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4章
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「ロークにゃん。外見て、外」
「…あ、雪だ」
灰色の空からちらほらと舞ってきた白い雪。窓に当たったそれは、淡く溶ける。
麓や光、3年生勢は本館の理科室にて授業を受けている。今の時間は自習。今日の授業内容が早めに終わったのだ。教師の指示で問題集に取り組んでいる。
理科室は大きなテーブルに、背もたれのない椅子が4つ並べられている。テーブルの間には実験器具を洗えるような蛇口がある。
麓と光は右の窓際の一番後ろの席を取っていた。
特別教室での席は原則自由で、2人は大体この辺りに座っている。理由は…ただ単に光が教師から遠い席を好むから。麓はそれに巻き込まれて彼の隣。もちろん、嵐と露と蔓も。
光が麓に声をかけたのに気づき、蔓もシャーペンを置いて窓の外を眺めた。
「ほーお…最近はほんまによう雪が降るな。富橋は一体どうなってまうんやろな。列島のほぼ中央だけど、雪国の仲間入りも近いんか?」
「しゃべってないで手を動かす」
「はいはい…って露はや!? もう半分終わったんか」
「化学式は得意」
「そうなん? 実は反対に文系が苦手やったり…」
「…減らず口」
「じゃかしいわ! …俺の言葉を遮ったっつーことは、図星だったんか~?」
露は黙り込み、机を消しゴムで乱暴にこすり始めた。消しカスがみるみるうちに増えていく。
ニンマリと笑みを深くしている蔓は、露がムッとした表情で作業しているのを眺めている。彼女は消しカスを丁寧に下敷きの上に寄せ集め、蔓のことを睨み────彼に向かって払い投げた。
「うぇぶっ!? 何しとんじゃおんどれはァ! 授業中やぞ今は!」
「ムカついたから」
「だからってこないなことするヤツはおらんやろ!」
「ここにいる」
「授業中にやっていいことと悪いことっつーもんがあるわ!」
「じゃあ…今度は放課に」
「時は関係あるか!」
蔓と露がバチバチと火花を散らし始めた所で、蔓の隣の嵐がため息をついて仲介に入った。
「みんな笑ってるよ~? 不毛な争いはやめなって」
「これは正当な争いじゃあ!」
「どこが。すっっごいガキ」
嵐の白々しい目で、蔓と露が教室内を見渡した。全員、忍び笑いをもらしている。教壇に立っていたはずの教師は、空いている椅子を持ってきて教卓に突っ伏し、眠っている。
「早く言って」
露が恨めしそうに小さくつぶやいた。嵐はシャーペンを回しながらニヤつく。
「だって犬も食わぬような喧嘩だし? 邪魔しちゃ野暮かと思って」
「ちょお待ちや! 犬も食わぬってなんなん? ん?」
さっきの羞恥から学んだのか、蔓も声を抑えている。嵐はニヒヒと笑って彼の肩をはたいた。
「あ、一言忘れていたや…犬も食わぬような夫婦喧嘩だっけ?」
「なるほど…よう分かりましたわ嵐ちゃん…って、ドアホ! ダァホ! ドツいたろか!?」
蔓は再び爆発した。ガラの悪い兄ちゃんになりつつある。
しかし嵐は怖気づくことなく、飄々としていた。
「蔓が聞いたんでしょー。あたしはそれに答えただけですー」
「表出ろやぁ! ガチで喧嘩したる。俺のこと見くびっとんなぁ。あ?」
「つるーにょ、騒ぎすぎだって…ガラ悪すぎて引くよ」
たまりかねた光が手に、彼の能力である異輝星を浮かび上がらせている。その瞳は黒く影を落としていた。
「光ぅ! キャラ変わっとるで!」
「だってつるーにょがうるさいんだもん」
「能力使うのはやめようや、な?」
「こうでもしなきゃ静かにならないと思って」
「わ…分かったから、謝るからその物体は消そう。な?」
蔓に懇願されて異輝星はブラック光とともに消えた。
その後は全員真面目に問題集に取り組んだ。麓は話の輪に入らず、降りしきる雪を眺めながら考え事に没頭していた。
(天候を左右できるのは精霊しかいない…だったらこの雪は、あの人が降らせているの?)
