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6章

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 入浴を済ませてリビングでタオルをかぶりスマホで美百合のMVを見ていた。そこへ先にお風呂に入って自室で宿題に取り組んでいた和馬がスマホを片手にリビングへ現れた。彼の手からはなにやら騒がしい声が響いている。

「さくら、例の配信者がまたやってるんだけど…」

「コエコエ? いつの間にコエリスになったの?」

 和馬の手の上で騒いでいるのは件の配信者、コエコエらしい。よく通る声と荒っぽい口調は知らない内に聞きなれてしまった。

「そういうわけじゃないけどさくらだってコエリスって…」

「皆から教わったの。それでどったの?」

「いや…ちょっとあらぬ展開になってるから聞いてほしいんだ」

「ほう?」

 夜叉は興味深そうに目を細めると、隣に座った和馬のスマホをのぞきこんだ。騒がしい声は3人分で、時々コエコエが視聴者だけに聞こえるように電話のマイクをミュートにして半笑いでつぶやいた。

『ちょっと大丈夫なのこれ…すみやんめった刺しにされてね?』

 コメント欄はおもしろがっていたり”嘘乙”、”三角関係だ”、”えぐいて…”と様々な反応があった。

 たった今途中から配信を聞き始めた夜叉には状況が読めない。

「一体何が起きてんの?」

「やまめちゃんと神崎先生のことで言いたいことがあるっていう高校生が配信者に連絡して、配信者が話を聞いてすみやんを呼び出したの。この高校生、やまめちゃんの彼氏ですみやんに”どういうことだ”って詰め寄ってるんだよ」

「やまめちゃんに彼氏…」

 正直聞いたことのない存在だ。やまめが頑なにだまっていたのだろうか。彼女の性格からしてそんな隠し事をするようには思えないが、もしかして自分とはそこまで仲良くしているつもりはないと思われているのでは…と若干ショックを受けた。

 神崎のことでからかい過ぎたのだろうか。本人にはまた改めて話を聞くことにし、夜叉は再び配信に集中し始めた。

『おい、すみやんって言ったか。よくも俺の彼女を晒してくれたなコノヤロー』

『はい…』

『その”はい”ってのはなんだ? 他に言うことがあんだろ』

『あの…えっと…すいません』

『『すいませんじゃねぇ、すみませんだ!!』』

 最後の一言は彼氏とコエコエの叫びがハモった。奇跡的なタイミングにコメント欄が”www”と湧く。夜叉と和馬もスマホの前で吹き出してしまった。

 当事者たちは微妙な雰囲気になり、彼氏は取り繕うように咳払いをした。

 よく聞くと彼氏の声は加工されているような、機能をいじったマイクを通したような声だ。

『彼氏君…レオ君だっけ? お前とは気が合いそうだわ』

『そりゃどうも。俺もあんたが話の分かる人でよかったよ』

 …なぜか新たな友情が生まれたらしい。心なしかコエコエの声が柔和になった。やまめの彼氏と名乗る男子高校生────レオも、吐いた息に怒りは感じられない。

「レオ君、ねぇ…」

「さくら? 知ってるの?」

「…ううん」

 戯人族のハーフだと分かって自分の成長が止まった頃から五感も研ぎ澄まされた気がする。夜叉にはレオの機械的な声が次第に本人の本当の声に聞こえてくるようだった。しかもそれは普段聞きなれている大人の男の声だ。

(和馬には言えないか…)

 声の正体を話したところでそれを証明できるものはない。夜叉にしか聞こえないものだから。

「やまめちゃんにこんなかっこいい彼氏がいたなんて知らなかったなー。俺たちにもその内紹介してくれるかな」

 和馬の問いかけような独り言には答えず、配信に集中するフリをして頬杖をついて体を乗り出した。夜叉の反応が無いことを彼は気にせず、見やすいように2人の真ん中にスマホを置いた。

『このちんちくりんが教師の心を奪えるわけないもんなー。おいテメーよーコラよー…何してくれとんじゃ!』

『さーせん…』

『ちんちくりん…』

『あ、やべ。彼氏の前だった』

『別に。俺もいっつも思ってるし』

『おいおいおいおい…彼氏がちんちくりんとか言うなよ』

 コエコエが呆れたように笑うと、レオは悪びれることなくツンとした調子のまま。

『ちょっと抜けててただかわいいだけじゃないんだ、アイツは。そこがいい』

『お~…。のろけてくれるじゃん。えっつぃーはしたんか?』

『は?』

『いやだから要するに”ピー”はもう経験済m』

『それ以上話したらこのアカがBANするようなこと言ったろうか』

『あ、すみませんでしたそれだけは勘弁を…』

 珍しくコエコエが焦って媚びるような声でへこへことしている。一方のレオは勝ち誇るでもなく小さく鼻を鳴らした。
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