Eternal Dear 9

堂宮ツキ乃

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6章

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 雷は肉体だけになった直後、体を動かし思考回路を働かせるための動力が徐々に生まれた。

 もちろん能力は使えないため、実質ただの人間だった。しかし歳を取ることはなくそのままの姿で年月を過ごした。

 アマテラスに相談してしばらくは”天”でひっそりと人間の勉強をしていた。もちろん人間界で教鞭をとっていたのですぐに覚えた。

 人間となった身を守れるようにとアマテラスから武器化身である偽刀ぎとうを授かった。それが今のヘアピンだ。

 時が過ぎ、人間界での時代も変わると彼女は人間界に降りて家庭教師のバイトや塾の講師を勤めるなど教育関係の仕事に携わった。

 そしてアマテラスの命によって風紀委員寮の寮長として働くことになった。

 弟分の蒼、幼なじみのような凪、同期の扇と霞に正体がバレるのではないかと思ったが、その心配はすぐに吹きとぶ。

 扇と霞は初めの頃は口説いてきたし、凪は相変わらずタメ口で生意気な態度。蒼は変わらず懐いてくれた。

「…都合いいっちゃいいけど腹立つわよね。扇君と霞君はあたしが精霊の時に言い寄るどころかそんな素振りさえ見せなかったじゃない。んで凪ィ! あれは仮に好きだった女に聞く口かアレはァ!」

「雷ちゃん、実はもっと俺らに意識されたかったのか…」

「大体君には美形彼氏がいたんだもの。そういうこと、言えるわけないだろう」

「それもそうね~」

 雷は彰の隣に行くとその腕に自らのを絡めた。あまりにも自然な流れに彰が驚かないことに、アマテラスと本人たち以外は目をパチクリとさせた。

「悪ィな。俺は雷が結晶化された現場に立ち会っていたから、コイツが人間になったことも寮長になったことも全部知ってる」

 2人はしょっちゅう会っていたという。休日に遠くへ出かけたり、夜に少しだけ会ったり。クリスマスイブは必ず2人で過ごしてきた、とのこと。

「毎年ある寮長たちのイブパーティーは半分だけ参加してあとは彰君と出かけていたの」

「寮長がいつも言っていた彼氏ってのは彰で…あ、じゃあそのペンダントって」

 雷の首にあるシルバーのペンダント。トップにあるのは弾丸をかたどったもの。

「ビンゴの景品じゃなくて彰君からのプレゼント。オーダーメイドだって! さすがはあたしの彼氏よね♪」



 その後、結晶化を解かれた3人の決意表明が行われた。

「私は”天”の研究員になって地震対策を考えたいと思います。天神地祇や皆さんに救われた命、今度は誰かのために役立ちたい」

「おぬしはそう言うと思っていたわい。ということで竹。おぬしさえよければ共に来るとよい。おぬしの絶品たけのこご飯を皆に振舞ってくれんかのう。はんぺんと鶏肉が入ったもの、2種類を用意してな」

「…はい!」

「久しぶりに食べられるんだね…楽しみにしてるよ」

 震と竹は手を握ってほほえみ合う。実際に2人が難でいるのを初めて見た麓は、これが姉妹というものなんだろうと感じた。ただの友人関係ではない、それよりも別の強さを持った絆。

「雫はどうしたい?」

「俺は…”天”で天気のことを学びたいです。震さんみたく、誰かの役に立てるように」

「それもよいの。人間界にはこれからも自由に遊びに行くのじゃろう?」

「もちろんですよ。あとは露や蔓君と一緒に過ごしたい」

 雫は爽やかな笑顔を浮かべて露の頭をなでた。今日の彼女はいつもより女の子のような表情で雫に寄り添っている。

「…うん、私も」

 アマテラスはにこやかにほほえんだ。雫と露は兄妹のようだ。露と目が合った麓はよかったねと伝わるようにほほえんだ。露は今まで見たことのない可愛らしい笑顔で小さく手を振った。

