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4章
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千波がジャケットから取り出した物。
それに映った自分を見た先輩は、さっきとは違う引きつらせ方で顔を歪ませた。
千波が掲げたのは手鏡。最近、こうしてジャケットのポケットに忍ばせて持ち歩いている。
彼女は手鏡を印籠のように持ち、口を開いた。
「40も近くになって小娘に嫉妬ですか? 歳下にそんなこと晒して恥ずかしくないんですか? あんなことばっかして大人げないことを言ってるからこんなひどい顔になっていくんですよ。結婚なんて生まれ変わらないとできないんじゃないですか」
最後のは心にグサッと刺さったらしい。
先輩は実際に杭が刺さったかのように歯を食いしばり顔を強ばらせ、胸を押さえる。
ぶっちゃけ気持ち良かった。いつも思っていることを言える日が来るとは。ただ、嫌いな先輩全員に、ではないのが悔しいが。
千波は手鏡を下ろし、冷たくその様子を見ていた。
「安心して下さい。あたしも大概ひどいことしてますから。先輩と同じように結婚できませんから」
「うるさい! だまれえぇぇぇ!!!」
先輩はさっきの威勢を取り戻したのか金切り声を上げた。
不意の叫びに千波は今度は肩をビクつかせた。
目を伏せた瞬間、頬に鋭い痛みが走った。油断していた体がよろめき、床に手をつく。
「痛っ……」
頬を平手打ちされた。
何この展開昼ドラ? なんて全くアテが外れたようなことを思いながら、ぶたれた頬を押さえた。
思っていたよりかなり痛い。さすがにヤンキー漫画のように口の中を切ってはいないみたいだが。
にらみつけるように顔を上げると、先輩はまたしてもひどい顔で千波のことを見下ろした。
次は自分の番だと言わんばかりに。立場逆転だ。
悪あがき、というべきか千波は頬を押さえていた手をどかして淡々と口を開いた。
「……知ってますか? 最近食堂にも、防犯カメラが設置されたんですよ。あなたの今後が楽しみですね」
さっきまで怒りで真っ赤だった顔が真っ青に変わった。防犯カメラというワードにはやはり、効果があったらしい。
「────若名ちゃん!」
「……先輩」
岳の部署の先輩が息を切らして食堂へ入ってきた。真っ青な顔をしている四十路には目もくれず、千波に駆け寄る。
「どうしたの? なかなか戻って来ないから皆心配してるよ」
「すみません……」
千波が謝ると、先輩は頭を振った。
「別に謝ることじゃないよ。サボってたワケじゃないでしょ?」
「はい」
「さー戻ろー戻ろー」
先輩は千波の腕を引いて食堂を出ようとした。千波が返事とは言えない曖昧なつぶやきをこぼすと、先輩は立ち止まってくるりと振り向いた。その表情は見事なほどにこやか。
「若名ちゃんの元先輩。こんな所にいるなんてちょうど良かった。前から言いたいことがありまして。年甲斐もなく可愛こぶって……あ、実際可愛くないですけど。もっと身を慎んだらどうですか? あなたのお局仲間にもぜひよろしく」
なめらかな口調で辛辣なことを並べると、先輩は再び歩き始めた。
千波が一瞬だけ振り向くと、先輩は怒りに体を震わせていた。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「イェーイ!」
「い、イェーイ……?」
食堂の外に出ると、先輩は千波と両手を合わせた。
「だってあの女にあれだけ言ってやったんだよ? 喜ばないなんてないでしょ」
「……ま、そうですね」
先輩は鼻息混じりに後ろ手を組んで楽しそうに歩いている。
岳の部署に行くようになってからこの先輩と特に仲良くなり、お局連中のことを愚痴ることが多々。
先輩が食堂に来るまでのことを話すと、慌てて給湯室に連れて行かれて冷たい氷を渡された。
(こっちに来てから恵まれてるわ……)
