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1章
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晴れた日の午後。この日も猛暑日と称すのにふさわしい真夏の暑さが寮を襲っていた。
昼間から全部屋でクーラーを使うな命令が寮長から出ているため、ほとんどの者が連日涼しい1階の食堂で過ごしていた。
2階の自室で窓を全開にするより、1階で窓を開けた方が涼しい。それに電気代もかからないので寮長にとって嬉しい節約。こういった経費はアマテラスが負担するが、寮長は無駄使いをしないようさせないよう心がけている。
そんな彼女は今日、食材の買い出しに出かけている。蒼はその荷物持ちとして彼女について行った。
一方の居残り組は、この前の雷の日とほぼ同じことをしている。
「ふぁ~ぁ…。風が通るとは言え…あっちーモンはあっちー…」
扇は夏休み明けの授業の内容を教科書片手にノートにまとめていたが、暑さにダレてシャーペンを放った。
夏休みなので彼もずっと私服。基本毎日、半袖Tシャツにブランドもののジャージだ。ノートから下敷きを引っこ抜いて扇ぐ。
「目の前でそんなことをされるとうつるじゃないか…」
霞は扇と同じくダルそうな様子で読んでいた本にしおりを挟んだ。
彼も同じく私服。珍しく長髪を後ろでしばっている。彼曰く、夏はこうしていないと蒸し暑いらしい。"だったら髪切れ"とハサミを持った凪に追いかけ回され、一時だけ短髪になったのは何百年も前の話。
霞よりうんと髪が長い麓は、腰に届く髪をポニーテールにしてリボンでまとめている。霞と比べると髪の毛が細くさらさらとしているので、どこか清涼感がある。
「よっしゃ仕留めたァ! お先~」
「あぁっ!! 完ッ全に油断した…」
焔と光は今日もゲーム対戦に燃え、どうやら焔が勝ったらしい。負けた光はスマホ片手にうなだれた。
「ということで光。アイスよろしくな」
「今度は絶対僕が勝つからね!」
2人はどっちが買い物に行くかを賭けて勝負をしていたようだ。
光が渋々と言った様子で立ち上がると、他の者たちも買い物を頼む。
「俺もアイス~。ガ〇ガリ君のリッチ。味はチャレンジ精神がいらないヤツ」
「私はアーモンドチョコで」
「俺はイカの燻製」
「はいはい分かったよ! ホムラっち以外は後で徴収するからね。ロクにゃんは? アイス? お菓子?」
「ううん、私は大丈夫」
麓は読書をしていたが顔を上げて首を振った。
「そっか。あ、ねぇロクにゃん。一緒にコンビニ行こうよ。ずっと読書で座りっぱなしは体によくないよ」
「なんだそれ! さりげ麓のこと誘うなよ! よし俺も行ってやる」
「ホムラっちは誘ってませんー。今からロクにゃんと2人っきりで出かけてくるから。ね~ロクにゃん」
話を振られた麓は苦笑しながら、またもや首を振った。
「ごめん…。なんとなく頭クラクラするからやめておくね…」
「頭クラクラって…大丈夫なの!?」
光に聞かれて麓は力なくうなずいた。よくよく見ると、元から白い肌に青みが挿しているような不健康な色をしていた。
「あんま大丈夫そうじゃねェぞ。部屋で寝た方がいんじゃね?」
思わずと言った様子で凪が口を開いた。
彼はほぼ年中変わらない着流し姿。特に何かするでもなく、縁側でうちわを扇ぎながらたたずんでいた。
しかし麓のことが気になったのかうちわを帯に差して部屋の中へ入った。
「平気です。本の続きが気になるので」
「そういう理由かよ」
「でも麓ちゃんらしいね。辛かったら私が膝枕を…」
「黙っとけ変態。…おい!」
凪が霞に冷たく返した後、麓の表情が虚ろになった。その額に手をふれた彼は違和感を感じた。普通の体温に比べたらずっと暑いような。
「まさかおめー…」
凪が再び口を開いたと同時に麓は目を閉じ、ふらっとした様子で凪に寄りかかる。彼女が読んでいた本がバサっと床に落ちた。
麓の呼吸は荒く、目元をぎゅっと寄せて辛そうだった。
「麓!」
他のゲームをやっていた焔はスマホを放って麓に駆け寄った。
「気絶? どうして?」
「…熱中症?」
「だろうな」
焔と光に凪が短く答えると、彼は麓の首にふれた。ポニーテールにしているのにこの温度…。原因は彼ならすぐに分かる。
「こんなクソ暑い日に襦袢をきっちり着てるからだバカが…。つか何枚着てやがんだ、そりゃ体温も上がるわ。涼しい山の中と同じだと思ってんなよ」
凪は舌打ちまじりにつぶやき、麓を椅子に座らせ直した。熱中症にかかった際の手当てを思い出しながら重大なことに気づいて顔をしかめる。
患者を涼しい格好にしなければいけないのだが。
(なんでこういう時に限って寮長がいねェんだよ…)
凪はしゃがんで頭を抱える。彼女の荒い呼吸がすぐ間近で聞こえた。
事は一刻を争う────は大げさだが、何にせよこの中の誰かがやらなければいけない。
「ちょいとコイツの襟を…」
「「それは私(俺が)!!」」
真っ先に挙手して駆け寄ってきたセクハラ教師たちに肘打ちをくらわせると、2人は死んだカエルのように床の上で仰向けになった。
光と焔は下心まみれの精霊を半眼で見下ろしてから遠慮気味に口をそろえた。
「やっぱりここは委員長がやるべきじゃないスか」
