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5章

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 古城に個人的に好かれたかったのだけど。
 
 その思いは虚しくも届かなかったらしい。もしくは気づかないフリか。

 どっちにせよ、自分は選ばたいと思ってはいけない。

 古城にはもう、運命の相手がいる。

 志麻は彼の手を取って距離を取った。

「あ、ごめん…つい」

「大丈夫です。嫌じゃなかったから」

 不安げに表情を戸惑わせた古城を安心させるように首を振る。

「古城さん。余計なおせっかいですけど…有栖川さんのこと、はっきりしてあげて下さい。姉御は待ってますよ」

 そして数歩離れ、頭を下げた。これ以上笑顔を保とうとしたらまた涙がこぼれそうだ。2回目は見られまいと、志麻はかすかにほほえんだ。

「長い間、ホントにお世話になりました。どうかお幸せに────」

「ミタちゃんもだよ!」

「…え?」

「ミタちゃんも幸せにしてもらいなよ! 俺なんかと違って好きだってストレートに言える人に!」

「はは! 古城さん最後までイタい!」

 思い切り笑ってしまえ。そんな餞別の言葉、泣いてしまうに決まってる。

 志麻は軽く会釈だけして背中を向けて歩きだした。

(あたしはもう、充分幸せですよ…。皆にかわいがってもらえて愛されて────)



 カランコロンと音がしてドアが開く。

 辻本はコートの襟をしっかりと立てていた。

 3月に入ったが寒さはまだ厳しい。

 午後6時。カフェ『慶』はもう閉店時間だが、この日は特別に営業中だ。

 辻本の妻が今夜は同窓会で、それだったらここで晩ごはんを食べていけばいいと、昼間に慶司が提案したのだ。それを聞いていた志麻も参加するといって残業を決めた。

「…ごめんな慶司────」

 カウンターの中にいる青年に謝るように顔の前で手を出したら、彼は唇に人差し指を当てて視線をカウンター席の隅に向けた。

「志麻ちゃん?」

 ささやくような声で問うと、慶司はグラスを拭きながらうなずいた。

 視線の先には、カウンターテーブルに突っ伏して眠っている志麻の姿があった。

「今日は客が多かったからな…。さすがのコイツでも疲れてんだろ。最後の客が帰ってからずっとこうだ。しょうがないヤツだな…ったく……」

 口は悪いが声の調子と表情が優しい。

 傍から見たら恋人同士に見える。

 辻本はイスにバッグを置き、コートを脱いで背もたれにかけようとして────思い直して志麻の元へ静かに歩み寄り、彼女の肩にかけてやった。

 その時、わずかに彼女の口角が上がった気がした。表情もおだやかだ。

(…夢でも見てる?)

 静かに寝息を立てている彼女の頭をよしよしとなでた。

 一部始終を見ていた慶司は口の端を上げる。

「なんだよお父さん発揮してんじゃん」

「可愛い娘だからな。風邪ひかせちゃダメだろ」

「いやいや。三田園さんはそんなヤワじゃないだろ」

「お前な…」

 変わらない慶司の憎まれ口に呆れつつ乾いた声で笑った。
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