ガルデニアの残り香

板久咲絢芽

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回想 2 来し方と嘘つき

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おにいちゃんの正体を知っても、結局全然――は言い過ぎだが、ほとんど何にも変わらなかった。
おにいちゃんは私の血もお母さんの血も、飲んでいなかった。
お父さんの血なんて何をか言わんや。

「屋根の下を借りてる上に血まで頂くのは気が引けない?」とは、苦笑したおにいちゃんのげんである。
闖入者ちんにゅうしゃのくせに何言ってんだこいつ。
私の血を吸ってたらロリコンとはやし立てるつもりだったと言ったら、ものすごく愕然がくぜんとした顔でしばらく沈黙したあと、「みぃちゃん、そんな言葉どこで」と言われた。
その時は保護者気取りか、と思ったので軽くスネを蹴っ飛ばしておいた。

「みぃちゃん、やってしまったねえ」

丸よりかは、圧倒的にバツの多い私のテストの答案をめつすがめつながめながらおにいちゃんはそう言った。
小学校の五年だったか、確かそのぐらいの頃の事だ。
私の名誉のために言うと、断じてれい点ではない、れい点ではなかったはずだ。

「漢字は書くより読む方が楽ってのはよくわかるけど」
「……おにいちゃんはその分時間があるだけじゃん」

口をとがらせて私が言うと、おにいちゃんは半分困ったようなさびしそうな不思議な苦笑を浮かべた。

「まあ、確かにそうだけど……その分忘れないようにするの、大変なんだぜ?」
「……」
「とりあえず、ゲームの前に書き取り、する?
 というか、しないとみぃちゃんも僕も母さんに怒られると思うんですが」

おにいちゃんの手には漢字練習帳と鉛筆。
変なの、と私は思った。
本当のおにいちゃんでもないのに、おにいちゃんは母さんに怒られるのがイヤだと言う。
確かに、母さんは怒ると怖いけど。

「暗示とかでどうにかしちゃえ、とか考えないの?」
「みぃちゃんの教育上、そこはよろしくないだろ」

はい、と漢字練習帳と鉛筆を渡される。
私は仕方なく、赤ペンで答えの入った答案を並べて、漢字練習帳を開き、おにいちゃん監視のもと、間違えた漢字の書き取りを始めた。
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