レイヤーさんの社内恋愛【アルファポリス版】

堂宮ツキ乃

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3章

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 ななとゆきは見つからず。千波はため息をついて近くの壁に寄りかかった。

 その時、笑い声が聞こえて思わず顔を上げた。

 遠くで友だちと別れて一人で歩く空人の後ろ姿を再びとらえた。

 本当は声をかけるなんて予定に入れていない。

 ただ、元気そうな顔を拝めればいい。

 しかし、これで帰ったら後悔しそうだった。

「空人君!」

 名前を呼びながら思わず駆け出した。

 自分はこんなキャラなはずないのに。

 振り返った彼は、会わなかった期間分大人びて見えた。

 千波のことを覚えているのかいないのか。空人は怪訝な顔をしている。

 そのことは想定済みなので、特に悲しいとか残念とかいう感情は思い浮かばなかった。

「若名だけど覚えてる?」

 頭一つ分、背の高い相手をこんな感情で見上げたのは久しぶりだった。甘酸っぱい気持ちがよみがえってくるようだった。

 空人は柔らかく甘い笑みを浮かべた。

「覚えてるよ。すぐに分かった」

「でも今、"誰?"って顔したよね?」

「痛い所つくなよ……。思い出せなかったの一瞬だけだからさ」

 そう言って笑い合う。高校時代では考えられない。千波は緊張して笑顔を浮かべるどころではなかったから。

「いつも楽しそうだったから」

「何が?」

「アニメとかマンガの話をしてる時。だから分かったよ」

「そう?」

「うん。パッと分かんなかったのは髪が短くなったからだよ。前はもう少し長かったし、縛ってたから」

 高校を卒業してから千波は、髪の長さをロングからセミロングに変えた。髪を下ろすようにもなった。

「なんか雰囲気変わったよね。彼氏でもできた?」

「ううん……」

 どういう関係でどんな感情を抱いているのかはっきりと言えない男ならいるが。その男の顔と同時に苦笑いが浮かぶ。

 千波のスマホがバッグの中で振動した。ななかゆきだろうか。突然はぐれた千波のことを気にして連絡してきたのかもしれない。というか最初からそう連絡すればよかった。

 千波は控えめに笑みを浮かべた。

「久しぶりに会えてよかった。じゃあね」

「うん。また」

 身を翻しつつ手を振る。空人が言った"また"は来ないと思う。これ以上一緒にいたら未練がましくなる。

 彼と再会して別れたら泣くだろうかと思っていたが、涙の気配はない。

 空人に久しぶりに会い、不思議と心が軽くなった気がした。彼と繋がりたいと思っていた縁の糸がフッと、自分の方へ戻ってきたような。想いが叶うような相手じゃないから、縁も疲れきっていたのだろうか。

(空人君、あたしの名前呼ばなかったもんね。ホントははっきりとは思い出せなかったんだ……。あたしなんてそんなモンだよな)

 長年の呪縛のように心に留まり続けていた空人の存在は、これで清算されたようだ。

 少しだけ笑みが浮かび、スマホを取り出す。

「……チナ?」

 ホームボタンを押してロックを解除しようとした時だった。

「香椎さん? どうして?」

 岳だ。いつものスーツではなく私服だ。おしゃれにマフラーを巻いてる当たり、似合ってて腹が立ってくる。それをかっこいいなんて思った自分にも。

「この大学に俺の高校時代の恩師がいてさ。せっかくだしあいさつしようかと思って。それに大学の文化祭に一度行ってみたかったし。チナは? なんでここにいるの?」

「会いたい人がいて────」

「誰? 男?」

 うっと押し黙った千波の様子に目を光らせる。おもしろそうに目を細めてあごに手をやった。

「ははーん……。ドンピシャか。で。どういうヤツ? 俺よりイケメン? あ! この前話してたヤツか!!」

「なにげ自画自賛かよ」

 彼のいつもの調子に半目で見上げる。空人より身長が低い岳。昨日ぶりの見上げる角度はいつも通り。

 しばらく見合っていたが千波から視線をそらした。岳からの視線はいつも逃げたくなってしまう。
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