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3章

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「ねぇ。創成大そうせいだいの文化祭に行かない?」

「行こ行こ! 前から行きたかったんだよね」

「文化祭……?」

 千波はなな、ゆきと駅前のカフェでコーヒーとケーキのセットを楽しんでいた。

 ななからの提案に千波は微妙な表情をした。

 創成大とは富橋にある大学の一つ。その大学に思い入れがあるわけでなく。

「もしかして空人そらと君のこと?」

「……察した?」

「うん」

 空人とは千波たちの高校時代の同級生。三年生の時は同じクラスだった。しょっちゅう一緒に話してたわけではないが、二次元モノで気が合うクラスメイトの一人だった。

「もしかしてまだ好きなの?」

「……わかんない。まだ好きなのか忘れられないだけなのか……」

 千波は空人のことが好きだった。地元では見たことがない感じがいいタイプで、恋愛に関して頑なだった彼女が唯一好きになった男子。

 だが告白できるようなキャラではなかったので、そのまま卒業してしまった。卒業式の日にも何も話せず。

「はー……。忘れられなくて早三年ですか……。チナの片想いは長いですな……」

「ホントそれね。自分でもバカだと思うよ、いつまでずるずる考えてるんだろうって」

「別にいいじゃない? あたしはチナの一途さ、嫌いじゃないよ」

 でもね、とゆきはカップを持ち上げた。

「片想いも長ければいいってモノじゃないよ。想いが実らないならキッパリ諦めた方がいいよ。そうじゃないとチナが辛いだけだよ」

「……うん」

 ゆきの最もらしい意見に千波は小さくうなずいた。



✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼



 大学というものに訪れたのはこの日が初めてだった。

 高卒で就職したので大学なんて通わなかったが、校舎内に入ると懐かしさがこみあげてきた。

 知らず内に学生時代を思い出しているのかもしれない。

 この日は文化祭ということもあり、様々な人が多く集まっていた。ここに通う学生の父兄らしき者や友人、小さな子どもを連れた母親や中高生もいる。

「すごいねー! うちの高校もなかなかだったけど、大学となると規模が違うね」

 ななも初めての大学にはしゃいでいるようだった。辺りを物珍しそうに見渡している。

 千波も声には出さなかったが、大学という知らない場所に新鮮さを感じていた。

 そしてひそかに空人のことを探す。

 今日の目的は、空人のことを遠くからでもいいから見ること。

 ななとゆきにはもちろん言ってある。

 そんな消極的なことを言わなくても、とななに言われたがこれでいい。

 一目でも見ることができたらきっと、これで空人のことを忘れられるだろうから。

 ゆきは黙って聞き、千波の肩をポンと叩いた。

────チナがそれで後悔しないなら私はいいよ。応援する。

 それからは空人を探しつつ文化祭を楽しんだ。

 学生が作った展示品や部活動による発表や販売、模擬店の行列、バザー。

 久しぶりの学生気分は楽しかった。会社のことを忘れることができて。

 その時だった。空人の姿を視界の隅でとらえたのは。

「……っ?」

 模擬店でたこ焼きを三人で買った後だった。ハッとなってその方向に視線を走らすと────懐かしい顔があった。

 友だちと三人で談笑しながら歩いている空人。

 元気そうな表情に笑みがこぼれた。

 これでいい。目的を果たせた。

 しばらく一人で立ち止まっていたせいだろうか。隣には誰もいなくなっていた。

(げっ……こんな所で迷子!?)

 千波は冷や汗をかきながら、入口でもらったパンフレットを慌てて開く。

 そして当てもなく歩き始め、校舎内へ入った。
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