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7-2 わたしはあなたの side B
2 スライマーンの壺
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そのロビンは、というと、まだ紙が何枚か残っているクリアファイルを抱えたままだ。
実際パターンを想定して準備している可能性もあるわけだし、多めに紙が残ってるのは問題ないだろう。
そうして状況を眺める織歌の視界の端を、今椅子に腰掛けている珠紀の見事な射干玉の黒髪よりも、もっと色濃く潤んだ、深い淵のような黒髪が、する、と踊った。
〈器か。閉じ込めるとは酷いこと〉
織歌の手元を、いつの間にかあきつが覗き込んできていた。
この気紛れな、紀美曰くのところの外付け処理装置、あるいは二槽式洗濯機の脱水槽は、織歌がたまたま見かけた和音の様子を見かねて、どうにかしようとした時に、バタ臭いの一言で一蹴し、ロビンを呼べと促した張本人である。
結果的に、それは正しかったのだが。
〈己が食うには大き過ぎるし、バタ臭いし獣臭い。となれば、まあ臭いものに蓋かあ〉
あきつの言う事と、事前に聞いていた話を総合するなら、最悪でも織歌の穢を吸着する能力で、この紙に記した器に入れたい、というところなのだろう。
つまるところ、織歌が掃除機本体なら、この紙に記されているのは掃除機用紙パックである。
うーん、ゴーストバス、まで織歌が思ったところで、思考を遮るように玄関が閉まる音がして、いくつか本を抱えた紀美が戻って来た。
「お待たせー」
いつもの如く、マイペースに紀美が言う。
この人は本当にいつも、良くも悪くも緊張感や切迫感というものがない。
だからといって泰然自若というには、軽いし柔らかい。類義語なら、春風駘蕩が一番それらしいかもしれない。
「ロビン、結局どれ渡したの?」
「ワトには昨日渡した木星の第六護符があるから、火星の第五護符。タマキには木星の第三護符と土星の第一護符。後は予定通り」
「土星の二は?」
「渡してない。それに土星の第二護符というよりは、単純なSATOR Squareの方が有用じゃない?」
織歌がちょっと思考の寄り道をしている内に、紀美とロビンが話し込んでいる。
この辺りのやりとりがぽんぽん進んでいくのは、流石としか言いようがない。
「それもそうか……よし、そしたら、まず目標としては、グラシャ・ラボラスの影響を失くすこと。珠紀ちゃん、これは言い換えればキミが彼を召喚した時の願望の破棄とも言える。それを肝に銘じてね」
「……はい」
珠紀は純和風美人と言える容貌を固くしながら、紀美に答える。
さて、と紀美が少し考える素振りを見せながら、そのまま続ける。
「少しばかり、悪魔召喚についての講義をしようか」
七割方、織歌のためだな、と織歌自身は思う。残り三割は和音も巻き込むからだろう。
いや、内容によっては珠紀への補足も含むだろうが、少なくともロビンと弘は既にある程度知ってる範囲と考えるべきだ。
「悪魔召喚というものは、西洋のキリスト教体系が根本にあるオカルトだ。実際、悪魔召喚と言っても、呪文での呼びかけでは悪魔というよりは精霊に類する語が使われている場合が多い。恐らく、原義としてはギリシャの善悪内包した下級の神々を指すδαιμωνが対象だった名残と考えていいだろう。どっちにしろ、唯一絶対の神を戴くアブラハムの宗教の観点からは下級神なる存在は、正当とは見倣せない……実際、それらを天使として取り込んで後、天使に対する信仰の過熱化が見られたからこそ、会議で天使の大半は堕天使であると声明を出すに至ったわけだしね。具体的な召喚方法の確立や是非の立ち位置がどうあれ、ソロモン王に付随する悪魔の使役伝説やキリスト教普及以前の世界におけるエジプトやギリシャの魔術を始め、古くから悪魔ないし精霊との取引というのはあるとされたものだった。一方的に悪魔ないし悪霊が憑くというのもあったけど、これは悪魔祓いの領域だから、今回は割愛ね」
立板に水、というよりは最早滝か、バケツをひっくり返したような、という雨に対する形容が織歌の脳裏に浮かぶ。
