39 / 44
閑話 Gardenia sub rosa――薔薇の下の梔子
色褪せ
しおりを挟む
愛する事を知らぬ者は明日に愛すとよいと歌ったのは誰だったか。
愛とは障害だと謳ったのは仏教だったか。
そうだ、仏教における愛の認識――渇愛こそ、誠実で的確だ。
愛とは即ち、世界で多く見られる蛇によって表象される事の多い執着でしかない。
例え其れが、友愛だろうと、家族愛だろうと、恋愛だろうと。
其れがどんな間柄に横たわるとしても、渇望した時点で、極論執着でしかない。
執着でしかない上に、始末に悪いのは傲慢でもあることだ。
時として対象の捉え方をブレさせ、傲慢を増長するのだから。
例えば、その対象を侮り、自身の庇護下に置こうとする、とか。
例えば、その対象を崇敬し、その庇護下に入ろうとする、とか。
結局、それは現状を正確に認識できていない事さえ自覚していない個人が出した、傲慢な独り善がりの結論で、簡単に依存へと転換する。
或いは、愛其の物が依存であるとも言えよう。
そういう意味で言えば、私が彼女に囚われたのは、そういう事だと言えるのかもしれない。
そして、私が意固地な迄に拘泥したのも、きっと、結局は其れの所為でしか無い。
「だって、おにいちゃんは私のおにいちゃんでしょ?」
だから、彼女がそう言った時。
其れが私ではなく、僕だけを指した言葉だと、みぃちゃんが私を知る筈もないのに、無性に哀しくて、苦しくて、結局私には何も無いのだと、唯其の事実だけが深く深く、最早動いていない心の臓に沈み、食い込み、何時ぶりに感じたかも忘れたほどの、強い渇きを覚えたのだ。
其れでも、私にみぃちゃんを襲うという選択肢はなかった。
其れで気が付けば良かったのに、というのは単なる後悔に過ぎないし、例え其れが何時だったとしても、屹度遅すぎると同時に早すぎたのだろう。
――そう、何時其の時が訪れたって、死には遅すぎ、別れには早過ぎた。
愛とは障害だと謳ったのは仏教だったか。
そうだ、仏教における愛の認識――渇愛こそ、誠実で的確だ。
愛とは即ち、世界で多く見られる蛇によって表象される事の多い執着でしかない。
例え其れが、友愛だろうと、家族愛だろうと、恋愛だろうと。
其れがどんな間柄に横たわるとしても、渇望した時点で、極論執着でしかない。
執着でしかない上に、始末に悪いのは傲慢でもあることだ。
時として対象の捉え方をブレさせ、傲慢を増長するのだから。
例えば、その対象を侮り、自身の庇護下に置こうとする、とか。
例えば、その対象を崇敬し、その庇護下に入ろうとする、とか。
結局、それは現状を正確に認識できていない事さえ自覚していない個人が出した、傲慢な独り善がりの結論で、簡単に依存へと転換する。
或いは、愛其の物が依存であるとも言えよう。
そういう意味で言えば、私が彼女に囚われたのは、そういう事だと言えるのかもしれない。
そして、私が意固地な迄に拘泥したのも、きっと、結局は其れの所為でしか無い。
「だって、おにいちゃんは私のおにいちゃんでしょ?」
だから、彼女がそう言った時。
其れが私ではなく、僕だけを指した言葉だと、みぃちゃんが私を知る筈もないのに、無性に哀しくて、苦しくて、結局私には何も無いのだと、唯其の事実だけが深く深く、最早動いていない心の臓に沈み、食い込み、何時ぶりに感じたかも忘れたほどの、強い渇きを覚えたのだ。
其れでも、私にみぃちゃんを襲うという選択肢はなかった。
其れで気が付けば良かったのに、というのは単なる後悔に過ぎないし、例え其れが何時だったとしても、屹度遅すぎると同時に早すぎたのだろう。
――そう、何時其の時が訪れたって、死には遅すぎ、別れには早過ぎた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
0
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる