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10章
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慶司が晩御飯の準備を始めた頃に志麻は一葉へ連絡を入れた。
慶司の本音をやっと聞けて、今日はご飯をごちそうになる、と。
なんだかいつしかもこんなことがあったわねぇ? でもあの時よりずっと嬉しそうね。
そう言う一葉の声も嬉しそうだった。慶司は料理に集中しているから、こちらの電話の声は聞こえないだろう。
「うん…。言われてうれしかったよ」
『よかったわね。慶司君なら私も賛成だから。彼だったら朝帰りでも何も言わないわ』
「あ…朝帰り!?」
『じゃ、ご飯できたからバイバーイ』
「ちょっといっちゃん? 終わり方雑!?」
「朝帰りだって?」
「ぬあぁぁぁ!?」
志麻はスマホをポーンと放り投げてバタバタバタッと慶司から離れた。いつの間にか背後で聞いていたらしい。手には菜箸、エプロンを装備している。
「…なんで聞いてたんですか」
「いや。急にリビング出て行ったから気になって」
彼は菜箸を持ってるのと反対の腕を彼女の肩に回した。
「朝帰りの許可取りか? ご飯を作ってもらってるんだったな」
「ぐ…ご飯は今日はいらないって言っただけです!」
「ふーん…。お前明日は休みにしてあったけど、明日の朝ごはんもいらないって伝えておきな。店も休みにするから」
「えっ…!?」
「ん? 何をそんなに赤くなってんだ。ただ、お前が聞きたいことを話すのに時間がかかりそうだからそうしただけだ」
早とちりした志麻はまた赤くなり、リビングへそそくさと戻った。
ポニーテールをほどかれた。
そっと頬にふれられた手は熱い。おそるおそるなのか、繊細なものを扱うようになのか。暗闇に慣れてきた目で見えたのは、座って向き合っている慶司の不安げな表情だった。
「前原さん…?」
「ごめん、傷つけないか心配で……今まで選んだ人は眠りにつくと、俺の魔王時代の記憶の夢を見るらしい…。皆逃げたよ。残酷なこともしてきたから」
「私は…大丈夫です。綺麗ごとかもしれないけど、過去のあなたより今のあなたが大事だから。どんな夢を見ても大丈夫ですから」
彼の頭をなでると、志麻の手にすがるように頬を寄せた。
しばらく頭をよしよしとなでていたら、不意に身を寄せてきて抱きしめられた。腕の力が夕方の時よりずっと強い。
そっと腕を回し返し、ゆっくりと力をこめた。
怖い夢、見てない…?
夢中で求め合って、気づいたら眠っていた。志麻が目を覚ますと、慶司は彼女の頭をなでて見つめていた。
「……何も。怖くなんてなかったよ」
戦争、虐殺、破壊の繰り返し。
「怖くない……気遣ってくれてありがとう。あなたは────優しい魔王様だね」
そう言って志麻が優しく抱きしめると、慶司は泣きそうな顔で志麻の肩に顔を埋めた。
ありがとう、と小さくつぶやくのが聞こえた。
もしかして受け入れてくれた人間は初めてなんだろうか。そんな自意識過剰な考えが思い浮かんだが、そんなものは消した。そんな大層なものになれなくていい。自分が彼を支えていければ────。
(……あぁ、これが”愛”か)
志麻は自分の中に生まれた感情に温かい気持ちになり、慶司の背中を優しくたたいた。
「共有した彼女は、何もなく過ごしているのですね」
悪魔との対峙の後、片付けを代わりにやってくれた死神と運命はカフェ『慶』に訪れていた。志麻は駅前へ買い物中だ。
「……あぁ。こっちがめちゃくちゃ心配していることも知らずにな」
「たくましい人間の恋人でいいことじゃない」
「嫁だ」
「そうね、魔王様のお嫁様だったわね」
わざとらしくかしこまった言い方をする運命に慶司は舌打ちをし、そっぽを向いた。
「まぁまぁ二人とも……。久しぶりなんですからもうちょっと大人な対応をしましょう」
「うるせー」
「うるさいわね」
ほぼ同時の返答に死神は、苦笑いをするばかり。
悪魔のアヤトには今世で”死んで”もらうことになった。
悪魔は人間になれない。故に彼は記憶を保ったまま身体だけ転生を繰り返していた。身体の若さを保つための行為をしても、最近は効かなくなってきたらしい。
だったら一度本当の意味で死んで、生まれ変わってしまった方がいい。
彼は最後に不思議なことを言っていた。見守りたかった人間がいたから、どうしてもすぐには死にたくなかったと。
志麻のことかと思いきや違うらしく。アヤトは過ぎたような人だし、いいだろう。死神は慶司のことを見た。
この魔王も記憶を保ったまま転生しているが、身体はなんともないらしい。やはり魔力の違いだろうか。ただ彼も今世で転生は最後にするらしい。最高の花嫁を見つけたのにいいのかと聞いたら、それでいいんだと。
本来、自分はこの世に存在すべき者でなく、彼女と結ばれるべき者ではないかもしれない。だから、今世で彼女と生きて死んで、あるべき場所に落ち着こうかと思っている。とのことだった。
本当は志麻にホレこんでいて、今世だけでなく来世も……と夢を見ているだろうに。
