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4章

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「わーウミガメ! 近っ! かわいい~」

「こら彦瀬。近づきすぎるんじゃない。落ちるよ」

「ウミガメと泳げるなら本望かな」

「海でやれ!」

 バスで爆睡していた彦瀬は出発時に睡魔と戦っていたとは思えないほどはしゃぎ回っている。どうやら夜叉の横で足りない睡眠を補えたらしい。

 そんな彦瀬を諌めるように瑞恵がそばでツッコミながら、優雅に泳ぐウミガメたちのプールを見つめている。

「1人────記録係? カメラマンが混ざっていませんか…」

 阿修羅は夜叉と1つのパンフレットを一緒に見ていたが、やまめが見学そっちのけで館内の様子を撮影しているのが気になった。パシャパシャと音を響かせながらずいずいと先へ進んでいく。

 夜叉は深く息を吐いて首を振り、彦瀬たちの横に並んでウミガメを眺め始めた。皆好き勝手に四方八方に泳いでいく様子はやまめのようだ。壁づたいに泳ぐカメ、プールの真ん中に向かって泳いでいくカメ、何もせず隅に盛られた砂の上でじっとするカメ。学校の教室の風景にもよく似ている。

あれ・・の場合は修学旅行じゃなくて取材旅行だね。もうすでにプロ意識持ってんのかな」

「また書けるようになったなら彦瀬的にはよかったよ? 一時期は動く屍みたいで見ていられなかったじゃん」

「それもそっか。私らはネタ集めの邪魔にならないように後ろの方で見学するかね」

「たぶん積極的に変わったことをしてネタ提供した方が喜ぶね────」

「こっち見んな!」

 彦瀬と瑞恵が同時に夜叉と阿修羅のことをじぃーっと見つめたが、夜叉はあっち行けと言わんばかりに手を払って顔をしかめた。

 その後も残されたメンバーはやまめを追いかけるわけでもなくゆっくりと館内を見て回った。

 優雅に、素早く、マイペースに泳ぐ魚たち。水槽の中の色とりどりの魚たちに囲まれると非日常感が増す。

 特別水族館が好きというわけではないが、見慣れない海の生物たちを目の前にして子どもに戻った気分になった。やまめほどではないが時々スマホを取り出して写真を撮った。

 大きくて高さのある水槽の上部から差し込む光が、柱のように幾筋も貫いて綺麗だ。不意に夜叉は水槽に向かって指を差した。

「あの魚おいしそう」

「やーちゃん? ここ魚屋さんじゃないよ?」

「だって新鮮なお魚さんがいっぱい…」

「もしかしてもうお腹空いたの?」

 夜叉は終始、食べられると知っている魚やカニを見つけては食べたいかもとぼやいた。食に関しては貪欲なところがあり、昼休み中に誰かにお菓子を差し出されると迷わず”ありがとう!”と受け取るタイプだ。

「そろそろご飯食べる? 昼時にはちょっと早いけど」

 瑞恵が腕時計を見ながら提案すると、館内放送が響いた。館内のプールでイルカショーが行われるらしい。

「行きたい! 見に行こ! イルカショー好き!」

 単独行動を一度やめたやまめが両手を握り締めて跳びはねた。夜叉たちよりも先へ先へ…と進んでいたのですでに館内を回り切ったのかもしれない。

 自由散策の制限時間的に水族館は午前中に出なければならない。ショーを見るならこれが最初で最後のチャンスだ。

「ご飯ならまだ大丈夫だよ。ていうかこの後食べ歩きしたいからお腹はペコペコにしておきたい」

「それなら見に行くか~」

「イルカショー見るとかいつぶりだろ。小学生ん時かな」

「イルカショー…自分は初めてです」

「そうなんだ! じゃあせっかくだから最前列で見る?」

「それはびしょ濡れフラグなのでは…」

 一行は阿修羅にイルカショーの様子のイメージを話しながら会場へ向かった。

 彼は野生のイルカなら見たことがあると言い、夜叉たちを驚かせた。

「仕事で海に出ることもありましたので。船で沖合に出てイルカの群れが並んで泳いでいるのを見た時は驚きました」

 他人だと説明がいささか面倒な詳しい話は夜叉だけに教えてくれた。

 美百合と行動を共にした時もイルカの群れに遭遇したそうだ。彼女が舟の甲板に立って歌っていたらそれに引き寄せられるように集まってきたらしい。

「やっぱり美百合の歌声は不思議な力を持っているんだ…。美百合は戯人族になる前は才能があるのに売れなかった歌手だったのかも。無念を晴らすために今、戯人族として歌手活動をしているとか?」

 正解を問うように阿修羅のことを見ると、彼は力なく首を振った。

「さぁ…自分も分かりません。美百合の戯人族になる前の素性を知っているのは頭領とパートナーだけだと思います」

「そうなんだ。当ててみてって言われたけどこりゃ難しそうだな…」

「ヤツの適当な問題に真剣に悩む必要はありませんよ。あやつは人をからかうのが好きな性悪ですから」

「そこまで罵倒するほどの嫌な女の子には見えなかったのに…」

 阿修羅の美百合の苦手意識は夜叉の想像以上らしい。これ以上話すと阿修羅の機嫌を損ねるかもしれない、と夜叉はパンフレットを開いて視線を手元に落とした。
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