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4章
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「────私は決めてる。次、ヤツに会ったら仕留めてやる。精霊の命は永遠なんて、覆して。零を仕留めて、雫も他の精霊も救う」
話が終わる頃には零の目は赤く充血し、固く握りしめた拳がかすかに震えている。一度は命を経とうと考えていたが、今は死んでる暇なんてないと決心しているようだった。
悔しさに耐えているのが、目に見えて分かる。
寡黙な露が、1年分の言葉を吐き出したような時間だった、同時に、悲しい結末に考えさせられる。
今まで、天神地祇の身であってもそんなことを考えたことはなかった。本人たちがどんな思いで結晶化されたのか、と。
それ以前にこんなに詳しく、こういった話は聞いたことがない。
”天”の中ではもう1人、結晶化されている。蒼が詳細を知っているかもしれない。今度、聞いてみようと思った。
「零…」
「そう。天災地変のトップ。禍神の生まれ変わり。雪の精霊で、言霊使い。または厨二の変人」
天災地変のトップ、零についての外見は初めて聞いた。凪にも教えてもらったことはない。
(…ん? 雪…黒…)
正反対の組み合わせに心あたりがあるように感じられたのはなぜか。
黒髪、黒い和服、堅い話し方、凄艶な笑み────。
麓の中で出会った者の姿が、カードのようにシャッフルされていく。
精霊の中では珍しい黒髪。まずは身近な彰が思い浮かんだが、彼は和服など着ないタイプだ。もう1人、つらい思い出と共に浮かんだ人が振り払った。きっと関係ないだろうし、思い出すだけで咳き込みそうだ。
さらにもう1人。
(まさ、か…)
麓は血の気が引いた気がし、寒気を覚えた。
もし、本当に予想が当たったら。
「どうかした?」
露に顔をのぞきこまれ、ハッとした。
「ううん。何も…」
何もない。そう思いたい。
────まさか自分が、知らない間に…
敵と呼べる者と関わっているなんて。
「あの、焔さん」
「ん? どーした?」
その日の夕食後。麓は焔と2人の食堂で、努めて何も無いように切り出した。
そのおかげで、焔も通りの口調。
「実はずっと気になっていることがあるんですが…。天災地変のトップって、雪系なんですか」
「そうだよ。…そういえば麓には話してなかったっけ? 悪かったな」
「いえ、お気になさらず。…雪系だとやっぱり、その人の体も冷たいのでしょうか?」
麓の新たな質問に、焔は軽く考えをめぐらせてから、困ったようにほほえんだ。
「ごめん。俺はこれ以上は分からないや…そんなに気になるんだったら、凪さんにでも聞く?」
「大丈夫です。ただの興味ですから」
「そう? じゃあ俺は部屋に戻るわ」
階段を上っていく彼を見送ると、後ろで声がした。
「ただの興味…にしては存在がデカすぎねェか? 対象が」
「ひぃっ!?」
不意打ちの凪の声は心臓に悪い。どんな隠し事も深く追求されそうだ。
「いつから…!?」
「今。台所でつまみを漁ってたら、おめーらが話し始めたからよ。いい所を邪魔しちゃ野暮だと思って静かにしてた」
凪の手には缶チューハイとイカの燻製。
夏よりは着流しをピシッと着こなしている。それでもどこか涼し気に見えてしまうのは、彼の髪色のせいだろうか。
「いい所なんかじゃないです!」
「あるかもしれねーだろ。おめーだってここに来てもう、1年は経つわけだし。焔だっておめーのこと…ま、いっか」
「私も焔さんも、そんなことは考えてないですよ」
「ふーん…? 残念だったな焔…」
「何か言いましたか?」
「何もねェ」
凪のボソッとした一言は聞こえなかったが、麓は気にしなかった。
そんなことより今、凪と2人きりでいることに胸がはちきれそうだった。
表では何もないように振る舞えるが、心の中では顔を覆いたいほど赤くなっている気がする。
(どうしちゃったんだろ、私…。最初は2人の時に緊張することはあったけど、最近は慣れていたのにな。もっといたい、なんて考えたことないよ)
麓は張りついた笑顔のまま、右手で単の袖をキュッと掴んだ。少しでも心が落ち着くように。
「おいおい。そんなことしたらシワが寄るぞ」
「あっ。ですよね…」
不自然に思われただろうか。麓は素早く放した。
「あーあ…」
凪はもったいない、と言いたげな声で麓の手を取る。
「え…えっ?」
「せっかくキレイな和服なんだから、大事に着ねェと」
世話焼きなことを言って凪は、麓の単の袖を軽くはたいた。
ありがたいが、自分が子どもじみていて恥ずかしい。
「…ん。これでいいだろ」
「ありがとうございます…」
熱に浮かされたような表情で礼を言うと、凪は別に、とだけ答えた。素っ気無さが彼らしい。
「あーっと…。実はおめーに用があったんだわ。大事な話」
「大事な話?」
その響に麓の心臓は、思い出したように高鳴り始める。
「あぁ、えっと。再来週の木曜日、予定空けておいてほしいんだけど」
「再来週の木曜日…? いいですよ」
”おやすみ”と凪が階段を上り始めてから、麓は食堂にあるカレンダーをチェックした。
再来週の木曜日────。それは誰もが楽しみにしている聖なるあの日。
