Eternal Dear7

堂宮ツキ乃

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6章

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 霞は職員室で、パソコンの画面を前にかすかな苛立ちを感じていた。

 パソコンの画面に映るのは、おもしろおかしくしたタイトルと記事。

────怪奇! 雪のないまちに広がる銀世界

────天変地異か? 小さな地震と雪と雷は神の怒り

 元々、雪が降ることは少ない富橋。連日の積雪量によって形成された銀世界は、全国で話題になっていた。ふざけ半分でデタラメな記事を執筆する者まで現れている。

 タイトルだけをざっと流し、霞は伏し目がちにを閉じた。

 何が神だ。何が起きているかもよく知らないで。人間は異常気象ですら娯楽のネタにしてしまうのか。

 霞は首を振り、デスクの引き出しの中からファイルを取り出した。やりかけの仕事がいくつかある。これを終わらせてしまいたい。勝手なことしか書かない記事を、わざわざ読んでいる暇などない。

(天災地変に乗り込む日は近いね。アイツら、世の中をあんなに騒がせているから。最近の凪はどうも生き急いでる感があるしな…アイツらを粛正したくてうずうずしてんのがよく分かるよ)

 彼はぶっきらぼうじゃない同級生の顔と、さっきまで開いていたネット記事を思い出しながら、眼鏡の奥の瞳を鋭くさせた。普段、おだやかな彼にしては剣呑な表情だ。

(私も覚悟を決めないとね…もうここに、戻って来られなくても後悔しないように)

────誰かと永遠に別れることになっても、落ち込み過ぎないように。どちらも起きてほしくないが。

 彼はフッと表情をゆるめ、ファイルからいくつか書類を取り出した。

 午後ということもあり先ほどまで眠気を感じていたが、一度集中してしまえば睡魔は消えてなくなる。

 これからはこんな風に、呑気に眠たくなる午後は来ないだろう。

(平和な毎日とはしばらお別れか…寂しいけどしょうがない。最初からこれが、運命だったのだろうから)