和音と珠紀を見れば、二人とも目を丸くしている。和音に至っては、ぽかんと口まで開いているぐらいだ。
実際パターンを想定して準備している可能性もあるわけだし、多めに紙が残ってるのは問題ないだろう。
そうして状況を眺める織歌の視界の端を、今椅子に腰掛けている珠紀の見事な射干玉の黒髪よりも、もっと色濃く潤んだ、深い淵のような黒髪が、する、と踊った。
〈器か。閉じ込めるとは酷いこと〉
織歌の手元を、いつの間にかあきつが覗き込んできていた。
この気紛れな、紀美曰くのところの外付け処理装置、あるいは二槽式洗濯機の脱水槽は、織歌がたまたま見かけた和音の様子を見かねて、どうにかしようとした時に、バタ臭いの一言で一蹴し、ロビンを呼べと促した張本人である。
結果的に、それは正しかったのだが。
〈己が食うには大き過ぎるし、バタ臭いし獣臭い。となれば、まあ臭いものに蓋かあ〉
あきつの言う事と、事前に聞いていた話を総合するなら、最悪でも織歌の穢を吸着する能力で、この紙に記した器に入れたい、というところなのだろう。
つまるところ、織歌が掃除機本体なら、この紙に記されているのは掃除機用紙パックである。
うーん、ゴーストバス、まで織歌が思ったところで、思考を遮るように玄関が閉まる音がして、いくつか本を抱えた紀美が戻って来た。
「お待たせー」
いつもの如く、マイペースに紀美が言う。
この人は本当にいつも、良くも悪くも緊張感や切迫感というものがない。
だからといって泰然自若というには、軽いし柔らかい。類義語なら、春風駘蕩が一番それらしいかもしれない。
「ロビン、結局どれ渡したの?」
「ワトには昨日渡した木星の第六護符があるから、火星の第五護符。タマキには木星の第三護符と土星の第一護符。後は予定通り」
「土星の二は?」
「渡してない。それに土星の第二護符というよりは、単純なSATOR Squareの方が有用じゃない?」
織歌がちょっと思考の寄り道をしている内に、紀美とロビンが話し込んでいる。
この辺りのやりとりがぽんぽん進んでいくのは、流石としか言いようがない。
「それもそうか……よし、そしたら、まず目標としては、グラシャ・ラボラスの影響を失くすこと。珠紀ちゃん、これは言い換えればキミが彼を召喚した時の願望の破棄とも言える。それを肝に銘じてね」
「……はい」
珠紀は純和風美人と言える容貌を固くしながら、紀美に答える。
さて、と紀美が少し考える素振りを見せながら、そのまま続ける。
「少しばかり、悪魔召喚についての講義をしようか」
七割方、織歌のためだな、と織歌自身は思う。残り三割は和音も巻き込むからだろう。
いや、内容によっては珠紀への補足も含むだろうが、少なくともロビンと弘は既にある程度知ってる範囲と考えるべきだ。
「悪魔召喚というものは、西洋のキリスト教体系が根本にあるオカルトだ。実際、悪魔召喚と言っても、呪文での呼びかけでは悪魔というよりは精霊に類する語が使われている場合が多い。恐らく、原義としてはギリシャの善悪内包した下級の神々を指すδαιμωνが対象だった名残と考えていいだろう。どっちにしろ、唯一絶対の神を戴くアブラハムの宗教の観点からは下級神なる存在は、正当とは見倣せない……実際、それらを天使として取り込んで後、天使に対する信仰の過熱化が見られたからこそ、会議で天使の大半は堕天使であると声明を出すに至ったわけだしね。具体的な召喚方法の確立や是非の立ち位置がどうあれ、ソロモン王に付随する悪魔の使役伝説やキリスト教普及以前の世界におけるエジプトやギリシャの魔術を始め、古くから悪魔ないし精霊との取引というのはあるとされたものだった。一方的に悪魔ないし悪霊が憑くというのもあったけど、これは悪魔祓いの領域だから、今回は割愛ね」
立板に水、というよりは最早滝か、バケツをひっくり返したような、という雨に対する形容が織歌の脳裏に浮かぶ。
和音と珠紀を見れば、二人とも目を丸くしている。和音に至っては、ぽかんと口まで開いているぐらいだ。
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