「雷は人間界で教師になるのじゃろう? 彰よ。長いこと生徒のフリ、ご苦労であった。もう卒業してええからの」

「ありがとうございます」

「はァ!? ちょっと待て! 生徒のフリ? どゆこと?」

 留年がたまりにたまっている凪は、簡単に卒業を言い渡された彰のことが聞き捨てならないらしい。

「彰には雷のことを身近で守れるように長く学園に在籍していたのじゃ」

「じゃあ今までのコイツの留年はなんだったんスか?」

「あれは全部わざとだ。優秀な生徒が何百年も留年はおかしいから不良を演じてきた」

 彰はサラッと答えて凪に向かってドヤ顔。それが癪にさわった凪のこめかみに血管が浮く。

「てめーのどこが優秀だァ!」

「凪よ、そうカリカリするでない。おぬしにもそれなりの褒章を与える。楽しみにしておれ」

「…卒業させてください」

「リクエストか。ま~そんなものかのう。だがおぬしには今しばらくこの学園にいてもらうぞ」

 アマテラスはいたずらっぽい笑みを浮かべた。



 風紀委員と雷と彰だけが残った。人数が減り、にぎやかさが少しだけおとなしくなった。

「やっと会えたね! ライライ!」

「どーも初めまして…になりますかね」

 雷とは初対面の光と焔がそれぞれ挨拶をした。まだ戸惑いはあるがその内慣れる。雷は寮長であって寮長は雷なのだから。

「2人も驚かせてごめんね」

 困った顔で笑う雷に2人はそんなことはないと首を振る。寮長が雷であることよりも驚くことが目の前で起きていた。

「もう、蒼? 離れなさいよ…」

「…嫌です」

 蒼は雷にしがみつくようにずっとくっついていた。彰が「ちょっと妬くわ」と言った時の表情は見物。

「蒼って実はシスコンだったのか…」

 当の本人には聞こえていないらしい。睨みつけられるかと思いきや彼は顔を上げることなく雷を抱きしめていた。やがて彰に引き剥がされて頭をなでられてなだめられていた。

「…凪」

「ん?」

「よかったわね、こんなに健気でかわいい恋人ができて。今時あんなしっかりした女の子、早々お目にかかれないわよ」

 雷の言葉に凪は口の端を上げた。何も答えることはなく麓を見つめた。彼女はめそめそしている蒼を彰たちと共に慰めている。

(ずっと前に見たのは凪の未来だったんだ。また実現したのね)

 結晶化される前、最後に会った凪の背中に見えた幻覚。

 彼が育ちの良さそうなお嬢さんと歩いている姿。そのお嬢さんこそが麓だったのだ。



 学年末テストが終わり、春休みを迎えた。

 風紀委員寮にはアマテラスが訪れ、天神地祇たちにそれぞれ褒章を与えられた。

 教師の扇と霞は次年度から学年主任、担当科目の主任に昇格。

 生徒勢はまず焔が12年生に飛び級し、1年で卒業する。光と麓は5年生、蒼は3年生に飛び級。

 麓については凪の要望でアマテラスによって元の髪色に戻った。久しぶりの萌黄色に驚いていたら、アマテラスは麓の体質を変えることはできなくてもせめて姿だけはいつまでも変わらないようにしたいからと小さく笑った。

 彰と雷はもうすぐ学園を出る。新居を用意されているらしい。

「…理事長。俺は? 例のあれは?」

「そう急かすでない、今から言うから。…おぬしが承認するかどうなのか、じゃが」

「へー。でもナギりんが一番頑張ったから僕らよりご褒美すごそうだね」

「そうは言っても留年男じゃからの~」

 アマテラスは麓の肩に手を置いてほほえんだ。

「すべては凪が麓のことをどれだけ大切にしたいか…になるかの」

「え?」



 春休みが終わる直前に彰と雷は寮を去ることになった。全員が外に出て彰と雷の見送りをした。

 風紀委員寮も今日で使われなくなる。天神地祇としての活動は終わったから彼らを1つの場所でまとめる必要はない。それぞれ教師寮や女子寮、男子寮に移動する。必要な荷物は全て運び出してあり、後は不要なものを処分するのみ。この建物をこれからどうするのかは決められていない。

