君なら親戚の方にとっていい働きができるよ。無理しない程度に頑張りなさい。今までご苦労様でした」
「はい…。お世話になりました…」
思わず泣きそうになって声が震えた。
入社当初から誰のことも気にかけてくれる社長で、「無理しない程度にがんばれ」の一言で何度助けられたことか。
紗良の歳から見れば祖父のような存在である社長だった。
その後はお世話になった先輩たちの挨拶に回った。異動してきて1年たったばかりの部署で、1番歳下のためかよく可愛がってもらった。
「せっかくたくさん教えて頂いたのにすみません」
理由を話してお礼を言うと先輩は、謝ることじゃないと首を振って紗良の頭を上げさせた。
「これも縁だよ。世の中意味のないことはないから」
縁。世の中に意味のないことはない。
よくこの先輩にはそのことを言われた。
恋愛経験が少ない紗良に、「いい縁があるように」と言い、人を紹介しようかとも言った。が、紗良は人見知りのため断った。
「先輩も体に気を付けて頑張って下さい」
「ありがとう。柴山さんも、辛いことがあったら素直に誰かに愚痴るんだよ」
会社を出る前、前にいた部署を通り過ぎながら少しだけのぞいた。
嫌な思い出だらけというわけではないが、あいさつする気は起きない。
「柴山さん」
「…!?」
後ろから声をかけられ、驚きすぎて声が上がらない。振り向くと、かつて同じ部署だった男性社員の先輩がいた。正直、一番会いたくない相手だ。
「…お久しぶりです」
「どうも。どったのこんな所で。バッグまで持って」
「最後のあいさつをしに来たんです。だからもう帰ります」
「やめんの? 何かあったの? そっちの部署行ってからいじめにあったの?」
質問責めに首を振り、騒ぎ立てないでくれと心の中で念じた。
「親戚の仕事を手伝うことになったので。お世話になりました」
堅い声で言い、機械的に頭を下げた。
「いえいえ~。柴山さん、真面目に働いててすごい良かったよ」
男性社員は笑いながら紗良の肩を叩く。彼女は曖昧な笑みを浮かべた。
初めは、フレンドリーで誰にも平等で接してくれる彼のことが好きだった。
だが言うことは中身が薄く、例えば褒めていても冷静になって聞けば「本当にそう思っているのか?」という内容ばかりだ。
ここを出ても頑張れ、応援してるよ、と言われたが返事はせずに曖昧にほほえんで首を縦に振ることに徹した。
紗良からは何も言わずに。
会社を出て空を見上げた。
思えばいつも出勤する時、帰る時に空を見ることは習慣になっていた。晴れの日はもちろん、雨の日も傘を上げて。
田舎の会社だから、日没時刻が早い時期は帰る頃には星空が広がっている。
(ここで見る空も見納めか)
振り返ってお世話になった会社を見て、黙礼をして背を向けた。
もうここへ来ることはないだろう。これで永遠のサヨナラ、と。
「…岐阜に行こか」
歩きながらつぶやいた。社会人になってからお金が入るようになり、ある程度貯まってきた頃に旅行へ行くことが趣味になった。
どうせすぐ死ぬから貯金を使い切ってしまおう、という気持ちではない。
後悔したくないからやりたいことをやりきろう、と思ったから。
帰った紗良はいつもイベントでも旅行でも使うキャリーバッグに必要なものを押し込み、家を出た。
────…はぁ。
彼女────柴山紗良は、あいまいに返事しただけだった。別段、驚くことはなかった。
「あぁ…やっぱりか」という感想しか出てこなかった。彼女が生きることに執着がないことに、余命宣告をした相手────黒い燕尾服をまとった恐ろしいほど美形の男は呆れていた。
生きるとか死ぬとか。言うのも書くのも簡単。
だけど実際に自分が、その状況に置かれるのがこんなに早いなんて思っていなかった。
日頃、自由気ままに生きてきた罰なのか。それとも前世で重い罪を背負い、それを償うためなのか。
1人暮らしのアパート。
いつもと変わらない自分の部屋だ。
マンガや本があってゲームがあって。CDだって多い。壁には好きな歌手のポスター。
私服とは別にしてあるコスプレ用の服。
どれもがこれまでずっと、彼女の生活に彩りを与えていた。
(別に死ぬのは怖くないけど、マンガとか小説の結末を知らずに死ぬのはちょっと嫌かな…。みっつんを拝めなくなるのも…)
みっつんとは相田光守という歌手。紗良が中学生の時から好きな歌手だ。好きになってかれこれ8年近くになる。