黒い和服に黒い長髪、赤い瞳。
(また会ってしまったらどうしよう? もう、目を合わせるなんて怖いよ…)
誰にも相談できない、敵と関わっていたこと。
しかし麓は、実際に会った零のことをそこまで悪い精霊には思えなかった。それは誰にも打ち明けられないことなのだけど。
零に憎悪を抱けないのは、彼が優しくしてくれたからか。あれは表面上の優しさには見えなかった。
(最低だ、私。今までいろんな精霊が────露さんからだって話を聞かせてもらったのに)
ふれられた手は体が芯から凍っていきそうな冷たさだったが、手が冷たい人は心が温かいと言う。だから彼も、実はそうではないか。
伝承で聞いた彼の前世は、道徳から外れた極悪なものだった。だが、それよりも麓は信じたかった。面と向かって話した、ありのままの彼のことを。
だから麓は誰にも言えないし、憎めない。誰かに言いつけて彼を死に追いやるようなことはできない。
(雪の精霊として、清廉潔白な姿で生まれ変わったのなら。再び悪に目覚めて姿形を変えても、心の奥底は綺麗なままじゃないの?)
外では雪がやみ、少しだけ太陽が顔をのぞかせた。その陽光を受け、積もった雪がキラキラと反射する。
雪は白くて、光る姿は宝石のようで綺麗だ。
ふれれば手がかじかむけど、高揚感は隠せない。
かつて花巻山にいた時、雪が降ると獣たちは楽しそうに走り回っていた。薄く積もった雪の上で。
量は多くないから雪合戦をしたり、雪だるまを作るような派手な遊びはできない。それなのに今年の積雪量は例年にないもので、山の獣たちがどうしているのか気になる。喜んでいるのか、おかしいと思っているのか。
最近は誰かに言えることが少ない。こうして自分の中で溜め込むのは、いつしかの時とよく似ている気がした。
「…あ、雪だ」
灰色の空からちらほらと舞ってきた白い雪。窓に当たったそれは、淡く溶ける。
麓や光、3年生勢は本館の理科室にて授業を受けている。今の時間は自習。今日の授業内容が早めに終わったのだ。教師の指示で問題集に取り組んでいる。
理科室は大きなテーブルに、背もたれのない椅子が4つ並べられている。テーブルの間には実験器具を洗えるような蛇口がある。
麓と光は右の窓際の一番後ろの席を取っていた。
特別教室での席は原則自由で、2人は大体この辺りに座っている。理由は…ただ単に光が教師から遠い席を好むから。麓はそれに巻き込まれて彼の隣。もちろん、嵐と露と蔓も。
光が麓に声をかけたのに気づき、蔓もシャーペンを置いて窓の外を眺めた。
「ほーお…最近はほんまによう雪が降るな。富橋は一体どうなってまうんやろな。列島のほぼ中央だけど、雪国の仲間入りも近いんか?」
「しゃべってないで手を動かす」
「はいはい…って露はや!? もう半分終わったんか」
「化学式は得意」
「そうなん? 実は反対に文系が苦手やったり…」
「…減らず口」
「じゃかしいわ! …俺の言葉を遮ったっつーことは、図星だったんか~?」
露は黙り込み、机を消しゴムで乱暴にこすり始めた。消しカスがみるみるうちに増えていく。
ニンマリと笑みを深くしている蔓は、露がムッとした表情で作業しているのを眺めている。彼女は消しカスを丁寧に下敷きの上に寄せ集め、蔓のことを睨み────彼に向かって払い投げた。
「うぇぶっ!? 何しとんじゃおんどれはァ! 授業中やぞ今は!」
「ムカついたから」
「だからってこないなことするヤツはおらんやろ!」
「ここにいる」
「授業中にやっていいことと悪いことっつーもんがあるわ!」
「じゃあ…今度は放課に」
「時は関係あるか!」
蔓と露がバチバチと火花を散らし始めた所で、蔓の隣の嵐がため息をついて仲介に入った。
