ガルデニアの残り香

板久咲絢芽

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回想 3 行く末と目的

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その表情は、荒涼こうりょうとした、という言葉がぴったりで、今までの「おにいちゃん」という顔の裏に、千載せんざい旅路たびじみ疲れて、ただ何かにすがるように歩いてきた私の知らないおにいちゃんがいるのだと、それで知った。
同時に、その目の奥の熾火おきびすがっているものは何なのかが、気にかかった。

「みぃちゃん?」

おにいちゃんに声をかけられて、私は我に返った。

「えっと……あの、ごめん。踏み込みすぎた」

見てはいけないものを見たような気がして、私が謝ると、おにいちゃんは肩をすくめた。

「何を謝っているのさ」
「……」
「みぃちゃん」

言いながらおにいちゃんは、また一つひざの上の袋を開けた。
その中には小さなアルミカップにしぼり出されたガナッシュがいくつか入っていて、そのどれにもカラースプレーやアラザンが乗っている。
ぺきり、とアルミカップをくとおにいちゃんはガナッシュをつまんで、私の口元に差し出す。

「……」
「これ、僕の仮説の実証過程だ」

あんに私を利用しているだけだと、おにいちゃんはほのめかした。
そのくせ、どこかその声が揺れていたように私は感じた。
少なくとも、私の知っているおにいちゃんは、悪役というものがおおよそ似合わないのだ。
それなのに、共犯者となって以降、こうして突然悪ぶって見せたりするものだから、逆に私はおにいちゃんを信用していたのだと思う。
だから、その時も私は半分あきれながら、口を開けた。
軽く投げ入れられたガナッシュは私の口の中でゆるりと甘くけて、アラザンだけがごろりと残る。

「先に言っておこうか」

目だけで何を、と問うと、おにいちゃんはいつもの調子で笑った。

「何、もしも僕の仮説が正解で、本懐ほんかいをなし得たなら」

がり、と口の中に残ったアラザンを私はくだきながら続きを聞いた。

「僕のことは、忘れていいよ。みぃちゃん」
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