 霞は自嘲気味に、ペンを走らせる速度を早めた。



 その日の夜。いつもより早く、風紀委員の誰もが寝静まった時間。

 風紀委員もとい、天神地祇のメンバーは腹を括っていた。

 後悔のないように、恐れることのないように。

 そして何より────命を落とすようなことがあっても、思い残すことがないように。

 待つ側は、誰か1人でも戻ってこなくなるようなことがないよう、ひたすら祈る。

 言ってしまえば、もしもの時に死に際に立ち会うことができない。"行ってらっしゃい"と"行ってきます"が、最後の会話になってしまうかもしれない。それが1番怖い。

 天災地変を潰し、かつ無事に帰ってきてほしい。

 待つ側にできることは何も無いに等しい。それが歯がゆかった。



 朝に食堂で交わす言葉は、いつもより少なかった。

 顔は眠たそうでも、空気が緊張でピリピリしている。

 この雰囲気を感じ取って、麓もおとなしくしていた。

 この日は休日で誰も学園に用事はないが、麓と寮長以外はいつもの制服とスーツ姿だ。

 特別な日だから、気持ちを引き締めるためにそれを選んだのだろう。

 朝食を終えていそいそと自分の部屋に戻った7人は、特に荷物を持って来ることはなかったのだが。

「…おめー、何これ?」

「何って見たら分かるでしょ? お菓子だよ、お菓子」

 外に出た光の制服が何やら膨れているので、おかしいと思った凪が身体検査をした結果。ポケットから大量のキャンディーやビスケット、キャラメルなんかが出てきた。

 風紀委員寮の住人全員が外に出ている中、1人だけ気の抜けた物を所持していた。彼のポケットから、棒つきキャンディーがポトリと落ちた。

「バカ! 遊びに行くんじゃねェんだよ。おめーは本当にやる気あんのか!?」

「あるよ! だからここにいるんじゃん。お菓子くらい持っていっていいでしょー。ナギりんはいっつも、変なところでお堅いよね~」

 光は頬を膨らませて棒つきキャンディーを拾い上げた。そしてポケットから新たにキャラメルを取り出し、麓に差し出した。

「くれるの?」

「うん。ロクにゃんさっきからずっと、寂しそうな顔しているでしょ。これ食べて、笑ってよ」

 光は無邪気な笑顔を見せている。麓は自分の頬にふれ、強張っているのを感じた。

 蒼が2人の元に近づき、苦笑した。

「僕らのことを見送ると言って下さったのに、その顔じゃ”天”に行きづらいですよ。麓さんをここに置いていくという罪悪感が増します」

「ほら、アオくんも言ってることだし。僕ら最近ずっと、ロクにゃんの笑っているのを見てないから心が荒みそうだよ…ほら」

 光は麓の両頬を指でぷにっとつついた。

 彼らは今から戦いに行く。精霊代表として。それならば、見送る側の役目はただ1つ。

 麓は瞳を潤ませ、口角を上げた。

「気を付けて…無事に帰ってきて」

 涙が静かに伝い落ちると、光と蒼は満足気に笑った。麓から憑き物が落ちたようだ、と言いたげな安心感を浮かべている。

「ありがと、ロクにゃん。これで心残りがなくなったよ」

「あなたが笑っていてくれたら、僕らは安心します」

 すると3人まとめて、腕でぎゅっと固められた。

「ホムラっち?」

「あーヤバい。お前ら見てたらなんか泣きそ…」

 焔が3人のことをまとめ、腕を回していた。時折、グスッと鼻をすする音がする。

「やめてください。麓さんのハンカチになら喜んでなりますけど、焔さんの鼻水はごめんです」

「うるせー!別に泣いてねぇもん。俺は泣きそうって言っただけだもん」

 焔は腕を離して目元をこすった。

 彰は寮長と話していたようだが、焔を見てニヒルな笑みを浮かべた。

「何泣いてんだよ。今さら怖気づいたか。なんだったらお前をここに置いていってやるけど」

「大丈夫です! 行きます!」

 彰に言い返した焔の目は既に本気になっている。ここで尻込みなんてしないと、瞳が熱く語っていた。

 その様子に安心した麓は、彰と寮長が話している姿が目に入った。朝食を用意していた時のように仲良さげに…ではなく、真剣な表情をしている。

 凪はジャケットのポケットに手を突っ込んでいた。

「おめーらのクラスのこと、他の教師に頼んだのか」

「当たり前。ぬかりがあるわけないだろ」

「私は麓ちゃんの担任だから。責任持って任せておいたよ」

 麓ちゃんの担任、というワードに扇は霞をにらみつけ、歯ぎしりした。凪はそんな彼の頭をはたく。

 麓は凪のことを見て、フッと笑みを消した。

 あの日以来、彼とは何も話せぬまま。今日も言葉を交わすことなく、彼は行ってしまうのだろう。

 寂しいが彼らしいのかもしれない。

 こんなギクシャクとした関係にしてしまったのは自分のせいだから、こうなって当然だ。

「んじゃ。行ってくるわ」

「行ってらっしゃいませ。ご武運をお祈りしておりますわ」

「待っていて下さい、麓さん。なるべく早く戻ってきます。そしたら────」

「おいガキ。つべこべ言ってねェで早く”天”に連れてけ」

「るっさいですねせっかちが…」

 蒼は凪に舌打ちしてから、麓に小さく手を振った。凪に向けていたものとは違い、おだやかな表情をしている。

 一瞬の出来事だったので麓は返すことができなかった。蒼は他の者たちの元へ行き、袖をまくってブレスレットに向かって何やら唱え始めた。

 いつの間にか隣に来た寮長が麓の肩に手を置き、その様子を見守っている。

 すると7人が立つ地面に、彼らを囲むように水色の円が描き出された。その円は段々と輝きを増していく。

 7人とも、いつもと違う表情をしていた。

 1人。そして1人と消えていく。否、”天”に送られているのだ。蒼の術によって。

 ”天”へ行くのは瞬間移動に等しい。その名の通り、彼らの姿は消えて見えなくなり、”天”に到着するのはわずか一瞬の出来事。最後に蒼が消え────水色の光が空気中に霧散した。
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