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1章
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新学期が始まってから早3週間。
冬期休暇は夏季休暇のように長くなく、ざっと2週間ほど。だから休み癖はついていない。
麓は小さくあくびをした口を手で覆い、ため息をついた。
廊下を霞と歩きながら、外の景色を見やった。
そこは葉がない木が生えただけの雰囲気が広がっている────と言いたいところだが。
「大雪なんて珍しいね」
「えぇ。真っ白ですね」
一面、雪に覆われ、雪国と見間違えそうな銀世界が広がっている。
ここ富橋は、雪がちらつくことはあってもずっしりと積もることは滅多にない。それは麓も霞も経験で知っていた。
「これは毎日雪合戦し放題じゃん。変だなぁ…」
「本当ですよね…あ」
「どうかした? 何か思い出したことでも」
「いえ、大したことではないのですが。天気って精霊が操っているじゃないですか。だったらこのおかしな大雪も意図的に降らしているのでは────」
「意図的に、ねぇ…。これは予報を無視しただけのかわいい悪戯じゃなさそうだ」
霞があごに手を当てた瞬間、麓は自分の体がフラリと揺れた気がした。
(あれ…めまいかな?)
頭に片手を当てた時だった。今度は確かな揺れを感じ、左右の窓と教室の引き戸からガタガタという音が響いた。
「麓ちゃん!」
先を歩いていたはずの霞が振り向き、抱きすくめた。その表情はいつものふざけたものではない。シリアス成分が含まれた、緊張感が走るものだった。
麓は声を上げることができずに両目をぎゅっと閉じた。覚えているのは近すぎて高く感じる霞の体温。自分のめまいでなく揺れている地面。そして体全体で守られている安心感。
「麓ちゃん?」
おずおずと声を掛けられ、心配そうにこちらを見つめる霞がいた。いつの間にか廊下の隅で2人そろって、座り込んでしまっていた。どうやら霞は麓を守ろうとしてくれたらしい。
「ありがとうございます。けっこう揺れましたね」
「あぁ。びっくりしたー…」
霞は麓の手を取って立たせ、息を吐いた。
「いきなりごめん、大げさなことしちゃったよ」
霞はいつものように頬をゆるめ、窓の外に目をやった。その瞳が映すのは、灰色の雲に覆われた空。
「おかしい…嫌な感じがする…」
今日の彼はいつもと一味違った。ふざけてないどころか、真面目につぶやいた。
いつもは麓に関することではおちゃらけている霞が、あんな態度を取ったせいだろうか。あの後は日中に二度も、小さい地震が起きた。
1人で寝ている間に揺れたら怖い。ということで麓は夕食後に寮長に、同じ部屋で寝てもいいかと頼んだ。
「もちろんよいですよ。確かに怖いですもの」
彼女は皿を運びながらうなずいた。近くで扇が真面目な顔をして麓の手を取った。
「寮長の部屋じゃなくて俺の部屋に来ないか?」
すぐ隣で焔が扇の腕を引く。
「何言ってんですかあんたは。すぐそうやってキケンなことを言って」
「何お母さんみたいなことを言ってんだよ。それに”キケン”とかカタカナ変換しているヤツの方がアブナいこと考えてんだろ」
扇が蔑んだ視線を投げると、焔は髪色のように顔を真っ赤にさせて首をブンブンと振った。
「あるか! 俺はあんたじゃないんですよ!」
「どーだか…」
「扇さんには言われたくない!」
焔は必死に抗議。手を握られたままの麓は、困惑気味に固まっていた。
「ったく…俺と麓ちゃんの逢瀬の約束を邪魔すんじゃないよ赤髪が。じゃっ、今から行こっか」
「私、”はい”なんて言ってないんですけど…!」
「いいや、心の中で言ったでしょ」
「おい、扇」
そこで響いた、低く落ち着いた声。それはずっと黙っていた凪の声だった。
その一言だけでも、麓の胸はっ切なく締め付けられる。実際にそうなったわけではないのに、苦しみを取り除こうとして胸元に手を当てた。
「嫌がってんだからやめとけよ」
凪はそれだけ言うと立ち上がり、2階へ続く階段を上った。
しばしの沈黙の後、霞がぽつりとつぶやく。
「…それだけ?」
「変ですね。あの人がたったのあれだけしか注意しないなんて。いつもだったら”教師と生徒の境界線をわきまえろやセクハラ教師!”…とか言うのに」
「ごめんね、麓ちゃん。半分は冗談だよ」
あまり安心できない言葉だが、扇は手を開放した。麓は凪が消えた方向を悲し気な表情で見つめていた。
凪は以前にも増して口数が少なくなったように思う。麓自身、彼と口を聞くことが随分減った。
冬期休暇は夏季休暇のように長くなく、ざっと2週間ほど。だから休み癖はついていない。
麓は小さくあくびをした口を手で覆い、ため息をついた。
廊下を霞と歩きながら、外の景色を見やった。
そこは葉がない木が生えただけの雰囲気が広がっている────と言いたいところだが。
「大雪なんて珍しいね」
「えぇ。真っ白ですね」
一面、雪に覆われ、雪国と見間違えそうな銀世界が広がっている。
ここ富橋は、雪がちらつくことはあってもずっしりと積もることは滅多にない。それは麓も霞も経験で知っていた。
「これは毎日雪合戦し放題じゃん。変だなぁ…」
「本当ですよね…あ」
「どうかした? 何か思い出したことでも」
「いえ、大したことではないのですが。天気って精霊が操っているじゃないですか。だったらこのおかしな大雪も意図的に降らしているのでは────」
「意図的に、ねぇ…。これは予報を無視しただけのかわいい悪戯じゃなさそうだ」
霞があごに手を当てた瞬間、麓は自分の体がフラリと揺れた気がした。
(あれ…めまいかな?)