「今までお世話になりました」

「ちィと世話になった」

「ライライ…ずっとありがとう。ご飯おいしかったよ!」

「こちらこそありがと、光君。君は何でもよく食べてくれたね。嬉しかったわ」

 光は一瞬顔が崩れたが、涙をこらえて笑ってみせた。隣で焔もしゅんとした表情でうつむきがちになった。

「寂しくなりますね…2人もいなくなるなんて」

「そりゃどーも。お前らといるの結構楽しかったぜ。特に焔はからかいがいがあった」

「え」

 彰はわずかに笑うと麓の頭をなでた。急なことに驚いたが、これが当たり前なのも今日が最後だと思うと寂しくなる。彼は最後まで”姫さん”呼びをやめなかった。

「姫さんもありがとな。いつも癒されてた」

「そんなこと…」

「なくないわ。でも姫さんなんて妬けるわね。まさかそう呼んでいたなんて…浮気されたかと思いそうだったわ」

 そこに凪が、頭の後ろで手を組んでからかい口調で口を挟む。

「おめーと付き合って浮気なんてしたら刺し殺されそうだな。なんつったって熊殺しのおんn────」

 ズドンッ。久しぶりに聴いた刺突音。それはもちろん────。

 雷はうつむき、目の下に隈を作って体を震わせている。彰以外もその姿に震えだす。最後の最後までこれは避けられないのか…。

「あんたってヤツはあたしにはすぐそういう口利きやがって…。今までどんだけガチで刺し殺そうかと思ったことかァ!」

「雷ちゃんこわ~い。マジ雷親父みt」

「扇君も何か言った?」

「い、いえ。雷の女神様、と…」

「さすがは雷ちゃん、変わりないなぁ~って…」

 扇と霞は冷や汗をかきながら答えた。雷の瞳は鋭い。

「凪ィ! ヘアピン取ってきなさーい!」

「はいはい…ったく面倒な女…」

 ブツクサ言いながら凪はヘアピンの刺さった木に近寄り、誰にも気づかれないように木の傷口をそっとなでた。

 手に力を入れていつもの容量でヘアピンを引っこ抜こうとしたのだが。ボキッと嫌な音が全員の耳に届いた。

 凪は顔だけ動かして振り向き、頬を引くつかせて冷や汗を流した。

「やっべ~…これ、折れたな…」

「凪のバカァ! アマテラス様になんてお伝えすればいいのよ!」

「おめーが取ってこいっつたんだろうが! そもそもおめーが投げるのが悪ィんだろ!」

 言い争いも最後の最後まで絶えない2人。ヘアピンのことはアマテラスに正直に謝ることにした。

 その後、蒼がなかなか雷と彰から離れようとしなかった。彼は2人のことを心から慕っていたようだ。

「もう二度と会えないわけじゃないんだから…。いつでも遊びに来なさい、ね?」

「新婚生活の邪魔をするような野暮なことは…」

「何言ってんだ。気にするな」

 2人でを言いなだめ、彼はやっと離れた。凪は特に名残惜しそうな表情をしていない。

「元気でやれよ、おめーらなりに。たまには学園に遊びに来いよ」

「うん。あんたこそ元気でね。麓ちゃんのこと、しっかり守んなさいよ。麓ちゃん、このバカをできたら末永くよろしくね」

「バカって…うなずいたら怒られそうです」

 麓の苦笑に全員が笑った。彼らの別れに涙は似合わない。

 それぞれが風紀委員寮であったことを思い出していた。入寮時や学園でのイベントの企画を持ち込んで練っている時、テスト勉強を全員でしたこと、寮長のご飯をその日あったことを話しながら食べたこと、天災地変の下っ端を片付けたり、学園の風紀を取り締まったり。

 精霊の人生は長いがその中で濃い時間を多く過ごしたのはやはりこの寮だ。これからも忘れることはないだろう。思い出して懐かしみ、この頃に戻りたくなるかもしれない。

(これが最後じゃないから…)

 麓は女子寮に向かいながら洋服の袖を握った。部屋では嵐と露が待っている。

 また新しい楽しい思い出を作っていきたい。学園での生活はまだ先は長い。
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