Eternal dear6

堂宮ツキ乃

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2章

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 冷たい風が容赦なく体に吹き付け、わずかでも肌が出ている部分は凍てついたような冷たさを感じる。

 だから手袋やマフラー、イヤーマフで完全防寒。学校指定の女子生徒用ダッフルコートも着る。デザインがかわいくて、麓は気に入っている。

 男子生徒用コートは、細身によく似合うデザイン。凪が着たのは初めて見た時、思わず目を開いてまじまじと見てしまった。他の誰よりも似合っているように映った。長身でもある凪がさらっと着こなしている姿が。

(何考えてるんだろ私…)

 麓は淡いピンクの手袋をした手を、宗元できゅっと握り締めた。さっきまで寒いとばかり思っていたのに、急に体温が上がった気がした。

 最近────というかちょうど1年前くらいから、ぼーっと考えることが多い。特に考え事の内容が凪の時に。

 麓が思うに変に意識し始めたのは、花巻山に帰った日に凪と2人だけで過ごした日からだろう。

 やがて寮が近づき、麓は片方の手袋を外してドアを開けた。その時、ふわっといい香りが漂った。寮長が早々と夕飯の仕込みでもしているのだろう。彼女は台所でせわしなく動いていた。

「ただいま、です」

 一言かけると寮長は手を止め、ほほえんだ。

「おかえりなさいませ、麓様。…というか敬語なんて使わなくてよいのですよ? 凪様たちなんて始めから敬語を使っていませんから」

「やっぱり、目上の人にはちゃんと敬語を使った方がいいかな、なんて思って」

「麓様は本当に優秀なお方でいらっしゃいますわね! 私は改めて感激致しました…あのお方たちはあなた様は見習うべきですわ、特にあのバカは」

「あ、ははは…」

 その”バカ”が誰なのか麓は分かっているから、苦笑いだけを返した。

 風紀委員長であり”天神地祇”のトップであり、500歳の精霊の間で最強と名高い凪のことをバカ呼ばわりする者など、寮長以外に滅多にいないだろう。…蒼をのぞいて。

「あ、そうだわ麓様。1時間後に、夕飯の仕上げの準備を手伝いをして頂いてもよろしいでしょう?」

「もちろんです。ちなみに今日は何ですか?」

「グラタンですわ」

 寮長はアーモンドの形をしたグラタン皿を掲げてみせた。寒い冬にぴったりのメニューだ。大食いがいるから、たくさん作るのに1人では無理があるだろう。麓はさっさと宿題を済ませようと2階に上がった。



