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2章
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歳下の紳士的な青年とは、町に出かける度に会うだけだったのが次第に、私塾の帰りや休日に会うようになっていきました。
彼は町の中心辺りで1人暮らしをしており、家族はいません。
────歳下が生意気かもしれんが、君と家族になれたらうれしい。
結婚を申し込むようなことを言われたのは、娘が結婚適齢期を過ぎた頃でした。
「私…ついに結婚かな…」
「ふーん」
「あんたには興味ない話題だったかしらね」
「別に」
「どっちよ、その返事は」
「俺ァ別に、お前から聞く男の話なんざおもしろくともなんともねェ」
意地っ張りな青年に久しぶりに会った娘は、紳士的な青年とのことをノロけていました。
話をするうちに、彼は不機嫌面になっていきました。隠そうともせず、不愛想な相槌を時々打つだけ。
娘はその子どもっぽい態度にイラッとし、鼻を鳴らしました。
「あっそう。悪かったわね、人の下らない! 恋愛話に付き合わせて」
「…別に下らないなんて言ってねェだろ」
「その態度がそう言ってるように見えるの。あんたねぇ、昔からそうやってすぐに機嫌悪くして1人でブリブリ怒っているけど、いつ直るわけ? もう私たちは大人なのよ。自分の機嫌くらい自分で直しなさいよ」
「そんな話はしてねェ」
「いい機会だから言っておくわ。そんなんじゃ、婿の貰い手がいつまでも見つからないわよ」
意地っ張りな青年はその美しさ故、様々な貴族の娘から結婚を申し込まれていました。
しかし彼は全て断っていたのです。
それを聞いたとき、彼が選り好みをしているんじゃないかと疑いました。
「そんなんじゃねェ。お前も、1人で考えて勝手に決めつけるのはやめろよ」
そのことに関しては言い返す言葉がありませんでした。
昔から注意されていることですが、怒りが湧くとその悪い癖が顔をのぞかせ暴れるのです。
「それは悪かったわ…」
「フン。俺が断ってきたのはそんなんじゃねェ。…お前としか結婚する気なかったんだよ」
「…え?」
最後の一言を聞き返すと、彼は娘に背を向けました。
「じゃあな。1人モンの男は消えることにするわ。特定の男がいる女といると、将来の婿殿の反感を買っちまいそうだからなそれはごめんだ」
「ちょ、ちょっと…────」
スタスタと歩き始めた男の後を追おうとしましたが、娘は突然その場に立ち尽くしました。
(また…?)
彼女は青年に向けて伸ばした腕を下ろしました。
頭の中に、十数年ぶりに見えたのです。
あの、映像が────。
それきり、青年に会うことはなくなりました。
やがて娘は、家族が持ってきた縁談に驚かされることに。
縁談自体に今さら感があるし、問題なのはその相手。
何を血迷ったのか、娘より一回りも歳上の男だったのです。
彼には無理矢理会わされました。
歳上らしい、余裕のある男でした。
しかし娘には心に決めた相手がいます。
彼女は家族に反発し、紳士風の青年を選びました。
家族は”反対”の一点張り。
青年と駆け落ちしてしまおうかと、本気で考えたこともあります。
彼も笑い、そうしようかと娘の手を握りました。
しかし、事がうまく運ぶことはありませんでした。
駆け落ちを試みた所でお見合い相手に居場所が見つかってしまい、男は青年から娘のことを奪いました。
そこでなんとも奇妙なことが起きたのです。
男は企んだ笑みを浮かべると、逃げようと抵抗し続ける娘の額に手を当てました。
するとどういうことでしょう。
暴れていた娘がおとなしくなり、彼女はその場に膝から落ちました。
青年が慌てて駆け寄り抱き起すと彼女は氷のように冷たくなり、ほんのりと紅がさしていた唇はみるみる色が薄くなっていきました。
青年は彼女の名を呼び続けましたが、返事が返ってくることはありませんでした。
彼が男のことを睨み上げると、意地悪そうな笑みを浮かべた男の手の平に、淡い黄色の物体が浮かんでいました。
それは何かとたずねると、娘の魂だと答えました。
やがてその魂は鋭い光を放ちコロンと、ビー玉状になって男の手の平の上に転がりました。
娘の魂の化身と言えるべきものは男に奪われ、彼は失踪しました。
不可解で奇妙な事態に家族は、霊媒師に相談しました。
魂関係はその人に頼めば万全だろう、と。
しかしそれと同時期に、娘の体に体温がよみがえってきました。
