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1章
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思い出すのは去年のクリスマスパーティー。
あんなにはしゃいで楽しかったのに、今年は────。
パーティーでのごちそうの受け取りのために、富橋駅へ訪れた麓と凪。行きと違って帰りの市電ではお互いに、どんよりと表情が曇っていた。
それは市電に乗る前に共通の友人に会ってから。
凪はガラにもなく暗い表情でぼんやりしており、麓は泣き腫らした目で凪への感情に気づいた。
幸い、と言っていいものなのかどうなのか、凪は麓が泣いていることに気づかなかった。もしかしたら本当は気づいているが、話しかけないだけなのかもしれない。
かつて麓が花巻山の自宅に籠って泣いていた時、涙を拭いて抱きしめてくれたのは他の誰でもない、凪だった。
学園から突然消えた麓を必死に探し回っていた、というのは後から寮長に聞いた。
嬉しかったし、ありがたかった。風紀委員の部下としてではなく、仲間だと言い切ってくれたことも。確かその頃からだったと思う。凪を1人の精霊として、ではなく1人の男として意識し始めたのは。
それからというもの、髪を下ろすようになった。夏に前波に行った時、凪が寝言なのか戯言なのか、”髪は下ろしている方が好き”とつぶやいたのだ。
────最近は髪、束ねないんだな。
ささいなことに気づいてくれたことに鼓動がはねた。
しかし今晩の凪は隣でうつむいている麓の心情に気づくことはない。
わずかに眉間にシワが寄り、夜の海のような暗い瞳で虚空を見つめている。麓が光のようだ、と思ったことのある凪の黄金色の輝きを失っていた。
それは寮に帰ってきてからも同じ。
テーブルの上にはたくさんのごちそう、大きく立派なクリスマスツリー、リボンで作られた部屋の飾りを見ても、凪は声すら上げず表情も変わらない。
麓は通常運転で他の風紀委員や寮長に悟られぬよう、明るく振舞うように努めた。もちろん、気分は去年のように盛り上がらなかった。控えめに、マイナスな感情を押し殺した笑みを浮かべているだけ。心の片隅で凪のことを気にしながら。
ただならぬ2人の雰囲気に、風紀委員の面々と寮長は気づいていたが────クリスマスで浮かれ気味だったので、深く考えようとしなかった。
しかしその中の1人、最年少である蒼は心配していた。
いつもは彼にとって天敵のような存在である凪だが、その暗い表情に憎まれ口を叩くことは無かった。特に麓に対してはいつも以上に優しく接した。
”凪と何かあったのか”と気遣う蒼の優しさに触れ、麓は涙をうっすらと浮かべたが首を振った。
このことは誰にも話せない。
蒼はしつこく詮索することはなく、黙って彼女の手を包んでほほえんだ。
言葉はなくともそれが彼なりの、優しい気遣いなのだろう。
麓はその日の凪との会話を最後に、ろくに彼と目も合わさず口も利かずに新学期を迎えた。
あんなにはしゃいで楽しかったのに、今年は────。
パーティーでのごちそうの受け取りのために、富橋駅へ訪れた麓と凪。行きと違って帰りの市電ではお互いに、どんよりと表情が曇っていた。
それは市電に乗る前に共通の友人に会ってから。
凪はガラにもなく暗い表情でぼんやりしており、麓は泣き腫らした目で凪への感情に気づいた。
幸い、と言っていいものなのかどうなのか、凪は麓が泣いていることに気づかなかった。もしかしたら本当は気づいているが、話しかけないだけなのかもしれない。
かつて麓が花巻山の自宅に籠って泣いていた時、涙を拭いて抱きしめてくれたのは他の誰でもない、凪だった。
学園から突然消えた麓を必死に探し回っていた、というのは後から寮長に聞いた。
嬉しかったし、ありがたかった。風紀委員の部下としてではなく、仲間だと言い切ってくれたことも。確かその頃からだったと思う。凪を1人の精霊として、ではなく1人の男として意識し始めたのは。
それからというもの、髪を下ろすようになった。夏に前波に行った時、凪が寝言なのか戯言なのか、”髪は下ろしている方が好き”とつぶやいたのだ。
────最近は髪、束ねないんだな。
ささいなことに気づいてくれたことに鼓動がはねた。
しかし今晩の凪は隣でうつむいている麓の心情に気づくことはない。
わずかに眉間にシワが寄り、夜の海のような暗い瞳で虚空を見つめている。麓が光のようだ、と思ったことのある凪の黄金色の輝きを失っていた。
それは寮に帰ってきてからも同じ。
テーブルの上にはたくさんのごちそう、大きく立派なクリスマスツリー、リボンで作られた部屋の飾りを見ても、凪は声すら上げず表情も変わらない。
麓は通常運転で他の風紀委員や寮長に悟られぬよう、明るく振舞うように努めた。もちろん、気分は去年のように盛り上がらなかった。控えめに、マイナスな感情を押し殺した笑みを浮かべているだけ。心の片隅で凪のことを気にしながら。
ただならぬ2人の雰囲気に、風紀委員の面々と寮長は気づいていたが────クリスマスで浮かれ気味だったので、深く考えようとしなかった。
しかしその中の1人、最年少である蒼は心配していた。
いつもは彼にとって天敵のような存在である凪だが、その暗い表情に憎まれ口を叩くことは無かった。特に麓に対してはいつも以上に優しく接した。
”凪と何かあったのか”と気遣う蒼の優しさに触れ、麓は涙をうっすらと浮かべたが首を振った。
このことは誰にも話せない。
蒼はしつこく詮索することはなく、黙って彼女の手を包んでほほえんだ。
言葉はなくともそれが彼なりの、優しい気遣いなのだろう。
麓はその日の凪との会話を最後に、ろくに彼と目も合わさず口も利かずに新学期を迎えた。
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