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1章
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凪たち天神地祇は、蒼の術によって”天”へ行き、さらにそこから天災地変のアジトへ向かった。
”天”からアジトへは、雲の道を伝っていく。おまけにかなりの距離がある。
しかし凪たちは並の精霊とは違うため、途中でへたばるということはない。
それでも道中、緊張感があった。
悪の組織とされる天災地変のアジトへ、ついに乗り込むのだ。ただならぬ雰囲気に包まれた一行は、全員が険しい表情をしていた。
特に天災地変のトップ、零は、精霊の能力の中で強力な『言霊』を持っている。彼が気を込めた言葉はたちまち顕現し、誰もあらがうことはできない。
それさえなければ、と言いたいところだが零の計画に惹かれて彼の元に集まる精霊の数は少なくないため、天神地祇の7人では分が悪い。しかし、そういったことは頭から外して彼らは立ち向かう。
目の前の雲間から見えてきたのは、白と黒のゴシック調の大きな建物。”天”のものよりは小さいが、辺りに漂う黒いオーラが、不気味さを醸し出していた。
「あれが…アジト…」
光の搾り出すような声で、全員が立ち止まってそれを見上げた。
雲が切れ、全貌を現した。”天”の方の建物はその威厳さに頭を下げそうだが、天災地変のアジトを目にした瞬間に忌々しさがこみ上げてくる。
凪は目を細め、武器化身を具現化させる。
「…気ィ張っていこうぜ。ほら、天災地変の下っ端どもがこっち見てんぞ。とんだ出迎えだな」
「だったらありがたく、迎え入れてもらうとするか」
凪の隣に立つ彰が暗黒銃を召喚した。二丁拳銃の引き金部分に人差し指を入れ、5回転ほどさせると空中に向かって2発、発砲した。まるで宣戦布告のように。
アジトの門の影に身を潜めていた黒の忍装束が、彰の銃声で一斉に向かってきた。その数ざっと50ほど。狭そうなところによく、それだけ収まっていたなと言いたくなる黒い塊。彼らの手には2本のクナイ、あるいは刀に槍、剣。
凪は口角を不敵に上げ、海竜剣をかまえた。他の委員たちも武器化身を召喚させたり、能力の保持者は気を高める。
「手慣らしにアイツらから片付けるとするか…いいか、命は取るな、戦闘不能にするだけでいい。きっとアイツらは容赦なく殺りにくるんだろうが…俺らは天神地祇だからな。かかれェ!」
凪の怒号で天神地祇も走り始め、能力や武器化身で下っ端たちを蹴散らしていく。
簡単に減ってはいかないが、久しぶりの戦闘に血気盛んになってくる。
凪は海竜剣を片手に、自分の中の獣のような感情が湧き上がってきているのを感じた。
麓は1人、電車に乗って揺られていた。
凪に留守番を命じられてから1週間がたった日曜日。
こうして外出したのは観光目的ではない。会いたい精霊がいるのだ。
その名前は、竹。その名の通り竹の女精霊で竹林に住んでいる。そして、零に結晶化された震の妹のような存在。
竹のことは麓の同級生である露に聞き、アポまで取ってもらった。竹は露と違って”天”ではないが、露は何度か話したことがあるらしい。
なぜ、麓にとって見ず知らずの精霊に会おうと思ったのか。
零に結晶化された精霊は3人いる。その内の1人は露の兄のような存在。もう1人は、凪の想い人。
麓は先輩である雛にかつて聞いたことがある。
なぜ、凪は彰と犬猿の仲なのか、と。そして彼女は麓の知らない過去の話を教えてくれた。
────凪先輩は雷って人が好きだったけど、その人は彰先輩を好きになったんだって。んで2人が付き合い始めて雷さんが結晶化された。凪先輩は雷さんのことを避けていたから、天災地変から守れなかったことを今でも悔やんでいるとか。100年以上たった今でも、その思いが拭いきれないって…よっぽどその人が好きなんだろうね。