「僕も賛成。同じ和服だし」
まさか自分がやる羽目になるとは────彼女の襟元をゆるめる役目を。
凪は意を決して麓を抱え上げ、彼女の部屋のベッドへ運んだ。
昼間から全部屋でクーラーを使うな命令が寮長から出ているため、ほとんどの者が連日涼しい1階の食堂で過ごしていた。
2階の自室で窓を全開にするより、1階で窓を開けた方が涼しい。それに電気代もかからないので寮長にとって嬉しい節約。こういった経費はアマテラスが負担するが、寮長は無駄使いをしないようさせないよう心がけている。
そんな彼女は今日、食材の買い出しに出かけている。蒼はその荷物持ちとして彼女について行った。
一方の居残り組は、この前の雷の日とほぼ同じことをしている。
「ふぁ~ぁ…。風が通るとは言え…あっちーモンはあっちー…」
扇は夏休み明けの授業の内容を教科書片手にノートにまとめていたが、暑さにダレてシャーペンを放った。
夏休みなので彼もずっと私服。基本毎日、半袖Tシャツにブランドもののジャージだ。ノートから下敷きを引っこ抜いて扇ぐ。
「目の前でそんなことをされるとうつるじゃないか…」
霞は扇と同じくダルそうな様子で読んでいた本にしおりを挟んだ。
彼も同じく私服。珍しく長髪を後ろでしばっている。彼曰く、夏はこうしていないと蒸し暑いらしい。"だったら髪切れ"とハサミを持った凪に追いかけ回され、一時だけ短髪になったのは何百年も前の話。
霞よりうんと髪が長い麓は、腰に届く髪をポニーテールにしてリボンでまとめている。霞と比べると髪の毛が細くさらさらとしているので、どこか清涼感がある。
「よっしゃ仕留めたァ! お先~」
「あぁっ!! 完ッ全に油断した…」
焔と光は今日もゲーム対戦に燃え、どうやら焔が勝ったらしい。負けた光はスマホ片手にうなだれた。
「ということで光。アイスよろしくな」
「今度は絶対僕が勝つからね!」
2人はどっちが買い物に行くかを賭けて勝負をしていたようだ。
光が渋々と言った様子で立ち上がると、他の者たちも買い物を頼む。
「俺もアイス~。ガ〇ガリ君のリッチ。味はチャレンジ精神がいらないヤツ」
「私はアーモンドチョコで」
「俺はイカの燻製」
「はいはい分かったよ! ホムラっち以外は後で徴収するからね。ロクにゃんは? アイス? お菓子?」
「ううん、私は大丈夫」
麓は読書をしていたが顔を上げて首を振った。
「そっか。あ、ねぇロクにゃん。一緒にコンビニ行こうよ。ずっと読書で座りっぱなしは体によくないよ」
「なんだそれ! さりげ麓のこと誘うなよ! よし俺も行ってやる」
「ホムラっちは誘ってませんー。今からロクにゃんと2人っきりで出かけてくるから。ね~ロクにゃん」
話を振られた麓は苦笑しながら、またもや首を振った。
「ごめん…。なんとなく頭クラクラするからやめておくね…」
「頭クラクラって…大丈夫なの!?」
光に聞かれて麓は力なくうなずいた。よくよく見ると、元から白い肌に青みが挿しているような不健康な色をしていた。
「あんま大丈夫そうじゃねェぞ。部屋で寝た方がいんじゃね?」
思わずと言った様子で凪が口を開いた。
彼はほぼ年中変わらない着流し姿。特に何かするでもなく、縁側でうちわを扇ぎながらたたずんでいた。
しかし麓のことが気になったのかうちわを帯に差して部屋の中へ入った。
「平気です。本の続きが気になるので」
「そういう理由かよ」
「でも麓ちゃんらしいね。辛かったら私が膝枕を…」
「黙っとけ変態。…おい!」
凪が霞に冷たく返した後、麓の表情が虚ろになった。その額に手をふれた彼は違和感を感じた。普通の体温に比べたらずっと暑いような。
「まさかおめー…」
凪が再び口を開いたと同時に麓は目を閉じ、ふらっとした様子で凪に寄りかかる。彼女が読んでいた本がバサっと床に落ちた。
麓の呼吸は荒く、目元をぎゅっと寄せて辛そうだった。
「麓!」
他のゲームをやっていた焔はスマホを放って麓に駆け寄った。
「気絶? どうして?」
「…熱中症?」
「だろうな」
焔と光に凪が短く答えると、彼は麓の首にふれた。ポニーテールにしているのにこの温度…。原因は彼ならすぐに分かる。
「こんなクソ暑い日に襦袢をきっちり着てるからだバカが…。つか何枚着てやがんだ、そりゃ体温も上がるわ。涼しい山の中と同じだと思ってんなよ」
凪は舌打ちまじりにつぶやき、麓を椅子に座らせ直した。熱中症にかかった際の手当てを思い出しながら重大なことに気づいて顔をしかめる。
患者を涼しい格好にしなければいけないのだが。
(なんでこういう時に限って寮長がいねェんだよ…)
凪はしゃがんで頭を抱える。彼女の荒い呼吸がすぐ間近で聞こえた。
事は一刻を争う────は大げさだが、何にせよこの中の誰かがやらなければいけない。
「ちょいとコイツの襟を…」
「「それは私(俺が)!!」」
真っ先に挙手して駆け寄ってきたセクハラ教師たちに肘打ちをくらわせると、2人は死んだカエルのように床の上で仰向けになった。
光と焔は下心まみれの精霊を半眼で見下ろしてから遠慮気味に口をそろえた。
「やっぱりここは委員長がやるべきじゃないスか」
「僕も賛成。同じ和服だし」
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