頭に片手を当てた時だった。今度は確かな揺れを感じ、左右の窓と教室の引き戸からガタガタという音が響いた。
「麓ちゃん!」
先を歩いていたはずの霞が振り向き、抱きすくめた。その表情はいつものふざけたものではない。シリアス成分が含まれた、緊張感が走るものだった。
麓は声を上げることができずに両目をぎゅっと閉じた。覚えているのは近すぎて高く感じる霞の体温。自分のめまいでなく揺れている地面。そして体全体で守られている安心感。
「麓ちゃん?」
おずおずと声を掛けられ、心配そうにこちらを見つめる霞がいた。いつの間にか廊下の隅で2人そろって、座り込んでしまっていた。どうやら霞は麓を守ろうとしてくれたらしい。
「ありがとうございます。けっこう揺れましたね」
「あぁ。びっくりしたー…」
霞は麓の手を取って立たせ、息を吐いた。
「いきなりごめん、大げさなことしちゃったよ」
霞はいつものように頬をゆるめ、窓の外に目をやった。その瞳が映すのは、灰色の雲に覆われた空。
「おかしい…嫌な感じがする…」
今日の彼はいつもと一味違った。ふざけてないどころか、真面目につぶやいた。
いつもは麓に関することではおちゃらけている霞が、あんな態度を取ったせいだろうか。あの後は日中に二度も、小さい地震が起きた。
1人で寝ている間に揺れたら怖い。ということで麓は夕食後に寮長に、同じ部屋で寝てもいいかと頼んだ。
「もちろんよいですよ。確かに怖いですもの」
彼女は皿を運びながらうなずいた。近くで扇が真面目な顔をして麓の手を取った。
「寮長の部屋じゃなくて俺の部屋に来ないか?」
すぐ隣で焔が扇の腕を引く。
「何言ってんですかあんたは。すぐそうやってキケンなことを言って」
「何お母さんみたいなことを言ってんだよ。それに”キケン”とかカタカナ変換しているヤツの方がアブナいこと考えてんだろ」
扇が蔑んだ視線を投げると、焔は髪色のように顔を真っ赤にさせて首をブンブンと振った。
「あるか! 俺はあんたじゃないんですよ!」
「どーだか…」
「扇さんには言われたくない!」
焔は必死に抗議。手を握られたままの麓は、困惑気味に固まっていた。
「ったく…俺と麓ちゃんの逢瀬の約束を邪魔すんじゃないよ赤髪が。じゃっ、今から行こっか」
「私、”はい”なんて言ってないんですけど…!」
「いいや、心の中で言ったでしょ」
「おい、扇」
そこで響いた、低く落ち着いた声。それはずっと黙っていた凪の声だった。
その一言だけでも、麓の胸はっ切なく締め付けられる。実際にそうなったわけではないのに、苦しみを取り除こうとして胸元に手を当てた。
「嫌がってんだからやめとけよ」
凪はそれだけ言うと立ち上がり、2階へ続く階段を上った。
しばしの沈黙の後、霞がぽつりとつぶやく。
「…それだけ?」
「変ですね。あの人がたったのあれだけしか注意しないなんて。いつもだったら”教師と生徒の境界線をわきまえろやセクハラ教師!”…とか言うのに」
「ごめんね、麓ちゃん。半分は冗談だよ」
あまり安心できない言葉だが、扇は手を開放した。麓は凪が消えた方向を悲し気な表情で見つめていた。
凪は以前にも増して口数が少なくなったように思う。麓自身、彼と口を聞くことが随分減った。
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