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3章

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「君もとんだ悪いお姫様だね。僕は君の父上を殺した一族のかたきなの分かってないでしょ」

 キャスケットを軽く被った男は皮肉げな声色だが、夜叉のことを見つめる瞳は柔らかい色をしている。

 夜叉はバッグの紐を握り締めて地面を見てその視線から逃げようとした。

 あの後、結城とやまめには彼は知り合いだと説明して解散した。あの場での正体を露見したら面倒なことになる。なんてったって彼は響高の元喧嘩屋で元リーダーだ。

 影内朝来かげうちあさき。夜叉の父親である朱雀すざくを何百年も前に殺した正体不明の男。高校生として過ごしているが中身は悪魔だと一族に教えられた。そして夜叉に興味がある────らしい。

「なんで阿修羅がいないって知ってるの?」

「君の身の回りをたまに見に来てるから」

「ストーカー…?」

「失礼だな」

 朝来は仕方なさそうに笑って夜叉の頭に手を置いた。身長は夜叉と少ししか変わらないが手は大きいようだ。時々朝来の男らしい部分を見せられて心臓がトクンとはねる。

「俺は君に危害を加える気は無いからあんなに護衛しなくてもいいのに」

「阿修羅は阿修羅なりに考えてくれてるみたいだから…」

「ふ~ん。好きなの? 彼のこと」

「好きだよ?友だちとして────え、彼って…」

「あれが男のだってことくらい知ってるさ」

「まぁそうよね…」

 阿修羅たち戯人族を”裏切り者の一族”と呼んでずっと昔から敵対しているのだ。彼が知らないことはほぼないだろう。鬼子母神と毘沙門天が恋人同士だということも知っているかもしれない。

 夜叉は朝来のことに関して、一族から聞いた情報しか知らない。それにごくわずか。そのため本当に悪魔なのか疑っている。

「ねぇ、父さんとは顔見知りだったの?」

「朱雀…?」

 朝来が怪訝な顔をして立ち止まった。彼が夜叉の父親の名前を知らないはずがない。

 彼は目を見開いて額を押さえた。その手は震え始め、元々白い肌が青白く変わっていくようだった。

「ちょっと大丈夫? 熱中症とかなんじゃ…」

「発作だね」

 彼に向かって手を伸ばすと、後ろから伸びた手に腕を掴まれて阻まれた。粘着質な女の声に振り向き、夜叉はぎょっとして声を上げそうになったのをこらえて口を引き結んだ。

 夜叉の腕を掴んだのは顔の半分にやけどの跡が残ったメガネで白衣の女。長いくせっ毛を後ろで小さくたばねている。首からはネックレスを下げており、棒に無限大を縦にしたものを重ねたトップがぶら下がっている。彼女は夜叉を横へ移動させて朝来の顔をのぞきこんだ。同時に白衣の中をごそごそと手でまさぐった。

「すぐに楽にしてあげるよ…いつも薬は持ち歩いてるからね…」

 彼女は普通ではない様子の朝来を心配する素振りは見せずに懐からピルケースを取り出した。その中にはカプセル型の薬が仕切りで分けられて入れられている。

(うわ…)

 夜叉は思わず顔を歪めて口を押さえた。女の手の中をよく見ると、カプセルの薬はどれも奇妙で体に悪そうな色をしていた。

 これを朝来は飲むのだろうか。というより彼女は一体誰なのだろう。

「いらん…そんなものが無くても僕は平気だ」

「無理するな。冷や汗がすごいよ。大事な体なんだから嫌いな薬でも飲むんだよ」

 女がピルケースから薬を取り出そうとするのを止め、朝来は深く息を吐いた。ゆっくりと首を振り、顔を背けると無理やり浮かべた笑みで夜叉の頭に手を置いた。

「君にふれてたら楽になった気がする。よければ僕の頬をなでてくれないか」

 心なしか顔の青白さが無くなってきた。夜叉はおそるおそる手を伸ばし、彼の頬をそっとなでた。

 夜叉の手の冷たさに落ち着いたのか朝来は目を閉じ、彼女の手に自らのを重ねてささやいた。

「君は不思議だな…。見えない力を持っているみたい」

「何それ」

 朝来は夜叉の手に頬ずりしたかと思うと、彼女の手の平にキスをして白衣の女がいる方へ振り返った。

「────そういうことだ。薬に用は無い」

 女は口元をひん曲げてメガネのツルを持ち上げる。ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべて薬を懐に戻した。

「そうかいそうかい。独り立ちした気にでもなったのかなお坊ちゃん」

 さっきから彼女は何を言っているのだろう。朝来とは知り合いらしいが険悪な雰囲気が漂っている。薬を持っている辺り医者であるようだ。彼女はメガネを指で押し上げて八重歯を見せる。

「勝手にしな、お坊ちゃん。これだけの抵抗で我々の手の内から逃れたことにはならんだろうけどねぇ…」

「────その”我々”とやらについて話してもらおうか」

 この場に聞き慣れた声が響いたことに夜叉はひどく安心し、晴れた顔で振り向いた。しかしそこにいたのは見慣れないスーツ姿の毘沙門天で、後ろには同じくスーツを身にまとった屈強そうな男たちが控えている。

 知らない人に話しかけられ、知っている人が普段とは違う姿で現れた。誰がこの状況についていけるのだろう。

「だからこうして外には出たくないってのに…」

 女は舌打ち混じりにつぶやき、毘沙門天たちに向かって両手を上げた。
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