「クリスマス!?」
しばらくの間、麓はカレンダーの前で固まっていたが、やがてその顔は赤くぼっと染まる。
話が終わる頃には零の目は赤く充血し、固く握りしめた拳がかすかに震えている。一度は命を経とうと考えていたが、今は死んでる暇なんてないと決心しているようだった。
悔しさに耐えているのが、目に見えて分かる。
寡黙な露が、1年分の言葉を吐き出したような時間だった、同時に、悲しい結末に考えさせられる。
今まで、天神地祇の身であってもそんなことを考えたことはなかった。本人たちがどんな思いで結晶化されたのか、と。
それ以前にこんなに詳しく、こういった話は聞いたことがない。
”天”の中ではもう1人、結晶化されている。蒼が詳細を知っているかもしれない。今度、聞いてみようと思った。
「零…」
「そう。天災地変のトップ。禍神の生まれ変わり。雪の精霊で、言霊使い。または厨二の変人」
天災地変のトップ、零についての外見は初めて聞いた。凪にも教えてもらったことはない。
(…ん? 雪…黒…)
正反対の組み合わせに心あたりがあるように感じられたのはなぜか。
黒髪、黒い和服、堅い話し方、凄艶な笑み────。
麓の中で出会った者の姿が、カードのようにシャッフルされていく。
精霊の中では珍しい黒髪。まずは身近な彰が思い浮かんだが、彼は和服など着ないタイプだ。もう1人、つらい思い出と共に浮かんだ人が振り払った。きっと関係ないだろうし、思い出すだけで咳き込みそうだ。
さらにもう1人。
(まさ、か…)
麓は血の気が引いた気がし、寒気を覚えた。
もし、本当に予想が当たったら。
「どうかした?」
露に顔をのぞきこまれ、ハッとした。
「ううん。何も…」
何もない。そう思いたい。
────まさか自分が、知らない間に…
敵と呼べる者と関わっているなんて。
「あの、焔さん」
「ん? どーした?」
その日の夕食後。麓は焔と2人の食堂で、努めて何も無いように切り出した。
そのおかげで、焔も通りの口調。
「実はずっと気になっていることがあるんですが…。天災地変のトップって、雪系なんですか」
「そうだよ。…そういえば麓には話してなかったっけ? 悪かったな」
「いえ、お気になさらず。…雪系だとやっぱり、その人の体も冷たいのでしょうか?」
麓の新たな質問に、焔は軽く考えをめぐらせてから、困ったようにほほえんだ。
「ごめん。俺はこれ以上は分からないや…そんなに気になるんだったら、凪さんにでも聞く?」
「大丈夫です。ただの興味ですから」
「そう? じゃあ俺は部屋に戻るわ」
階段を上っていく彼を見送ると、後ろで声がした。
「ただの興味…にしては存在がデカすぎねェか? 対象が」
「ひぃっ!?」
不意打ちの凪の声は心臓に悪い。どんな隠し事も深く追求されそうだ。
「いつから…!?」
「今。台所でつまみを漁ってたら、おめーらが話し始めたからよ。いい所を邪魔しちゃ野暮だと思って静かにしてた」
凪の手には缶チューハイとイカの燻製。
夏よりは着流しをピシッと着こなしている。それでもどこか涼し気に見えてしまうのは、彼の髪色のせいだろうか。
「いい所なんかじゃないです!」
「あるかもしれねーだろ。おめーだってここに来てもう、1年は経つわけだし。焔だっておめーのこと…ま、いっか」
「私も焔さんも、そんなことは考えてないですよ」
「ふーん…? 残念だったな焔…」
「何か言いましたか?」
「何もねェ」
凪のボソッとした一言は聞こえなかったが、麓は気にしなかった。
そんなことより今、凪と2人きりでいることに胸がはちきれそうだった。
表では何もないように振る舞えるが、心の中では顔を覆いたいほど赤くなっている気がする。
(どうしちゃったんだろ、私…。最初は2人の時に緊張することはあったけど、最近は慣れていたのにな。もっといたい、なんて考えたことないよ)
麓は張りついた笑顔のまま、右手で単の袖をキュッと掴んだ。少しでも心が落ち着くように。
「おいおい。そんなことしたらシワが寄るぞ」
「あっ。ですよね…」
不自然に思われただろうか。麓は素早く放した。
「あーあ…」
凪はもったいない、と言いたげな声で麓の手を取る。
「え…えっ?」
「せっかくキレイな和服なんだから、大事に着ねェと」
世話焼きなことを言って凪は、麓の単の袖を軽くはたいた。
ありがたいが、自分が子どもじみていて恥ずかしい。
「…ん。これでいいだろ」
「ありがとうございます…」
熱に浮かされたような表情で礼を言うと、凪は別に、とだけ答えた。素っ気無さが彼らしい。
「あーっと…。実はおめーに用があったんだわ。大事な話」
「大事な話?」
その響に麓の心臓は、思い出したように高鳴り始める。
「あぁ、えっと。再来週の木曜日、予定空けておいてほしいんだけど」
「再来週の木曜日…? いいですよ」
”おやすみ”と凪が階段を上り始めてから、麓は食堂にあるカレンダーをチェックした。
再来週の木曜日────。それは誰もが楽しみにしている聖なるあの日。
「クリスマス!?」
しばらくの間、麓はカレンダーの前で固まっていたが、やがてその顔は赤くぼっと染まる。
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