志麻がもうすぐ帰ってくるだろう。恋人たちの邪魔をしてはいけないと、死神は運命をつれて店の外へ出た。
慶司の本音をやっと聞けて、今日はご飯をごちそうになる、と。
なんだかいつしかもこんなことがあったわねぇ? でもあの時よりずっと嬉しそうね。
そう言う一葉の声も嬉しそうだった。慶司は料理に集中しているから、こちらの電話の声は聞こえないだろう。
「うん…。言われてうれしかったよ」
『よかったわね。慶司君なら私も賛成だから。彼だったら朝帰りでも何も言わないわ』
「あ…朝帰り!?」
『じゃ、ご飯できたからバイバーイ』
「ちょっといっちゃん? 終わり方雑!?」
「朝帰りだって?」
「ぬあぁぁぁ!?」
志麻はスマホをポーンと放り投げてバタバタバタッと慶司から離れた。いつの間にか背後で聞いていたらしい。手には菜箸、エプロンを装備している。
「…なんで聞いてたんですか」
「いや。急にリビング出て行ったから気になって」
彼は菜箸を持ってるのと反対の腕を彼女の肩に回した。
「朝帰りの許可取りか? ご飯を作ってもらってるんだったな」
「ぐ…ご飯は今日はいらないって言っただけです!」
「ふーん…。お前明日は休みにしてあったけど、明日の朝ごはんもいらないって伝えておきな。店も休みにするから」
「えっ…!?」
「ん? 何をそんなに赤くなってんだ。ただ、お前が聞きたいことを話すのに時間がかかりそうだからそうしただけだ」
早とちりした志麻はまた赤くなり、リビングへそそくさと戻った。
ポニーテールをほどかれた。
そっと頬にふれられた手は熱い。おそるおそるなのか、繊細なものを扱うようになのか。暗闇に慣れてきた目で見えたのは、座って向き合っている慶司の不安げな表情だった。
「前原さん…?」
「ごめん、傷つけないか心配で……今まで選んだ人は眠りにつくと、俺の魔王時代の記憶の夢を見るらしい…。皆逃げたよ。残酷なこともしてきたから」
「私は…大丈夫です。綺麗ごとかもしれないけど、過去のあなたより今のあなたが大事だから。どんな夢を見ても大丈夫ですから」
彼の頭をなでると、志麻の手にすがるように頬を寄せた。
しばらく頭をよしよしとなでていたら、不意に身を寄せてきて抱きしめられた。腕の力が夕方の時よりずっと強い。
そっと腕を回し返し、ゆっくりと力をこめた。
怖い夢、見てない…?
夢中で求め合って、気づいたら眠っていた。志麻が目を覚ますと、慶司は彼女の頭をなでて見つめていた。
「……何も。怖くなんてなかったよ」
戦争、虐殺、破壊の繰り返し。
「怖くない……気遣ってくれてありがとう。あなたは────優しい魔王様だね」
そう言って志麻が優しく抱きしめると、慶司は泣きそうな顔で志麻の肩に顔を埋めた。
ありがとう、と小さくつぶやくのが聞こえた。
もしかして受け入れてくれた人間は初めてなんだろうか。そんな自意識過剰な考えが思い浮かんだが、そんなものは消した。そんな大層なものになれなくていい。自分が彼を支えていければ────。
(……あぁ、これが”愛”か)
志麻は自分の中に生まれた感情に温かい気持ちになり、慶司の背中を優しくたたいた。
「共有した彼女は、何もなく過ごしているのですね」
悪魔との対峙の後、片付けを代わりにやってくれた死神と運命はカフェ『慶』に訪れていた。志麻は駅前へ買い物中だ。
「……あぁ。こっちがめちゃくちゃ心配していることも知らずにな」
「たくましい人間の恋人でいいことじゃない」
「嫁だ」
「そうね、魔王様のお嫁様だったわね」
わざとらしくかしこまった言い方をする運命に慶司は舌打ちをし、そっぽを向いた。
「まぁまぁ二人とも……。久しぶりなんですからもうちょっと大人な対応をしましょう」
「うるせー」
「うるさいわね」
ほぼ同時の返答に死神は、苦笑いをするばかり。
悪魔のアヤトには今世で”死んで”もらうことになった。
悪魔は人間になれない。故に彼は記憶を保ったまま身体だけ転生を繰り返していた。身体の若さを保つための行為をしても、最近は効かなくなってきたらしい。
だったら一度本当の意味で死んで、生まれ変わってしまった方がいい。
彼は最後に不思議なことを言っていた。見守りたかった人間がいたから、どうしてもすぐには死にたくなかったと。
志麻のことかと思いきや違うらしく。アヤトは過ぎたような人だし、いいだろう。死神は慶司のことを見た。
この魔王も記憶を保ったまま転生しているが、身体はなんともないらしい。やはり魔力の違いだろうか。ただ彼も今世で転生は最後にするらしい。最高の花嫁を見つけたのにいいのかと聞いたら、それでいいんだと。
本来、自分はこの世に存在すべき者でなく、彼女と結ばれるべき者ではないかもしれない。だから、今世で彼女と生きて死んで、あるべき場所に落ち着こうかと思っている。とのことだった。
本当は志麻にホレこんでいて、今世だけでなく来世も……と夢を見ているだろうに。
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