ガルデニアの残り香

板久咲絢芽

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回想 2 来し方と嘘つき

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「……吸血鬼はね、死者がなるものなんだ」

おにいちゃんがそう言った。

「どういった死者がそうなるか、という伝承に相違はあれど、そうじて死してなお生きるものが吸血鬼。
 吸血に対して、積極的か消極的か、理性があるかないか、その程度は地域によって差があるけどね」

おにいちゃんが自分の手を引っ込める。
それでも私の手にはひんやりとした感触が残っていた。

「おにいちゃんの手、こんなに冷たかったんだ」
「ふふ、みぃちゃんは今、僕の暗示が中途半端にけてるからね。
 普通に暗示がかかったままなら、冷たくは感じなかったはずだよ」

おにいちゃんはにっこり笑ってそう言った。

「今のは、僕がみぃちゃんの認識を多少誘導もしたしね」
「どういうこと?」
「……説明すると少し難しいよ、みぃちゃん」

大丈夫? と言外にかれたけれど、私はそのままおにいちゃんの言葉の続きを待っていた。
おにいちゃんは私の沈黙を受けて、小さくため息をつくと口を開いた。

「他者からの暗示は、そもそも無意識に影響を及ぼした上で、その本人の意識がその影響だと認知せずに、その影響の範囲内で思考・感情・行動全てにおける方向性を決定づけさせるものだ。
 わかりやすくざっくりと例えるなら、前提を満たした場合にのみ、暗示をかけた他者による操り人形になる、といったところかな。
 もしも、僕の使うそれが、根本的には人間のそれと違ったとしても、得られる結果とその傾向は変わらない」

立て板に水を流したようなよどみのない言葉の奔流ほんりゅうは、その想定していたよりも、当時の私にははるかに難しかった。
いや、おにいちゃんの事だから、わざと難しい言い回しをしていたんだろう。

「えっと、私がおにいちゃんをおにいちゃんと思ってたのは、その暗示のせい、なんだよね」
「そうだよ。お母さんも、お父さんも、ちょっと前までのみぃちゃんも、ご近所さんも、僕を見たらここの家の長男と思うように暗示をかけてる。
 僕を見たら、僕という存在の所属について僕の思う通りにあやつってるって感じかな」

身近な実例というのは、物事を理解する上で非常に有用である、と身にみて実感した瞬間である。
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