雛は物憂げに話していた。このことは、彼女の親しい先輩に聞いたそうだ。凪より年長、あるいは同年代の精霊の多くはこのことを知っていて、昔話のように語るのだとか。
(あの凪さんを100年以上も思わせる女性…本当に素敵なんだろうな。だって、あの凪さんだし)
麓は窓の外を流れていく景色を眺めながら、今は会えない凪のことを思った。
無愛想で口数は少ないが、美形で多くの女子を虜にしてきた。麓もその1人になってしまった。
確かに凪はかっこいい。だがそれよりも麓は、凪の別の部分に心を奪われていた。
彼が時折見せる、柔らかくて優しいほほえみ。それはおだやかな波のせせらぎのようで。
自分にちょい厳しく、他人に厳しく、がモットーだという彼にしては珍しい表情。
麓はそれが好きで、そのほほえみだけで心臓が高鳴る。だが今は、彼の笑顔はおろか姿さえ見ることはかなわない。
(今頃何してるかな…やっぱり、刀を持って暴れてるかな…)
凪が海竜剣を手にして戦っている姿を見たのは1回だけ。麓が学園に来たばかりの頃。
彼の勢いは荒れ狂う台風の日の海のようで、鬼すら倒しそうな強力だった。彼に敵なし、という言葉が似合う。万物が彼に従いそうだ。
そしてその力はきっと。
(雷さんのを取り戻すため、だよね)
雛から話を聞いているから容易に想像できる。だが、結晶を取り戻したらどうするのか。
きっと雷は迷うことなく彰の元へ行くだろう。
凪はどうする? 黙って見守るのか。否、彼女を力づくでも奪い去るのか。単語
凪がどちらの道を選ぶのか、麓には分からない。もしかしたら、全く違う選択をするのかもしれない。
(私じゃ凪さんに好きになってもらうことはできない…私は雷さんみたいに────ん?)
記憶の断片に、続きの言葉が引っかかった気がする。しかしそれを拾えずに、断片は記憶のすき間に舞っていく。もう掴むことはできない距離へ。
(何だったろう、今の。気のせいか)
麓箱の時、大して気に留めることはしなかった。
今の最大の目的は、竹に会って震の素性を聞くこと。
結晶化された3人の偉大な精霊のことを、もっと知りたい。
”天”からアジトへは、雲の道を伝っていく。おまけにかなりの距離がある。
しかし凪たちは並の精霊とは違うため、途中でへたばるということはない。
それでも道中、緊張感があった。
悪の組織とされる天災地変のアジトへ、ついに乗り込むのだ。ただならぬ雰囲気に包まれた一行は、全員が険しい表情をしていた。
特に天災地変のトップ、零は、精霊の能力の中で強力な『言霊』を持っている。彼が気を込めた言葉はたちまち顕現し、誰もあらがうことはできない。
それさえなければ、と言いたいところだが零の計画に惹かれて彼の元に集まる精霊の数は少なくないため、天神地祇の7人では分が悪い。しかし、そういったことは頭から外して彼らは立ち向かう。
目の前の雲間から見えてきたのは、白と黒のゴシック調の大きな建物。”天”のものよりは小さいが、辺りに漂う黒いオーラが、不気味さを醸し出していた。
「あれが…アジト…」
光の搾り出すような声で、全員が立ち止まってそれを見上げた。
雲が切れ、全貌を現した。”天”の方の建物はその威厳さに頭を下げそうだが、天災地変のアジトを目にした瞬間に忌々しさがこみ上げてくる。
凪は目を細め、武器化身を具現化させる。
「…気ィ張っていこうぜ。ほら、天災地変の下っ端どもがこっち見てんぞ。とんだ出迎えだな」
「だったらありがたく、迎え入れてもらうとするか」
凪の隣に立つ彰が暗黒銃を召喚した。二丁拳銃の引き金部分に人差し指を入れ、5回転ほどさせると空中に向かって2発、発砲した。まるで宣戦布告のように。
アジトの門の影に身を潜めていた黒の忍装束が、彰の銃声で一斉に向かってきた。その数ざっと50ほど。狭そうなところによく、それだけ収まっていたなと言いたくなる黒い塊。彼らの手には2本のクナイ、あるいは刀に槍、剣。