正直、二次元モノには熱しやすく冷めやすいのだが、光守に関してはかなり長く続いている。
最近ではコスプレ衣装を作って鍛えた裁縫の腕前で、光守がテレビやコンサート、はたまた舞台で着用した衣装を再現させていた。
紗良はそれらを無言で真顔で見つめ、ゴソゴソと便箋を取り出した。シャーペンを手に取ってから思い直してスマホをいじり、ボールペンに持ち直す。
そしてスマホの画面と便箋を交互に見つめながら、さらさらとはいかないが迷いのない動きで文字を書いていった。
「そうか。辞めるのか…」
「はい。ちょっと私情で…。ホントはまだいたいんですけど。新年早々、本当にすみません。これから繁忙期なのに」
「そんなのは気にしなくていい。親戚の方が大変な思いをされとるならそちらを手伝いなさい」
「…ありがとうございます」
紗良は社長に深くお辞儀をした。
彼女は3年近く勤めた会社を辞めることにし、昨日すぐに退職届を書いた。
余命宣告されたことは黙ってある。後ろめたいが理由は全く違うことにした。詮索をされても困るが。そこは聞かないで下さい雰囲気を出して顔を伏せた。
「それにしてもよく3年勤めてくれた。柴山君なら親戚の方にとっていい働きができるよ。無理しない程度に頑張りなさい。今までご苦労様でした」
「はい…。お世話になりました…」
思わず泣きそうになって声が震えた。
入社当初から誰のことも気にかけてくれる社長で、「無理しない程度にがんばれ」の一言で何度助けられたことか。
紗良の歳から見れば祖父のような存在である社長だった。
その後はお世話になった先輩たちの挨拶に回った。異動してきて1年たったばかりの部署で、1番歳下のためかよく可愛がってもらった。
「せっかくたくさん教えて頂いたのにすみません」
理由を話してお礼を言うと先輩は、謝ることじゃないと首を振って紗良の頭を上げさせた。
「これも縁だよ。世の中意味のないことはないから」
縁。世の中に意味のないことはない。
よくこの先輩にはそのことを言われた。
恋愛経験が少ない紗良に、「いい縁があるように」と言い、人を紹介しようかとも言った。が、紗良は人見知りのため断った。
「先輩も体に気を付けて頑張って下さい」
「ありがとう。柴山さんも、辛いことがあったら素直に誰かに愚痴るんだよ」
会社を出る前、前にいた部署を通り過ぎながら少しだけのぞいた。
嫌な思い出だらけというわけではないが、あいさつする気は起きない。
「柴山さん」
「…!?」
後ろから声をかけられ、驚きすぎて声が上がらない。振り向くと、かつて同じ部署だった男性社員の先輩がいた。正直、一番会いたくない相手だ。
「…お久しぶりです」
「どうも。どったのこんな所で。バッグまで持って」
「最後のあいさつをしに来たんです。だからもう帰ります」
「やめんの? 何かあったの? そっちの部署行ってからいじめにあったの?」
質問責めに首を振り、騒ぎ立てないでくれと心の中で念じた。
「親戚の仕事を手伝うことになったので。お世話になりました」
堅い声で言い、機械的に頭を下げた。
「いえいえ~。柴山さん、真面目に働いててすごい良かったよ」
男性社員は笑いながら紗良の肩を叩く。彼女は曖昧な笑みを浮かべた。
初めは、フレンドリーで誰にも平等で接してくれる彼のことが好きだった。
だが言うことは中身が薄く、例えば褒めていても冷静になって聞けば「本当にそう思っているのか?」という内容ばかりだ。
ここを出ても頑張れ、応援してるよ、と言われたが返事はせずに曖昧にほほえんで首を縦に振ることに徹した。
紗良からは何も言わずに。
会社を出て空を見上げた。
思えばいつも出勤する時、帰る時に空を見ることは習慣になっていた。晴れの日はもちろん、雨の日も傘を上げて。
田舎の会社だから、日没時刻が早い時期は帰る頃には星空が広がっている。
(ここで見る空も見納めか)
振り返ってお世話になった会社を見て、黙礼をして背を向けた。
もうここへ来ることはないだろう。これで永遠のサヨナラ、と。
「…岐阜に行こか」
歩きながらつぶやいた。社会人になってからお金が入るようになり、ある程度貯まってきた頃に旅行へ行くことが趣味になった。
どうせすぐ死ぬから貯金を使い切ってしまおう、という気持ちではない。
後悔したくないからやりたいことをやりきろう、と思ったから。
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