「みんな笑ってるよ~? 不毛な争いはやめなって」
「これは正当な争いじゃあ!」
「どこが。すっっごいガキ」
嵐の白々しい目で、蔓と露が教室内を見渡した。全員、忍び笑いをもらしている。教壇に立っていたはずの教師は、空いている椅子を持ってきて教卓に突っ伏し、眠っている。
「早く言って」
露が恨めしそうに小さくつぶやいた。嵐はシャーペンを回しながらニヤつく。
「だって犬も食わぬような喧嘩だし? 邪魔しちゃ野暮かと思って」
「ちょお待ちや! 犬も食わぬってなんなん? ん?」
さっきの羞恥から学んだのか、蔓も声を抑えている。嵐はニヒヒと笑って彼の肩をはたいた。
「あ、一言忘れていたや…犬も食わぬような夫婦喧嘩だっけ?」
「なるほど…よう分かりましたわ嵐ちゃん…って、ドアホ! ダァホ! ドツいたろか!?」
蔓は再び爆発した。ガラの悪い兄ちゃんになりつつある。
しかし嵐は怖気づくことなく、飄々としていた。
「蔓が聞いたんでしょー。あたしはそれに答えただけですー」
「表出ろやぁ! ガチで喧嘩したる。俺のこと見くびっとんなぁ。あ?」
「つるーにょ、騒ぎすぎだって…ガラ悪すぎて引くよ」
たまりかねた光が手に、彼の能力である異輝星を浮かび上がらせている。その瞳は黒く影を落としていた。
「光ぅ! キャラ変わっとるで!」
「だってつるーにょがうるさいんだもん」
「能力使うのはやめようや、な?」
「こうでもしなきゃ静かにならないと思って」
「わ…分かったから、謝るからその物体は消そう。な?」
蔓に懇願されて異輝星はブラック光とともに消えた。
その後は全員真面目に問題集に取り組んだ。麓は話の輪に入らず、降りしきる雪を眺めながら考え事に没頭していた。
(天候を左右できるのは精霊しかいない…だったらこの雪は、あの人が降らせているの?)
黒い和服に黒い長髪、赤い瞳。
(また会ってしまったらどうしよう? もう、目を合わせるなんて怖いよ…)
誰にも相談できない、敵と関わっていたこと。
しかし麓は、実際に会った零のことをそこまで悪い精霊には思えなかった。それは誰にも打ち明けられないことなのだけど。
零に憎悪を抱けないのは、彼が優しくしてくれたからか。あれは表面上の優しさには見えなかった。
(最低だ、私。今までいろんな精霊が────露さんからだって話を聞かせてもらったのに)
ふれられた手は体が芯から凍っていきそうな冷たさだったが、手が冷たい人は心が温かいと言う。だから彼も、実はそうではないか。
伝承で聞いた彼の前世は、道徳から外れた極悪なものだった。だが、それよりも麓は信じたかった。面と向かって話した、ありのままの彼のことを。
だから麓は誰にも言えないし、憎めない。誰かに言いつけて彼を死に追いやるようなことはできない。
(雪の精霊として、清廉潔白な姿で生まれ変わったのなら。再び悪に目覚めて姿形を変えても、心の奥底は綺麗なままじゃないの?)
外では雪がやみ、少しだけ太陽が顔をのぞかせた。その陽光を受け、積もった雪がキラキラと反射する。
雪は白くて、光る姿は宝石のようで綺麗だ。
ふれれば手がかじかむけど、高揚感は隠せない。
かつて花巻山にいた時、雪が降ると獣たちは楽しそうに走り回っていた。薄く積もった雪の上で。
量は多くないから雪合戦をしたり、雪だるまを作るような派手な遊びはできない。それなのに今年の積雪量は例年にないもので、山の獣たちがどうしているのか気になる。喜んでいるのか、おかしいと思っているのか。
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