まるで生き返ったような────彼女の中で、新しい魂が生まれたのでした。
皆は驚きのあまり、開いた口を閉じることができませんでしたが、娘がこれからも生きてくれるならと喜びました。
青年も愛する人が戻ってきて、感極まって涙を流して彼女のことを抱きしめました。
ですが彼女は、完全に以前の彼女ではありませんでした。
人の背中を見ても、未来が見えなくなることはありませんでした。
彼女にとってそれはむしろ、好都合でした。
それから彼女は霊媒師に相談をし、自分は不慮の事故で死んだことにしました。
あのお見合い相手の男対策です。
彼女は外見を変えていきました。
セミロングだった髪はロングと呼べるまで伸ばし、髪飾りは華美なものから落ち着いた物を身に着けるようになりました。
日本古来の和服を愛していましたが、洋服を購入。
さらに家族からは離れ、愛する青年との新生活が始まりました。
一方、意地っ張りな青年には、娘の死の真相を聞かされることはありませんでした。
彼は娘のことを忘れることができませんでした。
彼女から常々言われていた性格が変わっていきました。
子どもっぽい所が無くなり、次第に落ち着いて誰からも頼られる大人になっていきました。
娘はそんな彼に嫁の貰い手ならぬ、婿の貰い手があるのかと心配していましたが、ある時に見た映像で吹き飛びました。
意地っ張りな青年が、年下の綺麗なお嬢さんと仲良く手をつないで歩いている映像。
あの彼が柔らかくほほえんでいたのです。
お嬢さんのことを見つめて、優しく。
そのお嬢さんも青年のことを、心から慕っているようでした。
それをいつか実際に見るのが彼女の願いです。
そして盛大にからかってやろうと。
きっと顔を真っ赤にして怒るだろうから、紳士風の青年と思い切り笑ってやろうと。
娘は、意地っ張りな青年に正体を明かせる日は来ないかもしれない、と思っています。
あの男がいつ、自分の存在を嗅ぎつけてくるか分からないから。
それでもいい、と娘は笑います。
そればかり気にしていたら何も楽しむことができません。
だから、その時その時を精一杯、生きていこうと思っています。
愛する人さえいれば何も怖くない。
娘はそう確信していました。
そして今日も、青年と微笑み合うのでした────。
彼は町の中心辺りで1人暮らしをしており、家族はいません。
────歳下が生意気かもしれんが、君と家族になれたらうれしい。
結婚を申し込むようなことを言われたのは、娘が結婚適齢期を過ぎた頃でした。
「私…ついに結婚かな…」
「ふーん」
「あんたには興味ない話題だったかしらね」
「別に」
「どっちよ、その返事は」
「俺ァ別に、お前から聞く男の話なんざおもしろくともなんともねェ」
意地っ張りな青年に久しぶりに会った娘は、紳士的な青年とのことをノロけていました。
話をするうちに、彼は不機嫌面になっていきました。隠そうともせず、不愛想な相槌を時々打つだけ。
娘はその子どもっぽい態度にイラッとし、鼻を鳴らしました。
「あっそう。悪かったわね、人の下らない! 恋愛話に付き合わせて」
「…別に下らないなんて言ってねェだろ」
「その態度がそう言ってるように見えるの。あんたねぇ、昔からそうやってすぐに機嫌悪くして1人でブリブリ怒っているけど、いつ直るわけ? もう私たちは大人なのよ。自分の機嫌くらい自分で直しなさいよ」
「そんな話はしてねェ」
「いい機会だから言っておくわ。そんなんじゃ、婿の貰い手がいつまでも見つからないわよ」
意地っ張りな青年はその美しさ故、様々な貴族の娘から結婚を申し込まれていました。
しかし彼は全て断っていたのです。
それを聞いたとき、彼が選り好みをしているんじゃないかと疑いました。
「そんなんじゃねェ。お前も、1人で考えて勝手に決めつけるのはやめろよ」
そのことに関しては言い返す言葉がありませんでした。
昔から注意されていることですが、怒りが湧くとその悪い癖が顔をのぞかせ暴れるのです。
「それは悪かったわ…」
「フン。俺が断ってきたのはそんなんじゃねェ。…お前としか結婚する気なかったんだよ」
「…え?」
最後の一言を聞き返すと、彼は娘に背を向けました。
「じゃあな。1人モンの男は消えることにするわ。特定の男がいる女といると、将来の婿殿の反感を買っちまいそうだからなそれはごめんだ」
「ちょ、ちょっと…────」
スタスタと歩き始めた男の後を追おうとしましたが、娘は突然その場に立ち尽くしました。
(また…?)
彼女は青年に向けて伸ばした腕を下ろしました。
頭の中に、十数年ぶりに見えたのです。
あの、映像が────。
それきり、青年に会うことはなくなりました。
やがて娘は、家族が持ってきた縁談に驚かされることに。
縁談自体に今さら感があるし、問題なのはその相手。
何を血迷ったのか、娘より一回りも歳上の男だったのです。
彼には無理矢理会わされました。
歳上らしい、余裕のある男でした。
しかし娘には心に決めた相手がいます。
彼女は家族に反発し、紳士風の青年を選びました。
家族は”反対”の一点張り。
青年と駆け落ちしてしまおうかと、本気で考えたこともあります。
彼も笑い、そうしようかと娘の手を握りました。
しかし、事がうまく運ぶことはありませんでした。
駆け落ちを試みた所でお見合い相手に居場所が見つかってしまい、男は青年から娘のことを奪いました。
そこでなんとも奇妙なことが起きたのです。
男は企んだ笑みを浮かべると、逃げようと抵抗し続ける娘の額に手を当てました。
するとどういうことでしょう。
暴れていた娘がおとなしくなり、彼女はその場に膝から落ちました。
青年が慌てて駆け寄り抱き起すと彼女は氷のように冷たくなり、ほんのりと紅がさしていた唇はみるみる色が薄くなっていきました。
青年は彼女の名を呼び続けましたが、返事が返ってくることはありませんでした。
彼が男のことを睨み上げると、意地悪そうな笑みを浮かべた男の手の平に、淡い黄色の物体が浮かんでいました。
それは何かとたずねると、娘の魂だと答えました。
やがてその魂は鋭い光を放ちコロンと、ビー玉状になって男の手の平の上に転がりました。
娘の魂の化身と言えるべきものは男に奪われ、彼は失踪しました。
不可解で奇妙な事態に家族は、霊媒師に相談しました。
魂関係はその人に頼めば万全だろう、と。
しかしそれと同時期に、娘の体に体温がよみがえってきました。
まるで生き返ったような────彼女の中で、新しい魂が生まれたのでした。
皆は驚きのあまり、開いた口を閉じることができませんでしたが、娘がこれからも生きてくれるならと喜びました。
青年も愛する人が戻ってきて、感極まって涙を流して彼女のことを抱きしめました。
ですが彼女は、完全に以前の彼女ではありませんでした。
人の背中を見ても、未来が見えなくなることはありませんでした。
彼女にとってそれはむしろ、好都合でした。
それから彼女は霊媒師に相談をし、自分は不慮の事故で死んだことにしました。
あのお見合い相手の男対策です。
彼女は外見を変えていきました。
セミロングだった髪はロングと呼べるまで伸ばし、髪飾りは華美なものから落ち着いた物を身に着けるようになりました。
日本古来の和服を愛していましたが、洋服を購入。
さらに家族からは離れ、愛する青年との新生活が始まりました。
一方、意地っ張りな青年には、娘の死の真相を聞かされることはありませんでした。
彼は娘のことを忘れることができませんでした。
彼女から常々言われていた性格が変わっていきました。
子どもっぽい所が無くなり、次第に落ち着いて誰からも頼られる大人になっていきました。
娘はそんな彼に嫁の貰い手ならぬ、婿の貰い手があるのかと心配していましたが、ある時に見た映像で吹き飛びました。
意地っ張りな青年が、年下の綺麗なお嬢さんと仲良く手をつないで歩いている映像。
あの彼が柔らかくほほえんでいたのです。
お嬢さんのことを見つめて、優しく。
そのお嬢さんも青年のことを、心から慕っているようでした。
それをいつか実際に見るのが彼女の願いです。
そして盛大にからかってやろうと。
きっと顔を真っ赤にして怒るだろうから、紳士風の青年と思い切り笑ってやろうと。
娘は、意地っ張りな青年に正体を明かせる日は来ないかもしれない、と思っています。
あの男がいつ、自分の存在を嗅ぎつけてくるか分からないから。
それでもいい、と娘は笑います。
そればかり気にしていたら何も楽しむことができません。
だから、その時その時を精一杯、生きていこうと思っています。
愛する人さえいれば何も怖くない。
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そして今日も、青年と微笑み合うのでした────。
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