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序章
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冷たい風が体をなでる。
だが去年に比べたらずっとマシだ。彼女は自分にそう言い聞かせ、吹いてくる風に目を細めた。去年のこの日は雨上がりでこれ以上の風が吹いていた。
若名千波、21歳。愛称はチナ。コスプレが趣味のOLだ。
この日は高校時代からの友人である、ゆきとななとイベントに参加しに来た。
「さ~む~い~! あとでカイロ買いに行こ!」
「今年の更衣室列ヤバくない? 皆何時から並んでんの?」
「SNS見たけど七時から並んでる人がいるみたい」
「うっそ!? これでも去年より早く来たのに……。来年はもっと早くに来る? コ〇ケみたいに」
「イベントなくなるよ……」
千波はスマホをしまいながらため息をついた。
更衣室列は年々長くなっていく気がする。千波はレイヤー歴二年のクチだが、レイヤー人口がじわじわ増えているのを感じていた。
「もう寒いの我慢できない! 列離れてコンビニ走ってっていい!?」
「……あたしのホットココアあげるから我慢して」
「チナー!? いいの?」
「うん。ななが列に戻ってきて白い目で見られたくないから」
「あっ……。それ結構心に刺さる…」
千波はかすかに笑ってななにココアの缶を渡す。ゆきは手に息を吹きかけた。
「私も何か買ってくれば良かったかな……。あとどれくらいで更衣室入れるんだろ……」
「男性の方は前の方にお願いしまーす!」
なんというタイミングか、スピーカーを通したスタッフの声が響いた。女である千波たちは同時にため息をついた。それは周りも同じ。
レイヤーは女性率が高い。そのため男子更衣室はほとんどのイベントでガラガラ。規模が小さいイベントの時は一人で貸切状態になることもある、というのをなんとなく聞いたことがあった。
「お~やっと更衣室入れるか~」
後ろから近づいてくる声に、千波の眉が音が鳴りそうな勢いで寄った。ただならぬ表情に、ななとゆきは首をかしげた。
「チナ? どうかした?」
「やっぱココアは渡したくない?」
「いやそうじゃなくて。なんか聞き覚えのある声────」
声が似てるだけで、知ってる人ではありませんように。アイツには会いたくないから。
千波が祈りつつ振り向くと、そこにはキャリーバッグを引きながら歩く男性が二人。片方は知らないが、もう片方は────。
「かs……!?」
明るい茶髪の男も千波に気づいたらしい。"げっ"と言いたげな表情で、慌てて唇に人差し指を当てた。
考えることは同じだったようだ。仕草だけで千波は察し、こくこくとうなずいた。
その男が立ち去ると、それを見ていたななとゆきが千波に問いかけた。
「知り合い? イケメンだったね」
「知り合いっちゃ知り合い……」
「へ~? コスプレしてることバレるとマズイ相手? 相手もレイヤーだからおあいこかな?」
「…会社の先輩」
「「え゙」」
「しかも苦手な人」
千波はこの日一番のため息をつき、その後ろ姿を目で追った。
だが去年に比べたらずっとマシだ。彼女は自分にそう言い聞かせ、吹いてくる風に目を細めた。去年のこの日は雨上がりでこれ以上の風が吹いていた。
若名千波、21歳。愛称はチナ。コスプレが趣味のOLだ。
この日は高校時代からの友人である、ゆきとななとイベントに参加しに来た。
「さ~む~い~! あとでカイロ買いに行こ!」
「今年の更衣室列ヤバくない? 皆何時から並んでんの?」
「SNS見たけど七時から並んでる人がいるみたい」
「うっそ!? これでも去年より早く来たのに……。来年はもっと早くに来る? コ〇ケみたいに」
「イベントなくなるよ……」
千波はスマホをしまいながらため息をついた。
更衣室列は年々長くなっていく気がする。千波はレイヤー歴二年のクチだが、レイヤー人口がじわじわ増えているのを感じていた。
「もう寒いの我慢できない! 列離れてコンビニ走ってっていい!?」
「……あたしのホットココアあげるから我慢して」
「チナー!? いいの?」
「うん。ななが列に戻ってきて白い目で見られたくないから」
「あっ……。それ結構心に刺さる…」
千波はかすかに笑ってななにココアの缶を渡す。ゆきは手に息を吹きかけた。
「私も何か買ってくれば良かったかな……。あとどれくらいで更衣室入れるんだろ……」
「男性の方は前の方にお願いしまーす!」
なんというタイミングか、スピーカーを通したスタッフの声が響いた。女である千波たちは同時にため息をついた。それは周りも同じ。
レイヤーは女性率が高い。そのため男子更衣室はほとんどのイベントでガラガラ。規模が小さいイベントの時は一人で貸切状態になることもある、というのをなんとなく聞いたことがあった。
「お~やっと更衣室入れるか~」
後ろから近づいてくる声に、千波の眉が音が鳴りそうな勢いで寄った。ただならぬ表情に、ななとゆきは首をかしげた。
「チナ? どうかした?」
「やっぱココアは渡したくない?」
「いやそうじゃなくて。なんか聞き覚えのある声────」
声が似てるだけで、知ってる人ではありませんように。アイツには会いたくないから。
千波が祈りつつ振り向くと、そこにはキャリーバッグを引きながら歩く男性が二人。片方は知らないが、もう片方は────。
「かs……!?」
明るい茶髪の男も千波に気づいたらしい。"げっ"と言いたげな表情で、慌てて唇に人差し指を当てた。
考えることは同じだったようだ。仕草だけで千波は察し、こくこくとうなずいた。
その男が立ち去ると、それを見ていたななとゆきが千波に問いかけた。
「知り合い? イケメンだったね」
「知り合いっちゃ知り合い……」
「へ~? コスプレしてることバレるとマズイ相手? 相手もレイヤーだからおあいこかな?」
「…会社の先輩」
「「え゙」」
「しかも苦手な人」
千波はこの日一番のため息をつき、その後ろ姿を目で追った。
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