 できたてで熱いグラタンを食べながら、話題にしたのはテストのこと。

 400年も留年しているバカ、もとい凪はこういった。

「…何百年も受けて飽きてきた」

「だったら早く卒業しろ」

 すぐさま扇のツッコミが入った。

 定期テストを何百回も受けてる分、出題のパターンを把握している────わけでもなく。

「毎年、テストを作る教師が違うからな。全く読めやしねェよ、どこがどう出るのか」

「当たり前だ。各教科、教師がたくさんいるから」

 霞はスプーンですくったグラタンをふいて冷まし、口に運んだ。

「お前と違って私と扇はもう卒業して、しばらく人間関係で勉強してからここに教師になったわけだけど…凪はどーすんの?」

「あ? 何がだよ」

「卒業してからのことだよ。進路を何か決めておかないと」

「べっつにそんなの…なりゆきでよくね」

 ガツガツとグラタンを頬張り、さらに大盛りの白米まで平らげる凪の大食いっぷりは、さながら冬眠前の熊のよう。

 大して考えもせずに行った凪に、寮長は盛大にため息をついてみせた。

「凪様だけは”なりゆき”とほざくのはダメでしょう。それはしっかりしている方が言う言葉です」

「ンだよ寮長まで…だったらいいよ。俺は卒業したら前波に戻って、のらりくらりと暮らす」

「何もしないつもりなのですね…ダメ人間、ならぬダメ精霊ですわ。ニートと言っても過言ではありませんね」

「誰がニートだバカヤロー」

 凪は手の動きを止めた。そろそろ満腹に以下づいてきたのだろか。

 そのタイミングを見計らって、というわけではないだろうが蒼が口を開いた。

「教師になるのはそうです?」

「おめーまで進路のことか」

「えぇ。凪さんの将来が心配になってきたので」

「そりゃご心配どーも。…っつーか俺は教師になるようなガラじゃねぇだろ」

 凪は箸を持った手で”ナイナイ”というように振った。

 しかし蒼は至って真面目な顔をして首を振った。

「それはどうでしょう。教師において大事なのは生徒に好かれることでしょ、第一に。その点は凪さんはクリアしているじゃないですか」

「は? 意味分かんねェ。どーゆーこと?」

 訝しげに眉を寄せた凪に、焔は蒼の代わりに思ったことを言った。

「つまりそういうことっスよ。凪さんはものすごくモテるから、教師になったとしても心配ない…つーことか蒼?」

「そーゆーことです」

 蒼がうなずくと凪は肩をすくめた。

「下らねェ…それとこれとは違うだろ。つーかむしろそれ、女子生徒限定じゃねェか」

 凪が湯飲みに手を伸ばして口をつけた。

「ねー麓ちゃんなら凪が教師になった時、どの教科を教えるが似合うと思う?」

「え?…えっと」

 麓は凪の横顔を見つめてから考えた。

 凪は何百年も留年しているが決して、勉強ができないから、という理由ではない。

 ”提出物出すのメンドくせェ”とか”授業? 今日はだりー”とほざいているだけ。

 成績は意外とクラスで半分より上、むしろ上位の成績を取っていたりする。まぁだからと言って留年に関して甘く見てもらえることはないけど。

「英語…とか」

「ふーん、英語ねェ…なんで?」

「今回のテストで英語を教えて頂いたのですが、発音がお上手でした。意外にも」

「意外にも、はいらねェだろ」

 さりげなく抗議した凪のことをするーして、扇は麓に賛同するように口を開いた。

「分かるよ、それ。なぜか英単語の発音がやたらうまいんだよね。ヘタしたら英語教師よりいい発音しているんじゃないか、ってくらいに」

「そーなの? 僕知らなかった…」

 光が驚いた顔で凪のことを見ると、彼はきまり悪そうにそっぽを向く。

 実は照れたのかも、と思ったのは麓だけ。

「じゃあさ、なんか適当に話してみてよ! 僕、ナギりんが英語を話すところ見たーい」

「なんか、ってなんだよ」

「え~っとぉ~…何がいいと思う?」

「思っきし恥ずかしい文とか」

 光が蒼に振ると、思った通りの答えが返ってきた。目はわずかに黒い光を宿している。腹黒さが瞳からこぼれたかのようだ。

「それいいかも!」

「あ。ノッちゃうんですね光さん…」

「たまにはいいでしょ。じゃあ…」

 光はニンマリとからかうような視線を凪に送った。

「結婚して下さい、って英語で言ってみてよ」

「え…そんだけ? 恥ずかしいのっつたら下ネタとかじゃね?」

「じゃあ扇さんは言えますか? 麓さんの前で」

「無理!」

 速攻で拒否した扇は体の前で腕を交差させてバツを作り、首をブンブン振った。チラッと麓のことを見ながら。

「んじゃ凪さん。言って下さい」

 全員が凪のことをじーっと見、麓もひそかに期待をにじませた瞳を向ける。

 凪は相変わらず決まり悪そうにしており、何度か咳払いをした後に目を伏せてつぶやくように言った。

「Will you marry me?」

 直後、その余韻を堪能するように沈黙が流れ────どっと沸いた。

「何スかこのムダなかっこよさ!」

「ナギりんかっけー! もう1回!」

「うっせよーおめーら! こっちはかなりハズいんだからな! 二度と言わねェよこんなこっ恥ずかしいモン!」

 凪は赤面して机をバシッと叩いた。ごまかすように食事を再開し、白米を口にかきこむ。

「まーでも、この場に凪ファンがいなくてよかったね。きっと大変な騒ぎになっていただろうし」

「なんかぐわぁ~っと凪の元に女子が殺到しそう…」

 霞と扇がのんきに笑っているそばで、麓は固まっていた。頬をほのかに桜色に染めて。

 他の者がザワついている中で、麓は凪の英文の余韻に浸っていた。さっきからずっと、耳の中にとどまって去りそうにない。

 ”Will you marry me?” ────結婚して下さい。

 精霊という、不老不死の存在に無縁な結婚という、人生における新しいステージ。

 彼らには長年、連れ添うような夫婦という形態は滅多にない。

 彼らが一途ではない、ということではない。不老不死だから一緒にいる期間が長すぎるのだ。それによってお互いが冷めてしまう。

 今はまだそれを知らない麓にとって、好きな人とずっと一緒に生きることを誓う結婚は憧れの対象だ。

 だから結婚という単語が精霊の口から出るのは、非常に稀なことだ。これから二度と聞かないことだって珍しくない。
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