凪は口角を不敵に上げ、海竜剣をかまえた。他の委員たちも武器化身を召喚させたり、能力の保持者は気を高める。
「手慣らしにアイツらから片付けるとするか…いいか、命は取るな、戦闘不能にするだけでいい。きっとアイツらは容赦なく殺りにくるんだろうが…俺らは天神地祇だからな。かかれェ!」
凪の怒号で天神地祇も走り始め、能力や武器化身で下っ端たちを蹴散らしていく。
簡単に減ってはいかないが、久しぶりの戦闘に血気盛んになってくる。
凪は海竜剣を片手に、自分の中の獣のような感情が湧き上がってきているのを感じた。
麓は1人、電車に乗って揺られていた。
凪に留守番を命じられてから1週間がたった日曜日。
こうして外出したのは観光目的ではない。会いたい精霊がいるのだ。
その名前は、竹。その名の通り竹の女精霊で竹林に住んでいる。そして、零に結晶化された震の妹のような存在。
竹のことは麓の同級生である露に聞き、アポまで取ってもらった。竹は露と違って”天”ではないが、露は何度か話したことがあるらしい。
なぜ、麓にとって見ず知らずの精霊に会おうと思ったのか。
零に結晶化された精霊は3人いる。その内の1人は露の兄のような存在。もう1人は、凪の想い人。
麓は先輩である雛にかつて聞いたことがある。
なぜ、凪は彰と犬猿の仲なのか、と。そして彼女は麓の知らない過去の話を教えてくれた。
────凪先輩は雷って人が好きだったけど、その人は彰先輩を好きになったんだって。んで2人が付き合い始めて雷さんが結晶化された。凪先輩は雷さんのことを避けていたから、天災地変から守れなかったことを今でも悔やんでいるとか。100年以上たった今でも、その思いが拭いきれないって…よっぽどその人が好きなんだろうね。
雛は物憂げに話していた。このことは、彼女の親しい先輩に聞いたそうだ。凪より年長、あるいは同年代の精霊の多くはこのことを知っていて、昔話のように語るのだとか。
(あの凪さんを100年以上も思わせる女性…本当に素敵なんだろうな。だって、あの凪さんだし)
麓は窓の外を流れていく景色を眺めながら、今は会えない凪のことを思った。
無愛想で口数は少ないが、美形で多くの女子を虜にしてきた。麓もその1人になってしまった。
確かに凪はかっこいい。だがそれよりも麓は、凪の別の部分に心を奪われていた。
彼が時折見せる、柔らかくて優しいほほえみ。それはおだやかな波のせせらぎのようで。
自分にちょい厳しく、他人に厳しく、がモットーだという彼にしては珍しい表情。
麓はそれが好きで、そのほほえみだけで心臓が高鳴る。だが今は、彼の笑顔はおろか姿さえ見ることはかなわない。
(今頃何してるかな…やっぱり、刀を持って暴れてるかな…)
凪が海竜剣を手にして戦っている姿を見たのは1回だけ。麓が学園に来たばかりの頃。
彼の勢いは荒れ狂う台風の日の海のようで、鬼すら倒しそうな強力だった。彼に敵なし、という言葉が似合う。万物が彼に従いそうだ。
そしてその力はきっと。
(雷さんのを取り戻すため、だよね)
雛から話を聞いているから容易に想像できる。だが、結晶を取り戻したらどうするのか。
きっと雷は迷うことなく彰の元へ行くだろう。
凪はどうする? 黙って見守るのか。否、彼女を力づくでも奪い去るのか。単語
凪がどちらの道を選ぶのか、麓には分からない。もしかしたら、全く違う選択をするのかもしれない。
(私じゃ凪さんに好きになってもらうことはできない…私は雷さんみたいに────ん?)
記憶の断片に、続きの言葉が引っかかった気がする。しかしそれを拾えずに、断片は記憶のすき間に舞っていく。もう掴むことはできない距離へ。
(何だったろう、今の。気のせいか)
麓箱の時、大して気に留めることはしなかった。
今の最大の目的は、竹に会って震の素性を聞くこと。
結晶化された3人の偉大な精霊のことを、もっと知りたい。
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