頬は冷たいが心はほっこりと暖かい。ニコニコとしている先輩につられてか、千波も表情を綻ばせた。
それに映った自分を見た先輩は、さっきとは違う引きつらせ方で顔を歪ませた。
千波が掲げたのは手鏡。最近、こうしてジャケットのポケットに忍ばせて持ち歩いている。
彼女は手鏡を印籠のように持ち、口を開いた。
「40も近くになって小娘に嫉妬ですか? 歳下にそんなこと晒して恥ずかしくないんですか? あんなことばっかして大人げないことを言ってるからこんなひどい顔になっていくんですよ。結婚なんて生まれ変わらないとできないんじゃないですか」
最後のは心にグサッと刺さったらしい。
先輩は実際に杭が刺さったかのように歯を食いしばり顔を強ばらせ、胸を押さえる。
ぶっちゃけ気持ち良かった。いつも思っていることを言える日が来るとは。ただ、嫌いな先輩全員に、ではないのが悔しいが。
千波は手鏡を下ろし、冷たくその様子を見ていた。
「安心して下さい。あたしも大概ひどいことしてますから。先輩と同じように結婚できませんから」
「うるさい! だまれえぇぇぇ!!!」
先輩はさっきの威勢を取り戻したのか金切り声を上げた。
不意の叫びに千波は今度は肩をビクつかせた。
目を伏せた瞬間、頬に鋭い痛みが走った。油断していた体がよろめき、床に手をつく。
「痛っ……」
頬を平手打ちされた。
何この展開昼ドラ? なんて全くアテが外れたようなことを思いながら、ぶたれた頬を押さえた。
思っていたよりかなり痛い。さすがにヤンキー漫画のように口の中を切ってはいないみたいだが。
にらみつけるように顔を上げると、先輩はまたしてもひどい顔で千波のことを見下ろした。
次は自分の番だと言わんばかりに。立場逆転だ。
悪あがき、というべきか千波は頬を押さえていた手をどかして淡々と口を開いた。
「……知ってますか? 最近食堂にも、防犯カメラが設置されたんですよ。あなたの今後が楽しみですね」
さっきまで怒りで真っ赤だった顔が真っ青に変わった。防犯カメラというワードにはやはり、効果があったらしい。
「────若名ちゃん!」
「……先輩」
岳の部署の先輩が息を切らして食堂へ入ってきた。真っ青な顔をしている四十路には目もくれず、千波に駆け寄る。
「どうしたの? なかなか戻って来ないから皆心配してるよ」
「すみません……」
千波が謝ると、先輩は頭を振った。
「別に謝ることじゃないよ。サボってたワケじゃないでしょ?」
「はい」
「さー戻ろー戻ろー」
先輩は千波の腕を引いて食堂を出ようとした。千波が返事とは言えない曖昧なつぶやきをこぼすと、先輩は立ち止まってくるりと振り向いた。その表情は見事なほどにこやか。
「若名ちゃんの元先輩。こんな所にいるなんてちょうど良かった。前から言いたいことがありまして。年甲斐もなく可愛こぶって……あ、実際可愛くないですけど。もっと身を慎んだらどうですか? あなたのお局仲間にもぜひよろしく」
なめらかな口調で辛辣なことを並べると、先輩は再び歩き始めた。
千波が一瞬だけ振り向くと、先輩は怒りに体を震わせていた。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「イェーイ!」
「い、イェーイ……?」
食堂の外に出ると、先輩は千波と両手を合わせた。
「だってあの女にあれだけ言ってやったんだよ? 喜ばないなんてないでしょ」
「……ま、そうですね」
先輩は鼻息混じりに後ろ手を組んで楽しそうに歩いている。
岳の部署に行くようになってからこの先輩と特に仲良くなり、お局連中のことを愚痴ることが多々。
先輩が食堂に来るまでのことを話すと、慌てて給湯室に連れて行かれて冷たい氷を渡された。
(こっちに来てから恵まれてるわ……)
頬は冷たいが心はほっこりと暖かい。ニコニコとしている先輩につられてか、千波も表情を綻ばせた。
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